人間採集
「うぅ……ぅ……」
 私の足元にあいつがうずくまっていた。その背中は小刻みに震えている。
 床の方を見ると、あいつを中心にジワジワと赤い水溜まりが広がっていた。それは言うまでもなく血でできた水溜まりで、生臭い匂いが部屋中に充満し始めていた。
 あ、でも血だけじゃなくてなんか……一緒におしっこみたいな感じのクサい匂いもしてた。理由はわからないけど、どうも千切れたアソコから血と一緒におしっこが吹き出していたようだった。
 あいつは、足を閉じて、体を横にして縮こまり、ウーウー唸って苦しそうにしていた。寒さに震えながら、丸くなって寝てる人みたいに……。
 けれど、そんな姿を見たからって私が同情するわけもない。私の復讐は終わることなく、それからも当然続いた。だってアソコを噛み千切ったぐらいで許してやるつもりなんか毛頭なかったから。
 あっさり死なせてやるつもりもなかった。
 恐怖と痛みと苦しみと、そして自分の犯した罪の重さを存分に味わわせて、その上でちゃんと後悔させてからじゃないと殺すのなんて勿体なく……。
 軽い興奮状態のまま、私は台所に向かった。口の中の性器をガムを噛むみたいにクチャクチャと噛みながら。そうやって噛んでると、さっきは口の中いっぱいに広がっていた性器も、噛めば噛むほど中から血や何かが出てきて、そのせいかドンドン小さくやわらかくなっていった。
 ちなみに性器から出てきた血は汚いから、飲まずに全部ペッてした。
 噛んでも噛んでも肉の味とかはあんまりしなくって、出てくる血の味が強すぎて、むしろそれしか感じなかった。
 そうやってクチャクチャしながら、私はまるで鼻歌まじりに料理の準備でもするみたいに台所の流しの下の棚を開き、先の丸くなっていない出来るだけ大きな包丁を見つけて手に取った。
 次は食器棚の下の引き出し。ステーキ用のナイフと果物ナイフとフォークとアイスピックを手に取る。沢山持とうとしたけれど、焦っていたからか、うまく持てずに、むしろそのせいで自分が怪我しそうで怖かったから、近くにあったビニール袋に入れて持っていくことにした。
 でも二重にした所で所詮ビニール袋は薄く、ちょっと動いたらスーッと中から裂けるように袋が破けてしまい、とてもじゃないけれど安心して運ぶことができない。中身が落ちて怪我をする前に、一度袋ごと下にそっと降ろして他に使えるものを探した。
 気が付くと、手が震えていた。
 余裕があるフリをしていたけれど、実は少し焦っていた。

 周りを探すと、ちょうど目の前に、運良くケーキ屋さんの紙袋があって、それが意外に丈夫そうだったから、その中に刃物を入れ直した。そしたら結構入ったし全然破けそうになかったから、もう一度流しの下の棚を開き、小さい包丁もいくつか袋に入るだけ入れた。
 早くしなきゃ。少しドキドキしていた。
 逸る気持ちを抑え、刃物で重くなったその袋を左手に、右手には最初に取り出した包丁を持って部屋に戻った。
 私があたふたしていたこのタイムロスのせいで、戻った時にもうあいつが立ち上がっていたり、たとえ寝ていても元気になってたりしたらどうしよう? と心配だったけれど、その心配はなく、あいつは眼をつぶって震えながら、さっきとまったく同じ格好のまま、うずくまったままだった。
 さっきと違うことといえば、背中が汗でびっしょり濡れていたくらいだろうか。あいつはもしかしたら気を失っていたのかもしれない。本当の所は私にもわからない。
 ホッとしながらも、何故だか少しだけ残念な気持ちになっていた。
 私は一体何を期待していたというのだろう?
 よくわからないけれど確かに、その時の私は、少しだけガッカリしていた。
 きっとあいつは私のことなんかもう忘れて、自分のことだけでいっぱいいっぱいで、それ以外はもう何ももう、頭になかったんじゃないだろうか。
 私はもう逃げたと、と勝手に思いこんでいたのではないだろうか。
 裸で横たわる中年おやじ……その無防備な姿を見るかぎり、これから私が復讐に舞い戻るなんて思いもしていなかったようだった。ただ、それならそうと救急車を呼ぶなり、止血をするなり、自分なりに何かアクションを起こせばよかったのに。
 なのにあいつは、何もしようとしていなかった。
 何かひとつでもやろうとしてさえいれば、これからの私の復讐など受けずにすんだかもしれないのに。情けない男。自分では何も変えられないダメな奴。
「バカだなぁ」と思った。私は足元でうずくまるあいつを、しばらくただじっと見つめていた。
 手を伸ばせばすぐに届くような、あいつのすぐ傍の危険な場所で、ただじっと見つめていた。

 それからはまるでゲーム感覚だった。
「何から始めようかな」
 足元に転がるあいつを見ながら、半分ではやっぱり、あいつが私に気付いて反撃してきたらどうしよう? というスリルを楽しんでいたのかもしれない。
 そしたらその時、あいつがウーウーうめきながら、体を動かし始めたからドキッとした。
 目を開けて立ち上がって、反撃とかしてくれちゃうのかな?
 そう期待したけれど、このバカ男は私の期待を見事に裏切って、やっぱり目は閉じたままで、ウーウー言いながら、逆にお祈りでもするみたいに顔の前で手を合わせ始めた。上から見たら、両手が上下に重なっていた。
「ほんとにバカだなぁ」って思った。
「この人ほんっとに最高だなぁ」って思った。
「今しかないじゃん」って思った。
 私はまったく迷うことなく、気負うこともなく、右手に持ってた先の尖った大きな包丁を、あいつの重なった両手の甲を目がけて振り下ろした。
 部屋にドンという音と、パキッという乾いた音が、ほぼ同時に響き渡った。
 非力な私でも、全体重をかけて振り下ろしたから、両手だけじゃなく床までちゃんと貫通させることができた。
 ほんとは骨がない所を狙ったつもりだったんだけど、うまくいかなかったようで、さっきの乾いた音は多分、骨を切った音か、もしくは割った音だったのかもしれない。とにかく包丁は、あいつの手の肉の途中で止まること無く、ちゃんと肉を貫通して床まで突き刺さった。
 だけどビックリすることに、その時刺さった感触がしたのは床だけだった。骨にまで当たったはずなのに、実は手を刺した感触はあんまりしなかった。…それはもう残念なほどに。
 そんなことを考えていると、刺してからしばらくしてからやっとあいつは、
「ギャァァァーッ」
 と悲鳴をあげ始めた。
 刺された瞬間はまだ、上手く状況を飲み込めてなかったようで、音がして感触がして、目を開けてから目の前で両手に包丁が貫通しているのをゆっくりと確認してから、それからあいつは、やっと悲鳴を上げた。
 その鈍感極まりない御粗末な姿の一部始終を眺めながら私は、「遅いし」って呆れながら思った。
 あと、私のイメージでは床にもっと深く突き刺さるって感じだったんだけど、床は体なんかより全然硬くって、意外にあんまり深く刺さらなかった。
 パッと見、大体3〜4センチくらいしか刺さってないみたいだった。
 最初はそれだけだと、簡単に抜けちゃうんじゃないかな? と少し不安だったんだけど、たかだか3〜4センチでも包丁はビックリするほどの安定感で、多少力を加えても、ピクリともしなかった。
 それでもあいつが抜こうと、もがくかなぁ? ってワクワクしたけれど、体をちょっとでも動かすと、包丁で傷口が広がるせいで、どうも激痛が走るのか、あいつはほとんど、もがいたりせず、ジッとしたまま動かなくなってしまった。
 包丁が刺さった両手だけじゃない。体も足も、全部動かさなくなってしまった。
 拍子抜け。いや、むしろ残念な気分になった。
 さっきまでの、決闘とか、敵討ちをしてるみたいなスリルを楽しむようなハラハラドキドキモードではなくなっていく自分に気付いた。せっかく、悪い奴をこらしめる英雄気分だったのに……冷徹に一方的な暴力を楽しむ子供みたいになってってる自分が微妙だった。

 さっきまでは正義だった暴力も、相手が無抵抗になった途端に悪になる。
 それが嫌だった。それでも、自分を止められなかったのだ。
 そうやって私が淡々と作業をしてる間も、あいつは両手とアソコの痛みに、体は何も動かさないくせに口だけはよく動かして、ギャーギャー悲鳴をあげていた。
 その声を聞くのは楽しかったけれど、度を超してたから、横向きになって寝ているあいつの頬に目がけてステーキ用のナイフを振り下ろした。
 今度は骨に当たらずに、うまく歯に当たらずに、下までスッと入り、右頬から刺したナイフの先が上手に左の頬から出てきた。歯に当たらなかったせいか、今度もあんまり感触はなかった。
 ただステーキナイフでは、ちょっと長さが足りなくて床を刺すまでには、いたらなかった。だから顔を床に固定することはできなかった。
「うるさくすると次は眼だからね」
 そう、ぼそっと私が言うと、あいつはもうギャーギャーわめかなくなった。残念な気もしたけれど、それは仕方なかった。悲鳴に気付いた近所の人に通報でもされてしまったら、復讐はそれまでになってしまう。声を出さないように本人がつとめたところで、それでも激痛に声が漏れてしまうみたいで小さい声ではウーウーうなってくれたから、それで我慢することにしてあげた。
 私はそのままあいつの周りをゆっくりと廻り、足元に行き、閉じて揃った足のふくらはぎに、今までと同じようにブチュッとナイフを刺した。でも斜めに入ってしまって、一回目はうまくいかなかった。
 もう一度、今度はアイスピックを使ってその何センチかすぐ横で同じことをした。今度は両足を貫き、上手に床まで貫通した。
 やっているうちに、そうゆうのがだんだん面白くなってしまい、今度はももにナイフを刺してみた。
 ナイフは右ももを貫通し左ももの途中で止まった。ふくらはぎともも、二カ所刺したことであいつは足をまったく、今まで以上に動かさなくなった。
 突然だけど、男の子が昆虫採集の標本を作る時ってこんな感じなのかな?
 蝶々とかを針で刺したりするのってこんな気分なんだろうか?
 楽しい。
 裸のあいつを見下ろして笑いながらも、冷静にそんなことを考えていた。
 それができたのも、さっき言ったようにあいつが服を着ていないからだった。
 足から、ちょっと横を見ると汚いお尻が見えた。ブヨブヨのお尻には、毛がビッシリ生えてて、それはもう本当に汚らしかった。
 でも、面が広くて刺しやすそうな場所だなぁとも思った。
 だから私は袋からフォークを出し、バースデーケーキにロウソクを刺すみたいに、その尻に何本も刺しまくった。
だけどフォークはナイフみたいにはいかなくて
結構力を込めたハズなんだけど先の部分が少し刺さるだけだった。
何回か刺してると袋に入れてたフォークがなくなってしまって足りなくなってしまったから、また台所に戻ってナイフやフォークを沢山袋につめなおした。

 鋭利なヤツがなくなっちゃったから仕方なく、小さい頃使ってたキャラ物のナイフやフォークまだ袋につめた。
 部屋に戻って、全く身動きの取れない昆虫採集の虫状態のあいつを見たら、なんだか無性に、また笑いが込み上げてきた。楽しくて仕方なかった。久しぶりに声を出して笑った。可笑しくて可笑しくてたまらなかった。
 そうやって爆笑しながら、あいつのお尻に隙間をみつけては、刺さるだけフォークを突き刺した。
 お母さんとの思い出のたくさんつまった、可愛いキャラクターのフォークを使って。