我が子の味
 スリルのないゲームなんてつまらない。私は早くも復讐に飽きてきていた。
 だってコイツ全然抵抗しないんだもん。バカじゃないの?
「ハァ……」
 何かいいことないかなぁ? なんて、現状とはまるで無関係で、緊張感のまるでない考えが頭をよぎっていた。けれど、状況は特別変化しない。
 千切れた局部や頬やお尻からドバドバ血が出続けるかと思ったけれど、意外と早く出血も止まってしまったし、痺れたのか麻痺したのかは、わかんないけど、痛みにも多少は慣れるみたいで、あいつは、ずっと悶え苦しむってワケでもなかった。
 なんて言うか、心の底からつまんなくて、横たわるあいつをほったらかしにして私は台所へと戻った。
 おもむろにレンジを開けると、そこにはまだ少しだけ、ウーさんの肉らしき肉片が残っていて、私はそれを見るやいなや、「ちゃんと最後まで食べてあげなきゃ可哀相」という不思議な感情が湧きあがった。フライパンを火にかけ、それから薄く油をひき、ウーさんの肉片を焼き始めた。
 何の感情も沸き上がらない自分を冷静に感じながら、塩コショウを振る。ジュージューといい音がした。香ばしい香りがした。
 お皿に盛ると、量が少ないせいか、まるで上品な肉料理のように見えて少し不思議だった。
 その料理にウーさんの面影を探そうとしたけれど、さすがにそれは無理だった。
「折角だからちゃんと食べてあげよう」
 私はあいつのもとに一度戻り、袋に入ってる適当な大きさのナイフと、ケツに刺さったフォークを抜いて台所に戻り、丁寧に洗った。
 もちろん、フォークを抜く時はわざとグリッと手前に倒して、スコップで土を掘るみたいな要領で肉をエグりながら抜いた。
「オウッ」
 静かだったあいつは妙な声を上げて、さらにオナラまでしたから、それが滑稽で少し面白かった。
 プスゥ〜…。
 ブッて音がしたあとに、あいつのお尻からは空気が抜けるように、プスゥ〜…。情けない音と、鶏肉とかゴボウとかの入った炊き込み御飯みたいなクサイ臭いがした、ムカついたけど、超ウケた。
 ウケながらフォークの先を見ると血にまみれた中に、何か黄色いドロッとしたものがついていた。何て言ったらウマく伝わるのかなぁ? プリプリのとうもろこしの粒みたいな黄色い固まり。そんな感じのドロッとしたのがフォークの先についていた。
 それがどうも……生理的に受け付けないというか、気持ち悪かった。
 台所で水で流しても、血は比較的すぐに落ちたのに、その黄色いのがなかなか取れなくて、取ろうと思って触るとヌルヌルした、その手触りが何か油っぽかったから、もしかしたらこれは……脂肪? 今考えてもわかんないや、やっぱりそうなのかな?
 まぁ、とにかく何でもいいから汚いのだけは、やだから、出来るだけキレイにした。
 それから、料理した肉を食べようと思ったんだけど、食べようにもよく考えたら口の中にはまだ、あいつの肉が残っていたから小さい皿をもうひとつ出してきて、その上にペッと、昔性器だった肉の塊を吐き出した。なんかグチャグチャで、もう元が何なのか全然わかんなかった。
 あんなところの肉なのに開いて中を指でほじって見ると意外とキレイなピンク色をしてたからビックリした。ただ、もう原形をとどめていなかったけれど……。
 そして皿に盛られたウーさんの方の肉を食べた。思ったよりもおいしかった。
 ただちょっと毛がまぎれてるのと嗅いだことのない妙な臭いがしたのが嫌だったかな。あれが猫の肉の臭いってやつだろうか? 正直あまりいい臭いではなかった。あと、肉の味をもっとちゃんと味わいたかったけれど、今回は肉の味というよりも、塩とコショウがどうもちょっとだけ強かったみたいで、普通に料理しちゃったことを少しだけ後悔した。
 生で一回食べてみてから、火を使って料理すればよかったかな……? 勿体ないことをしたな。
 そう思った。
 だから、「もっとないかな」なんて考えながら辺りをキョロキョロ見回してみた。
 血が飛び散った後みたいなシミだけはあちこちについてるのに、肝心のお肉は何処にもなかった。
 よく考えたらウーさんが破裂した時に、確かレンジや私にも内蔵とかが絡み付いてたハズなのに、それも何処にもなかった。
 あいつが生で全部食べちゃったのかな?
 内蔵って生で食べていいのかな? すごいな……。
 口や手を血で真っ赤に染めながら、ウーさんの内蔵、胃袋や腸や脳を、うどんの麺やプリンをすするみたいにチュルチュルと一心不乱に吸いあげるあいつの狂った姿。想像したら少し気分が悪くなった。
 ちょっと胃液が逆流しそうになって口の中が酸っぱくなった。
 胃を落ち着かせようと、お腹を擦りながら、またキョロキョロとまわりを見回した。そしたら足元に何か丸いのが落ちてて、よく見たら……多分それは眼球だった。
 あの……宝石のようだったウーさんの瞳。
 ゼラチンみたいなのが周りについていた、私はそのまま口に入れてみた。ゼリー状のヌルヌルしてるのを舌の先でキレイに剥がしながら、そのゼリーみたいなのはペッて出した。
 なんか小さいピンポン玉を口に入れてるみたいだった。
 舐めててもそれ自体には味がなかった。
 だから思い切って噛むことにした。
 意外と固かった。
 少し歯が入って嫌な感触がしたから一度口から出して確かめたら、真っ白い丸い固まりが少し歯の形に削れてて気持ち悪かった。
 舌で歯を触ると、歯に妙に粉っぽい味がしない白いのがくっついてて、それもまた気持ち悪かった。
 勝手にピンポン玉みたいに中が空洞になってるのを想像してたのに、実際は違って、中までギッシリ白いのが詰まってた。まるで学校で使ってる白いチョークを食べてるみたいだった。粉っぽくて、ニチャッとしてておいしくなかった……て言ってもまぁ、チョークなんて一回も食べた事なんかないけどね。
 そうこうしてるうちに私は本格的に飽きてしまった。怒りも悲しみも喜びも快感も、全部失せて、感情なんて何もなかった。そしてまた思った。
「何かいいことないかなぁ」
 人生に夢を見れなくなってしまったOLみたいな気分だった。もちろん、OLにもなったことないけど。
 ただ何か安いテレビドラマの脇役みたいな気分だったってことかな。
 その時は確かそういう風に思っていた。
 とにかくもうつまらなくてリビングのテーブルの前の椅子に不良がそうするみたいに椅子の背もたれにもたれながら浅く行儀悪く腰掛けて、削れた眼球に向かってフォークを振り下ろし、なかなかうまく突き刺さらないのをカツッカツッと、何度もゲーム感覚でダラダラ続けていた。
 何回目かで削れた部分から奥まで突き刺さって、フォークを上げると目玉も一緒に上までくっついてきた。
 まるでチュッパチャップスを舐める時みたいに、それを手に持って、仕方がないからまた、あいつがいる部屋に戻ることにした。
 その時だった。玄関の方からインターフォンを押した音が聞こえた。
 その瞬間、自分の鼓動が一気に速くなるのがわかった。
 居留守をつかって時が過ぎるのを待とうかとも思ったけど、次の瞬間、自分がとった行動を思い出してゾッとした。
「いつでも逃げられるように、玄関の鍵とドアは閉めないでおこう」
 ヤバいと思った。
 誰が来たかはわからないこれど、今のこの状況だけは誰にも見られるワケにはいかない。出来るだけ音は立てずに、だけど急いで玄関に向かった。
 自分が今、どんな姿をしてるのかもスッカリ忘れて……。
 玄関のドアが見える場所までいくと、やっぱり玄関のドアは完全には閉まってなくて、家の外の方に少しだけ開いていた。焦った、変な汗が出た。ドアまでの距離が、そこに辿り着くまでの時間が物凄く長く、遠く感じた。

「あと少しあと数メートルあと少しあと数センチあと少しあとちょっとあとあぁもうちょっとだ……やっ」
 やった! と心の中で叫ぼうとした瞬間。あともうほんのちょっとだけ手を伸ばせば、ドアノブにまで手が届くと思ったその瞬間、私の指先から逃げるようにドアはスーッと私から遠ざかっていった。
 ゆっくりと……ゆっくりと……。
 それはまるでスローモーションみたいだった……。