「こんなに近くを見落としていたなんて信じられない。思い込みって、全ての見方を変えるものだね」とメンバーの一人が言う。
 こんなところにあるはずがない、既に確認したから絶対にここではない、と思っていても、実は見落としていたということはいくらでもある。非常に苛立たしいが、どんなに自分なりにしっかりと見たつもりでも、思い込みによって見落としが出てしまう。それでも、我慢強く捜索を続けることによって、私たちはデイノケイルスの産地を見つけ出した。
 白黒写真と、寸分違わずぴったりと合う風景。1965年に撮られた写真ということは、43年前の風景だ。しかし、目の前の風景は、この白黒写真そのものである。全くといっていいほど、変わっていない。丘や谷の形だけではなく、そこに転がっている石までも同じだ。 
 その変わらない風景に驚き、まるで40数年前にタイムスリップしたような感覚になる。ポーランドとモンゴルの研究者が、デイノケイルスを見つけたその瞬間に立ち会い、彼らと発見の喜びを一緒に分かち合っているような気にもなる。私たちの頬をかすめていくそよ風を、彼らも同じように感じていたのだろう。ゴビ砂漠は、私たちの世界とはかけ離れた、ゆったりとした時間が流れ、40数年の月日を感じさせない。
 謎に包まれた恐竜は、ここで発見された。私たち古生物学者を惑わせる、想像を絶する大きな腕。デイノケイルス発見地の再発見は、私が初めてデイノケイルスの本物の骨を見たときの驚きを思い起こさせた。

未知の恐竜を求めて 小林快次 KOBAYASHI YOSHITSUGU

 それは、12年前に遡る。2001年、場所はフィンランドのヘルシンキ。
 私は、オルニトミモサウルス類という恐竜を研究していた。見た目がダチョウに似ていることもあり、ダチョウ型恐竜とも呼ばれている。長い首、すらっとした脚、歯はなく、嘴を持っているのが特徴の恐竜だ。このオルニトミモサウルス類は、ダチョウ型恐竜というだけあって、恐竜の中でも最速だったという。

 私は、アジアと北米から発見されているオルニトミモサウルス類を研究するため、ヘルシンキを訪ねていた。2001年の2月。冷えきった空気は、トゲのように肺に突き刺さり、呼吸がうまくできない。その一方、その息苦しさを忘れさせてくれる程、空気は澄み切っており、目の前に広がる風景は美しい。私が大学を過ごした、米国ワイオミング州を思いださせる。
 そして、ようやく目的地である科学館に到着した。ここでは、モンゴルで発見された恐竜化石が展示されている。私は、展示見学ではなく、展示されている化石を研究するためにここにやってきた。モンゴルは世界でもトップ5に入る恐竜化石産地国であり、その多くがこのヘルシンキの科学館に運び込まれ展示されていたからだ。
 そういった関係もあり、モンゴルで発見されたオルニトミモサウルス類がたくさん展示されていた。ハルピミムス、ガルディミムスやガリミムス。私はこれを研究の標的としていた。
 展示は、決して艶ではないが、コンパクトにまとまっており品がある。押し付けがましい説明パネルもなく、恐竜化石の持つ「自然が生み出した造形物」としての美しさを引き出している。
 私は展示室の入口を通り、目的としているオルニトミモサウルス類へと向かう。

未知の恐竜を求めて 小林快次 KOBAYASHI YOSHITSUGU

 すると、そこへたどり着く前にとてつもなく大きな腕を目の当たりにした。デイノケイルスの本物の化石だった。
「でかい……」
 デイノケイルスのことは知っているつもりだったが、本物を目の当たりにすると、その大きさに改めて驚かされ言葉を失った。そして何よりも驚いたのが、その腕がオルニトミモサウルス類のそれにそっくりだったことだ。
 2001年の時点で、私は世界中のオルニトミモサウルス類の化石を見てきていた。目をつぶっても頭の中で、あらゆる骨の形状を思い浮かべることもできるくらい、オルニトミモサウルス類三昧の日々を過ごしていた。だからこそ、デイノケイルスを見た時に、驚きが大きかった。
 「オルニトミモサウルス類だ……」
 独り言を何度もつぶやいた。とにかくそっくりなのである。しかし、あまりにもでか過ぎる。私にとって、あり得ない大きさだった。

 一番大きなオルニトミモサウルス類で、モンゴルから発見されているガリミムス。体長が約6メートルある。この最大のガリミムスの腕の長さが、1メートル30センチほどある。 
 一方で、デイノケイルスの腕は、その倍くらいの2メートル50センチほどある。単純計算をすると、デイノケイルスの体長は、軽く10メートルを超えてしまう。ティラノサウルスに匹敵する大きさだ。デイノケイルスが棲んでいた当時、モンゴルにはティラノサウルスの親戚にあたるタルボサウルスとう凶暴な巨大肉食恐竜が棲んでいたが、このタルボサウルスくらいの大きさだということになる。
 これまで、モンゴルのゴビ砂漠は、様々な調査隊によって100年近く恐竜の調査が続けられているのだが、こんなに大きな“オルニトミモサウルス類"が棲んでいたという証拠は、このデイノケイルス以外には見つかっていない。
 このデイノケイルスは、大きな謎を2つ抱えている。
 第1に、こんなに大きな腕を持った“オルニトミモサウルス類"が棲んでいたということ。これだけ大きな腕を持った獣脚類恐竜(俗にいう肉食恐竜)は、これまでに例はなく、私たちの想像をはるかに超える。
 第2に、この大きな腕を持っていた恐竜はどのような姿をしていたのか。そして、いったい何のためにこんなに大きな腕を持っていたのか。どのようにしてこの腕を使っていたのかという謎である。
 近年の恐竜研究で、驚くような形をした恐竜は数が少ない。たいていどこかで見たような恐竜であることが多い。その中で、このデイノケイルスは、発見以来、その巨大な腕によって、私たち研究者を惑わし、想像を膨らませている摩訶不思議な恐竜の象徴と言っていい。

 ポーランドによるデイノケイルスの発掘場所を発見した私たちは、論文に記された発掘の記録を取り出す。
「ここから上腕骨が発見されて……。肩甲骨はここで、手の甲の骨はここ。まてよ。ということは、この辺はまだ掘られていないかも……」
 発見の状態が記された図を指でなぞりながら、発見された骨の位置と、まだ掘られていない場所を確認する。まるで、宝地図を見ながら宝を探しているようだった。
 とりあえず、それらしいところをスコップで掘り返してみる。スコップを突き刺しても、サクッとスコップが簡単に入っていく。つまりそこは岩ではなく、砂だった。40数年前にポーランドとモンゴルの調査隊が、発掘中に積み上げた砂だったようだ。
「こんな中から何も見つかるはずがない」と思いながら掘り続ける。諦めずに掘り続けると、カチッという音とともに、スコップの先が止まった。砂ではなく、岩に突き刺さった瞬間である。半日をかけて砂を全てどけると、岩の表面が露出してきた。当時の発掘の表面である。
 きれいになった岩の表面と、当時の発掘の記録を照らし合わせる。すると、わずかではあるがまだ掘られていない部分があることに気づく。みんなの興奮と期待が高まる。
「ここを掘れば、掘り残しが見つかるかもしれない!」
 残された部分は非常に少ないため、私たちは道具を使って慎重に少しずつ岩を剥いでいく。
 最初は、ゆっくりゆっくり岩を剥がしていくが、見つかる様子がない。そろそろ骨に突き当たってもいいのに、と思いながら剥がしていくが見つからない。
 そして、1時間もしないうちに、“残された岩"は、なくなってしまった。
 それでもみんなは「何も無いはずがない」と思いながら、残された岩のさらに下を掘っていく。
 後からよくよく考えてみると、そんなに下に骨がある可能性は少なく、それは悪あがきでしかなかった。その穴はどんどん大きくなり、みんなの会話もなくなっていった。
 おかしいな……。
 戸惑いがみんなの顔に現れ始める。
 そんな時、発掘された場所から少し離れて作業していたフィル・ベルというオーストラリア出身の研究者から声が上がる。
「骨だ!」
 彼が発見した骨は、骨の固まりだった。あまり保存状態の良いものではなかった。その骨は、私たちが掘っていたデイノケイルスが発掘された場所ではなく、そこから少し離れた積み上げられた砂の中から見つかった。その骨を手にして見てみる。すると、それは、脊椎骨であることがわかる。実際、ポーランドとモンゴルの調査隊が発表した論文にも、脊椎骨が発見されていることが記されている。
「多分、研究には値しないと判断された脊椎の骨だね」
 そう言いながら、とりあえず何かしら発見されたことに安堵する。
「この細い骨は……?」
 フィル・ベルが訪ねる。
 彼の手に握られていたのは、脊椎骨ではなく、デイノケイルスのものと思われる肋骨の一部(腹肋骨)だった。みんなも「ああ、よかったね」と声にしてはいるが、それほど喜んでいる様子でもなかった。
 しかし、フィル・ベルが、その腹肋骨に残されたある痕跡に気がついた。
「この腹肋骨に細い線がたくさん残っている。これって、デイノケイルスが肉食恐竜に食べられた時の噛み痕じゃ……」
 その傷痕を見た、みんなの顔色が変わった。

著者近影:小林快次(こばやし よしつぐ)

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小林快次 Kobayashi Yoshitsugu

1971年福井県生まれ。
1995年アメリカ・ワイオミング大学地質学地球物理学科卒業。2004年アメリカ・サザンメソジスト大学地球科学科で博士号を取得。現在、北海道大学総合博物館准教授、大阪大学招聘准教授。モンゴルやアラスカ、中国、カナダなど海外での発掘調査や、恐竜展の監修など、恐竜研究の最前線で活躍中。

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