フィル・ベルが手にしていたのは、2本の腹肋骨だった。6センチの長さと7センチの長さで、太さは1.5センチほどである。そんなに大きな骨ではない。しかし、その骨をよく見ると、確かにフィル・ベルが言うように、平行に走る溝がたくさんついていた。

「本当だ。溝がたくさんついている。間違いなく恐竜の噛み痕だ。」
 みんながうなずく。
「噛み痕が残された骨は、なかなか見つけることができない貴重な化石だ。カナダから発見された数多くの肉食恐竜の骨を調べても、2%にも満たない。これはすごい発見だ! それにしても、デイノケイルスの体重は、6トンから12トン。大型のティラノサウルス類と同じくらい巨大な恐竜だ。いったい誰がデイノケイルスを襲っていたんだろう?」

 ルーペで溝を観察すると、その特徴が把握できた。溝の幅は、1ミリほどあり、断面がU字型をしている……。
未知の恐竜を求めて 小林快次 KOBAYASHI YOSHITSUGU
 恐竜が残す噛み痕には、3つのタイプがある。骨ごと肉をガブっと噛んで、穴になった噛み痕。骨を噛んだ時に歯の先で骨を削ってできる溝。歯の淵にあるギザギザ(鋸歯・きょし)の痕で細い線がたくさんついた痕。これらのうち、ギザギザの痕が一番重要な証拠であり、これを研究することにより噛み主を解明することができる。
 多くの肉食恐竜の歯には、ギザギザがついている。これを鋸歯と呼ぶ。この鋸歯は、ノコギリやステーキナイフのギザギザと同じで、物を切る時に役に立つ。ノコギリもステーキナイフも切るための道具ではあるが、木を切るためのノコギリの鋸歯は大きく、肉を切るステーキナイフのものは小さい。用途によって、鋸歯の大きさが違う。
 これと同じように、「肉食恐竜は肉を食べていた」と一言で言っても、肉食恐竜によって食べていた物も違うし、食べ方もそれぞれだった。そのため、肉食恐竜の鋸歯の形は、人間の指紋のようにそれぞれ異なっている。繰り返しになるが、歯の鋸歯の特徴を探ることで、噛み主がわかる。デイノケイルスに残された証拠は、「幅1ミリ、断面がU字型」であるということだ。では、誰が巨大恐竜デイノケイルスを食べたのか。まるで殺人事件現場に残された証拠を頼りに、犯人を捜す調査のように探っていく。

 犯人は誰なのか?

 デイノケイルスが棲んでいた時代、モンゴルには何種類かの肉食恐竜(獣脚類恐竜)が棲んでいた。アルヴァレッツサウルス科、アヴィミムス科、カエナグナトゥス科、ドロマエオサウルス科、オルニトミムス科、オヴィラプトル科、ティラノサウルス科、テリジノサウルス科、そして、トロオドン科である。これらが犯人の候補である。恐竜に少し詳しい読者は、聞き慣れた恐竜名だが、そうでない読者にとっては暗号にしか聞こえないだろう。
 これらの中から、犯人をしぼっていく。なかには簡単に除外できる恐竜がいる。アヴィミムス科、カエナグナトゥス科とオルニトミムス科の恐竜である。なぜなら、これらの恐竜は歯が無い。歯の代わりに、鳥のように嘴を持っていた。歯が無い恐竜は、噛み痕を残すことはできない。
 次に、アルヴァレッツサウルス科の恐竜も除外される。モンゴルのアルヴァレッツサウルス科の歯は非常に小さく鋸歯が残るとは思えない。
 テリジノサウルス科は、肉食恐竜(獣脚類恐竜)でありながら植物を食べていたことが知られているので、これも除外できる。トロオドン科も雑食とも考えられている。またモンゴルから発見されているトロオドン科はザナバザールと呼ばれ、その鋸歯の幅は0.4〜0.3ミリしかない。デイノケイルスに残された溝の幅より小さいので、トロオドン科でもない。

 残りは、ドロマエオサウルス科とティラノサウルス科。犯人は、この2種類にしぼられた。ドロマエオサウルス科とティラノサウルス科は、ただの肉食恐竜ではない。私は以前、カナダの研究者と共に恐竜の脳の研究をした。その時に判明したのは、これらの恐竜は、“超肉食恐竜(Hypercarnivory)"であるということだった。脳の一部に嗅覚を感知する嗅球と言う部分がある。これが異常に発達しているのだ。肉食恐竜には、アロサウルスやギガノトサウルスなど巨大で獰猛な恐竜が数多く存在した。しかし、ドロマエオサウルス科とティラノサウルス科は、特に嗅覚が優れている。つまり、どんなに離れている獲物でも見つけ出すことが可能であり、また暗闇の中でも獲物を探し出すこともできた。
 ちなみに、ドロマエオサウルス科とティラノサウルス科は、ジュラシックパークという映画にも出演している。“ラプトル"と呼ばれるドロマエオサウルス科は鋭い爪と歯を持つ恐竜で、キッチンで人間を追いかけるシーンは非常に印象的である。ティラノサウルス科の代表であるティラノサウルスは、ジュラシックパークの主役級の恐竜であり、その巨体と、車のボンネットも簡単に噛み砕くほどの強靭なアゴを持っている。また、ティラノサウルスの目は、前を向いており、追いかける獲物との距離感を正確にとらえ襲うことができる。まさに、殺戮マシーンである。
 「将来、タイムマシーンができたらどの恐竜を見てみたいですか?」という質問をよくされるが、私が仮に恐竜時代に戻ることができても、この“超肉食恐竜"であるドロマエオサウルス科とティラノサウルス科は、最も出会いたくない恐竜である。

 デイノケイルスが棲んでいた時代、モンゴルにはアダサウルス(ドロマエオサウルス科)とタルボサウルス(ティラノサウルス科)が棲んでいた。このどちらかが、デイノケイルスを食べていた犯人である。
 では、これらの恐竜の鋸歯はどうだろうか。アダサウルスの鋸歯の幅は0.5ミリしかない。これもデイノケイルスに残された溝よりも小さく、犯人でないことは明らかである。
 タルボサウルスの鋸歯の幅は、1ミリと大きく、デイノケイルスに残された痕と一致する。さらに、その鋸歯の形から推測される溝の形もU字型であり、これも一致する。デイノケイルスを食べていた犯人は、ティラノサウルス科であるタルボサウルスだったのだ! さらに興味深いのは、その傷が残されたのが腹肋骨であるということだった。デイノケイルスの産地からは、肩の骨、腕の骨、そして脊椎骨が発見されているが、それらには噛み痕がない。一方で、お腹に位置する腹肋骨に噛み痕が集中しているということは、タルボサウルスがデイノケイルスのお腹の部分を食べていたということを示す。巨大で獰猛なタルボサウルスが、血まみれになりながら巨大なデイノケイルスの内蔵をあさっていたことが想像できる。
未知の恐竜を求めて 小林快次 KOBAYASHI YOSHITSUGU
 デイノケイルスの産地に残されたたった2本の腹肋骨。これらの骨から多くの情報を得ることができた。しかし、それでも私たちが追い求めている「謎の恐竜デイノケイルスの解明」にたどり着くことはできなかった。

「もっと骨化石が残ってると思ったけど無かったね。一体どこにいけばデイノケイルスの化石が見つかるんだろうか……」
 私はつぶやいた。

 やはり、謎の恐竜は謎のままで終わってしまうのだろうか……。

著者近影:小林快次(こばやし よしつぐ)

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小林快次 Kobayashi Yoshitsugu

1971年福井県生まれ。
1995年アメリカ・ワイオミング大学地質学地球物理学科卒業。2004年アメリカ・サザンメソジスト大学地球科学科で博士号を取得。現在、北海道大学総合博物館准教授、大阪大学招聘准教授。モンゴルやアラスカ、中国、カナダなど海外での発掘調査や、恐竜展の監修など、恐竜研究の最前線で活躍中。

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