カナダ・アルバータ州では、恐竜研究が盛んである。アルバータ州の州都のエドモントンには、アルバータ大学のフィリップ・カリー教授。アルバータ州最大の都市であり1988年冬期オリンピックが開催されたカルガリーには、カルガリー大学のダーラ・ザレニトニスキー助教。そして、ドラムへラーという小さな町にある、世界最大級で最高級の恐竜展示がある王立ティレル古生物学博物館の学芸員のフランソワ・テェリエン博士。どの研究者も、恐竜研究では第一線を行く人たちである。彼らがベースにしている発掘地は、アルバータ州南部に広がる世界有数の恐竜化石産地だ。
 この中でも、特に有名なのがアルバータ大学のカリー教授。私たちは通常フィル(Phil)と呼んでいる。特に、獣脚類恐竜の研究では有名で、ティラノサウルスを始め、獣脚類から鳥類への進化についても多くの論文を執筆している。ちなみに、私の博士号の指導教員の一人でもあり、一般的にいうと私の“師匠"ということになる。私たちは、現在も謎の恐竜デイノケイルスの正体を解明しようと一緒に研究を行っている。
未知の恐竜を求めて 小林快次 KOBAYASHI YOSHITSUGU
 風もなく静かな夜、ゴビ砂漠に建てられたテントの中で私が話を切り出す。
「ねぇフィル、デイノケイルスって一体何者だと思う? 確かに全身が発見されるまで解明できないのはわかるけど、すでに発見されている肩と腕の骨だけでも十分なヒントが隠されていると思うんだけど……」

「デイノケイルスは、不可思議な恐竜だ。あれだけ大きな腕を持っているということは、その体はとてつもなく大きい。その大きさ重要な情報だと思う」
 フィルは、パソコンに写されたデイノケイルスの論文を見ながら答える。

「以前ヘルシンキの企画展で展示されていた本物の標本を観察した時には、あまりにもオルニトミムスの仲間(オルニトミモサウルス類)の腕に似ていてびっくりしたよ。全く先入観なしで、展示室に入って角を曲がったら、そこに巨大な腕があって、『こんなにでかいオルニトミムスの仲間なんていたっけ? あ、デイノケイルスか!?』と思ったくらい。デイノケイルスって、オルニトミモサウルス類だと思うんだけどな〜」
 モンゴルのオルニトミモサウルス類、ガリミムスとアンセリミムスの骨格の写真を私のパソコンに写しながら答える。

「デイノケイルスが発見されているネメグト層という地層からは、同じように腕のでかいテリジノサウルスという恐竜が発見されている。これだけ巨大な腕を持つ恐竜同士は、何らかの関係があったに違いないんじゃないだろうか。デイノケイルスはテリジノサウルスに近い恐竜だと思うよ。バルズボルド博士(モンゴルの恐竜研究者)が1976年に提唱しているようにね。デイノケイルスとテリジノサウルスで、“デイノケイルス類"ってね……」
 決して自信がある言い方ではなく、肩をすくめながらフィルは答えた。

 この連載の第三話でも少し紹介したが、私はオルニトミモサウルス類の恐竜を研究している。私の考えでは、デイノケイルスはオルニトミモサウルス類の仲間である可能性が高いと考えていたが、ここで“師匠"であるフィルと意見が割れてしまった。この会話の時に、私は研究上のバトルを宣告した。と言っても、非常に友好的なバトルであり将来の研究につながる意見の不一致であった。
「じゃあ、フィルはテリジノサウルス類、俺はオルニトミモサウルス類という意見だね。どっちが正しいか。将来の発見と研究が楽しみだね!」

 少し話は逸れるが、「新聞やニュースで、歯化石一本から恐竜を特定していたりしていますが、どうやってわかるのですか? どの程度の骨格が発見されれば新種かどうか断言できるのですか?」と聞かれることがある。
 簡単にいえば、その恐竜にしか見られない特有な形(固有派生形質という)が見つかれば、歯一本でも同定できる。逆に言うと、どれだけ多くの骨が発見されても(例えば肋骨)、その骨に特徴が無ければ同定は困難を極める。

 主なデイノケイルスの化石は、肩の骨と腕の骨。これだけで、十分ではないのか? これまでの研究では、“不十分"と見なされ、謎の恐竜として有名になってしまった。ヘルシンキで見た時に、確かにオルニトミモサウルス類の腕にそっくりだった。しかし、そっくりだということでは化石の同定にはつながらない。

 ただ私には、デイノケイルスがオルニトミモサウルス類であるという根拠があった。オルニトミモサウルス類の仲間たちのみが共有する特徴(共有派生形質)が、デイノケイルスに見られるからだ。それらの特徴の三つを紹介する。

 まず、肩の骨。残されているのは肩甲骨と烏口骨。この二つの骨が合わさって、一見巨大なしゃもじのような形をなす。他の獣脚類恐竜では、これらの骨は癒合していないことが多いが、オルニトミモサウルス類の肩甲骨と烏口骨は、癒合して一つの骨のようになっている。デイノケイルスの肩甲骨と烏口骨も癒合している。これが一つ目の共有派生形質。

 次に、上腕骨。上腕骨には、三角胸筋稜(deltopectral crest)という部分がある。多くの獣脚類恐竜の三角胸筋稜は大きい。しかし、オルニトミモサウルス類の三角胸筋稜は小さい。デイノケイルスはどうか? もちろん、デイノケイルスの三角胸筋稜も小さい。二つ目の共有派生形質である。

 最後の共有派生形質が見られるのが中手骨。手の甲にあたる骨だ。オルニトミモサウルス類にもデイノケイルスにも、中手骨が3本ある。この3本の中手骨は、第一中手骨・第二中手骨・第三中手骨と呼び、進化型のオルニトミモサウルス類の中手骨はどれもほぼ同じ長さである。デイノケイルスも然り。
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 こうして見てみると、肩と腕の骨だけと言いながらも、オルニトミモサウルス類の特徴が伺える。私は、これらの共有派生形質の存在から、デイノケイルスがオルニトミモサウルス類の仲間であると考えていたのだ。

 しかし、デイノケイルスには問題があった。よく一般には爪と呼ばれる骨で、正確には指先の骨(末節骨)に問題が潜んでいた。オルニトミモサウルス類の末節骨は、横から見ると緩くカーブしている。また、末節骨の下の面には屈筋小結節(flexor tubercle)という突起があり、その突起は少し爪の先端部分方向に位置している。しかし、デイノケイルスの末節骨は強くカーブし、屈筋小結節は関節面のすぐ近くに位置している。つまり、デイノケイルスの末節骨は、オルニトミモサウルス類の末節骨とは大きく異なり、非常に原始的な形をしている。

 典型的なオルニトミモサウルス類の肩の骨と上腕骨。その一方で、原始的な末節骨。原始的に見える末節骨は、巨大化に伴って進化した新しい形なのか? 特殊な生活をしていたため、見た目には原始的な末節骨になってしまったのか? 様々な仮説がたてられるが、どれも十分な証拠がない。

 末節骨の謎は残っているにしても、肩の骨と上腕骨、そして中手骨といった骨に見られる特徴が、フィルに「デイノケイルスはオルニトミモサウルス類の仲間だ」と私が宣言した理由である。しかし、宣言はしても断言できないのは、末節骨の“矛盾"があったからだ。

 やはり、他の骨格の部分、特に頭骨の発見が、デイノケイルスの謎の解明の鍵になる。私が正しいのか、フィルが正しいのか。発見されている肩や腕の骨だけではなく、新しい標本が必要なのは明らかだった。

著者近影:小林快次(こばやし よしつぐ)

未知の恐竜を求めて|Webマガジン幻冬舎

小林快次 Kobayashi Yoshitsugu

1971年福井県生まれ。
1995年アメリカ・ワイオミング大学地質学地球物理学科卒業。2004年アメリカ・サザンメソジスト大学地球科学科で博士号を取得。現在、北海道大学総合博物館准教授、大阪大学招聘准教授。モンゴルやアラスカ、中国、カナダなど海外での発掘調査や、恐竜展の監修など、恐竜研究の最前線で活躍中。

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