「また盗掘の跡だ。タルボサウルスだな……。」
 山積みになっている粉々の骨をみながらつぶやく。

 モンゴルは、恐竜化石盗掘という深刻な問題を抱えている。特に2000年からの盗掘は著しく、これまでたくさんの恐竜化石が盗掘されている。その手段は非常に痛々しい。盗掘者は、恐竜のある物を探し出すため、それ以外の骨を粉々に壊してしまう。どんなにすばらしく美しい全身骨格でも、粉々にしてしまう。そのある物とは、恐竜の歯と爪(末節骨)である。

 全身骨格を掘りだし、売買できれば大金が手に入る。それなのに、なぜ彼らは歯と末節骨を探すのか。
 簡単に密輸ができ、比較的お金になるからである。

 密輸した化石はどこへ売られていくのか。それらは、世界中に存在する化石を売買する業者へと流れていく。たまに日本のマーケットにもモンゴルの化石が売りに出される。売りに出されている化石は、違法ではないのか。
 映画などで“マネーローンダリング(資金洗浄)"という言葉を聞いたことがあるだろう。犯罪によって得られたお金の出所を隠蔽し、一般市場に出回っても身元がばれないようにする行為を言う。盗掘された化石にもいろいろな業者を間にはさみ、本元を特定できないようにして、一見“合法"に見えるようにして化石を売っている業者がある。実際そのように販売しているモンゴルの恐竜化石を目にしたら、その業者に聞いてみるといい。追求していくと言葉を濁すのが彼らの常套手段である。とはいっても、日本にはモンゴル恐竜を売っている業者は皆無であるが……。

 盗掘者も最初は、地表に落ちている恐竜の歯や末節骨を売って小銭を稼いでいたのだろう。そのうち、地表からは歯や末節骨が消える。すると彼らは、まだ地中に眠っている全身骨格を狙いだす。その全身骨格についている歯や末節骨をだ。
 大きな犠牲を伴った歯や末節骨は市場に出回り、コレクターの手へと渡る。コレクターの個人的な欲求を満たすために……。こうして世界的な財産そして私たち研究者が追い求めている貴重な恐竜骨格が粉々に壊されている。

 私たちは、その粉々になった恐竜化石からも残された情報を取り出す。壊される前はどんなにすばらしい標本であったかを感じながらだ。やりきれない気持ちでいっぱいになる。
「ため息したくなる気持ちはわかるけど、データをとろう。まずは、タルボサウルスであることを確かめよう。その後は、残された骨の測定だ。」
壊された骨を観察し、タルボサウルスであることを確認する。そして、粉々になった大腿骨をできるだけ組み立て、その大きさを測る。
「60センチか。まだ大人になりきってないようだね。背骨も癒合してないし。」
 デイノケイルスが棲んでいた恐竜時代のモンゴルは、どのような生態系をしていたのか。盗掘された骨からでも私たちに教えてくれることはたくさんある。
 
 私たちが発見した恐竜の種類と数。そして盗掘現場から得られたデータを掛け合わせると面白いことがわかってきた。
 モンゴル南部に広がる白亜紀末の地層。デイノケイルスもこの地層から発見されている訳だが、骨化石から再現できる当時の環境には、ガリミムスがたくさん棲んでいたということがわかった。ガリミムスは、ダチョウにそっくりなオルニトミモサウルス類。雑食または植物食である。
 本来、予想される恐竜時代の生態系構成としては、多くがハドロサウルス科や角竜類といった植物食恐竜。同じ時代のカナダやアメリカの恐竜化石産地から見つかる化石のほとんどが、これらハドロサウルス科や角竜類である。そして、オルニトミモサウルス類の化石がごくまれに発見される。
 しかし、モンゴルの白亜紀末の地層からは、サウロロフスとバルズボルディアというハドロサウルス科の恐竜が知られているが、発見される化石はそれほど多くない。また、トリケラトプスと言った大型の角竜は、モンゴルでは発見されていない。当時頂点を支配していたティラノサウルスの仲間タルボサウルスは、何を食べていたのか。肉がたくさんついて動きの鈍いハドロサウルス科や角竜は少なくので、ガリガリで逃げ足の速いオルニトミモサウルス類を襲っていたのか。謎だ。そして、巨大恐竜デイノケイルスの存在。これも謎だ。
 この謎のヒントがモンゴルから6,000キロ離れたアラスカにあった。

 米国アラスカ州デナリ国立公園。私は、この土地に2007年から毎年調査に入っている。偶然なのか、ここにもデイノケイルスが棲んでいた時と同じ時代の地層がある。そして、私たちはここで無数の恐竜の足跡化石を見つけている。
未知の恐竜を求めて 小林快次 KOBAYASHI YOSHITSUGU
 アラスカで調査をしている理由はいくつかあるが、その一つに「アジアの恐竜はいつどこからやってきたのか。またいつどこへ行ったのか。」というテーマに興味を持っている。そのため、アラスカから、アジアの恐竜を探していた。
 結論から言うと、未だアジアの恐竜を北米(アラスカ)からまだ発見できていない。しかし、このデナリ国立公園の調査によって面白いことがわかってきた。
 私たちの調査によって、ハドロサウルス科、角竜、テリジノサウルス科の足跡が多数発見された。面白いのはその発見のされ方である。
 ハドロサウルス科とテリジノサウルス科の足跡は、一緒に見つかることが多い。角竜の足跡が集中しているところからは、ハドロサウルス科やテリジノサウルス科の足跡は、ほとんど発見されない。これが意味することは何か。
 簡単に言うと、棲み分けをしているということである。植物食のハドロサウルス科と角竜は、生活様式がほぼ等しいため、生活空間を分けることで競争を回避していたのだ。
 その一方で、植物食のテリジノサウルス科は、ハドロサウルス科と共存できたということから、同じ植物食でも違う植物を食べていたため、競争すること無く仲良く暮らしていたと考えられる。
未知の恐竜を求めて 小林快次 KOBAYASHI YOSHITSUGU
 この考えをひらめいたとき、次々と疑問が浮かんできた。
「北米の生態系における植物食恐竜はハドロサウルス類と角竜で占められ、ティラノサウルスのお腹を満たしていた。じゃあ、アジア(モンゴル)の植物食恐竜ってどんな恐竜だったのか。オルニトミモサウルス類とハドロサウルス科なのか。なぜ角竜がいなかったのか。いなかったことで生態系にどのような影響を及ぼしたのか。」
 次々と頭に浮かんでくる疑問を考えているうちに、モンゴルでの謎に光が射したように感じた。

「北米の巨大植物食恐竜(megaherbivores)は、ハドロサウルス科と角竜類。モンゴルの巨大植物食恐竜は、ハドロサウルス科と数少ない竜脚類。角竜類がいないモンゴルでは、その空いた生活圏を誰が支配していたのか。竜脚類で十分だったのだろうか。」
 この時にリンクしたのが、巨大な体をもつデイノケイルスとテリジノサウルスである。
 デイノケイルスやテリジノサウルスは、奇妙な体をしていることによく注目されるが、その体の大きさも異常である。体の巨大化と奇妙な体の進化は、関係しているのではないか。そして、巨大化した理由は、角竜が存在していないからではないかと考えたときに、私は鳥肌が立った。
 角竜のいない生態系だったからこそ、植物食だったデイノケイルスやテリジノサウルスの祖先が角竜に置き換わってその生活圏を支配した。生活圏を支配したデイノケイルスやテリジノサウルスの祖先は、まるで北米の角竜が巨大化するように、巨大化していった。そして、その巨大化に伴って、デイノケイルスは巨大な腕を、そしてテリジノサウルスは巨大な爪を手に入れていったのではないかというふうに私は考えた。
 そう考えると、北米の白亜紀末の地層から、巨大なデイノケイルスやテリジノサウルスが発見されないのもうなずける。
 さらに、私の「デイノケイルスはオルニトミモサウルス類」という説が正しければ、角竜のいない生態系で、植物食だったオルニトミモサウルス類が巨大化したのがデイノケイルスということになる。白亜紀末のモンゴルは、ガリガリではあるもののたくさん棲んでいた小型のオルニトミモサウルス類と、巨大化したデイノケイルスが、タルボサウルスのお腹を満たしていたのかもしれない。

 そして、2009年夏、ついに待望の日がやってくる。
 この年、私はアラスカでの調査のため、数日遅れてモンゴルの調査に参加した。キャンプに合流した私は、韓国の恐竜研究者イ・ユンナムに近況を聞いた。
「これまでは盗掘現場ばっかり。でもそのうちの一つが、かなりやられてるけど壊されていない骨もたくさんあって良いかもしれない。タルボサウルスじゃなくてテリジノサウルスだって、フィルが言ってる。」
 それから数日間は、盗掘現場で作業を行った。壊された骨の収集。そして、まだ地中に残された骨を掘り出した。意外にもかなりの骨が揃っていることがわかった。予想以上だった。
 するとイ・ユンナムが大声で私を呼ぶ声が聞こえた。
「ヨシ!ちょっとこっちに来て!」
 見せられた肩と腕の骨をみてすぐにわかった。デイノケイルスだと。テリジノサウルスだと思って掘っていた骨格はデイノケイルスだった。
 イ・ユンナムも興奮していた。フィルも興奮していた。参加したみんなも喜びに満たされていた。みんなが何十年も追い続けてきたデイノケイルスの骨格が目の前にあることを。そしてその全貌が私たちの手によって明らかにされることを。
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著者近影:小林快次(こばやし よしつぐ)

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小林快次 Kobayashi Yoshitsugu

1971年福井県生まれ。
1995年アメリカ・ワイオミング大学地質学地球物理学科卒業。2004年アメリカ・サザンメソジスト大学地球科学科で博士号を取得。現在、北海道大学総合博物館准教授、大阪大学招聘准教授。モンゴルやアラスカ、中国、カナダなど海外での発掘調査や、恐竜展の監修など、恐竜研究の最前線で活躍中。

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