今回は荻原浩さんの『あの日にドライブ』をご紹介します。

「じゃあ、仮にですよ、あなたが、もう一つの生きかたをなすっとったら、ちっとも後悔しないですんだといいきれますか? あたしこの頃よく思うの。人生に後悔がつきものなんじゃないかしらって。ああすりゃよかったなという後悔と、もう一つは、どうしてあんなことをしてしまったんだろうという後悔。」(映画「男はつらいよ」に出てくる印象深い台詞)

「太古の昔から、人間は幸せな人生を送る秘訣を探し求めてきた。しかし現在にいたるまで、多くの人は、幸せの秘訣が隠された場所を見つけることができなかった。それが自分の心の奥深くに隠されていることに気づかなかったからだ。幸せは、財布の中にお金がいっぱいはいっているかどうかではなく、心の中が豊かな気持ちでいっぱいになっているかどうかに左右される。実業家ジョン・ロックフェラーの指摘は示唆に富む。『幸せを手に入れる方法は、二つの単純な原理にある。まず、自分にとって興味のあることで、しかもうまくできることを見つけ、次に、それに対して全身全霊で打ち込むことだ』というのだ。」(単行本「自分を磨く方法」に出てくる一文)

『あの日にドライブ』はかつてエリートサラリーマンだった銀行員、牧村伸郎(40代)が主人公。今は業界内で小さめといわれるタクシー会社に勤めている。19年間勤め上げた銀行は、上司に向かって投げかけたたった一言が原因となり首。それまでの自分が持っていた肩書き、プライド、人生設計は、銀行を放り出されたことで無残にも敗れ散る。そこで、次の職種を見つけるまでの小づかい稼ぎとしてタクシーの運転手を始めることに。
 出だしは深夜お酒にべろんべろんに酔った客を乗せるシーン。
 さて、これから私をどこに運んでくれるのかしら? とわくわく。つい字を追う目も急ぎ気味になるほど。以前読んだ荻原浩さんの代表作『明日の記憶』がとても面白かっただけに、今回はどうなんだろう? 何をテーマに選んでいるのか? と、どんどんこの小説に対する期待の気持ちが膨れ上がる。
 タクシー運転手となった牧村は仕事に慣れていくにつれ、タクシーが走る道路を、自分がこれまでに歩んできた人生の道として捉えるようになっていく。そこには偶然、必然の区別がつかない混沌としたゾーンがあり、自分ではコントロールしようのないところで、人生の成功、失敗は誰かに見守られているのでは? と感じるようになる。だったら……。もし、あの時ああしていれば……。右に曲がった、右に選択した人生の道をもし、左に選択、左に曲がっていたら、もしくは直進していればどうなっていたのだ? 今とは違う人生が自分に待ち受けていたのかもしれないと、過去に遡り、自分の軌跡を追い、実際その場所にまで行ったり、モトカノと会おうとしたり、もう戻りようのない過去を追い始める。そこで、実際になにかがあって、自分の人生を今更変えられるはずもないのだが、あの時こっちを選択していたら……という気持ちはなかなか、吹っ切ることはできない。その過去を追い求め、半ば妄想も入った伸郎を読み進めるのはおかしかった。
 伸郎の道中は、とても読み応えがあって、画の浮かぶような描写はもちろん、たったの一文に自分にとってとても大切なことを気づかせてくれて感動したり、思わず吹き出して、声を出して笑ってしまうほどのおかしな箇所もあって、刺激に満ちていてとてもよかった。そして、こうして今、皆さんにこの本は一体どうだったのか? というのをお伝えしようとしたときに、前出の二つの文章が浮かんできたわけです。
『あの日にドライブ』是非読んでみて下さい。
 それでは、また。


黒谷友香

黒谷友香(くろたにともか)
黒谷友香(くろたにともか)1975年、大阪府生まれ。95年、映画「BOXER JOE」のヒロイン役で女優デビュー。その後、CM・ドラマ・映画・ 雑誌など幅広く活躍。主な出演作に03年「魔界転生」、04年「クイール」など。またこの秋、公開の映画「SHINOBI」では、美貌の毒婦、陽炎(かげろう)を好演。

あの日にドライブ
『あの日にドライブ』
荻原浩著
光文社刊
定価¥1,575(税込)