前進する日もしない日も
第百二十二回 夜の繁華街で気がついた
 なんだかなぁ、もうイヤんなってきちゃったなぁ。
 ちょっとしたイヤなことがあって、イヤだなぁと思っていたら、また別のイヤなことがあって、でも、そのおかげでひとつ前のイヤなことがぼんやり煙にまかれてしまう。で、その調子で、またイヤなことがあると、ひとつ前のイヤなことには霞がかかり、
「ん? ふたつ前のイヤなことってどんなだっけ」
 古いイヤなことはかなり薄まっているわけである。
 イヤなことを「新イヤなこと」でうやむやにするってどうなんだ? 
 と、イヤな気持ちになりつつも、イヤなことがどんどん積み重なっていくわけではないシステムなのはいいなとも思うのだった。少なくとも、わたしの場合はそういうシステムのようである。
 とはいえ、イヤなことがあるとささくれる。心がささくれる。めくれあがった部分がヒリヒリ。
 なんだかなぁ、もうイヤんなってきちゃったなぁ。
 夜の繁華街を歩きつつ、大きなためいきをついていたとき、あることに気づいたのである。
 心の中のひとりごとが大阪弁じゃない。
 わたしの心の中のひとりごとは、もう大阪弁じゃないのだった。
 上京14年。普段の生活で方言を使うことはほとんどない。今では「出身、大阪なの? 全然わかんなかった」と驚かれるくらい。
 自分で言うのもなんだけど、わたしはインパクトのない「いでたち」である。東京生活を大阪弁で貫き通すと、大阪弁の人、という第一印象で終わりかねない。なので、上京後、わりと早くから大阪弁を使わないようにしていたのだった。
 そして、ついに心の中のひとりごとが大阪弁じゃなくなっていた。「なんだかなぁ、もうイヤんなってきちゃったなぁ」。大阪弁にすると、「なんか、もうイヤンなってきたわ」だろうか。
 流れた時間は、いろんなことを乗り越えてきた時間でもある。イヤんなってきちゃうことがあっても、まあ、なんとかなるだろうと思える土台、それが月日というものか。
 な〜んてことを考えつつ歩いていた昼下がり。前々から、感じが良さそうだなとチェックしていたカフェに入ってみた。ショーケースに、大好物の『サバラン』を発見! ホットコーヒーとともに注文しパクパク。ちょっと元気が出る。「これ、めっちゃおいしいやーん」。カフェにいたのは、大阪弁のわたしなのであった。



益田ミリ『すーちゃんの恋』

益田ミリ(ますだみり)

1969年大阪生まれ。主な著書に「すーちゃん」シリーズ、『週末、森で』、『泣き虫チエ子さん1』シリーズ、『オレの宇宙はまだまだ遠い』などが、またエッセイ集に『47都道府県女ひとりで行ってみよう』『益田ミリ
銀座缶詰
』『ちょっとそこまで ひとり旅 だれかと旅』などがある。近著は『五年前の忘れ物』『キュンとしちゃだめですか? 』。


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