「インドで迷子になった私を助けてくれた親切なおじさん」「タイで大喧嘩したけど、なぜか気になるアイツ」、あるいは「旅先で話を聞いたけれど、ついに食べることができなかった料理」などなど、時間を経た今となっては、もう一度、再会できる可能性はゼロに等しい「誰か」や「何か」……。
 あなたの記憶にこびりついて離れない大切な記憶を教えてください。どんな異国でも辺境地でも構いません。
 一年間の募集期間の後、応募された記憶の中から一つを選んで、ノンフィクション作家・高野秀行が実際に探しにでかけます!! 下の「応募する」ボタンから、ぜひご応募ください!
〜読者から依頼された記憶〜
ファイル 001:ドイツ人のAnne
[探して欲しい記憶の時間]1997年8月
[国名]アメリカ
[都市名]ウィスコンシン州
[探して欲しい記憶の人名、物]Anne Zawadke
[探して欲しい記憶の詳細] 
 大学生の時に語学研修で行ったウィスコンシン大学で出会ったドイツ人のAnne。
 彼女とはほとんど言葉を交わすことがなかったのですが、2週間の研修の後半にはなぜか仲良くなり、授業後には私のホストファミリーの家に寄って一緒に宿題をしたりおしゃべりをしたりするようになっていました。特に思い出深いのは、日本人学生のように前髪を短く切って欲しいと言われ、ホストファミリーの庭で髪を切ってあげた日のこと。なぜか一大イベントになり、ホストファミリーやら近所の人たちがカメラを片手に集まって、大撮影会となりました。
 その後、それぞれ自国に帰ってからも、メールや手紙を通じて近況報告しあっていました。一度送ってきてくれた写真には、「まだ前髪を作っています」と、前髪を短く切りそろえた彼女が映っていました。「ドイツに遊びに来てね」と、日本語で書かれたミュンヘンのガイドブックを送ってくれたこともありました。それから3、4年ほど経った頃、彼女のところへ遊びに行こうと予定を立てたのですが、お互いのスケジュールが合わず断念。クリスマスカードを送ったりと、その後もしばらくは連絡を取り合っていたのですが、この2年ほど連絡がつかなくなってしまいました。昨年送ったクリスマスカードは、宛先不明で戻ってきてしまいました。
 彼女は20代後半〜30歳くらいになっていると思うので、もしかしたら結婚して幸せな家庭を築いているのかもしれません。彼女が元気で過ごしているのか知りたいです。

高野秀行より
 記念すべき依頼第1号ですね。
 私はひどいアメリカ音痴で、この依頼でアメリカの地図を広げ、初めてウィスコンシンという州があるということを知りました。まあ、ホイットニー・ヒューストンがいまだに男か女か知らないくらいなので許してください。
 ご依頼の件ですが、一つ「前髪を短く切る」という話が不思議ですね。欧米人女性は前髪を短くしたりしないんでしょうか。前髪切りが一大イベントになってしまうというのは驚きです。向こうの人にとって、「オリエンタル」な雰囲気を感じさせる髪型なんでしょうか。なんせ、アメリカ音痴だけじゃなくてファッション音痴でもあるので、さっぱりわかりません。
 いったいどんな髪型なのか具体的に教えてください。

 Anneさんは今でも前髪を短く切っているんでしょうか。気になりますね。
 彼女の写真はないですか? 写真がないか、あるいはあっても公開したくなければ当時の大学の写真でもいいのでお送り願えませんか。

※今後、依頼される方、探す人やモノの写真があり、公開しても差し支えなければお送りください。手がかりになりますから。私が探す前に、誰かが見つけて教えてくれるかもしれませんしね。
ファイル 002:懸垂下降用のスリング
[探して欲しい記憶の時間]1991年2月
[国名]サントメ・プリンシペ
[都市名]カングランデ
[探して欲しい記憶の人名、物]スリング
[探して欲しい記憶の詳細] 
 高野さん、オレあるよ。
 カングランデに残してきた懸垂下降用のスリング。
 僕が最後に降りたんだけど、そのときになぜか「あー、このスリングをもう一度見ることは一生ないんだろうな」としみじみしてしまって、30分くらい降りられなかったのです。
 おそらくまだあるはずで、どんなふうになっているか見てみたい。
 ただし場所はピンポイントで特定できるので、探す面白みがないのと、1ピッチ難しい岩登りをしないとたどりつけないので、ヨースケさんでも連れて行かないと見ることができないのが難点。

高野秀行より
 一般の読者の方に説明すると、この依頼者の森山君は、私の大学探検部時代の後輩で、一緒にコンゴに怪獣探しに行った仲間です。(詳しくは拙著『幻獣ムベンベを追え』(集英社文庫)をご参照ください)。
 その翌年、私がクイズ「なるほど・ザ・ワールド」のネタ探しのバイトでアフリカ中央部をさ迷っていたとき(詳しくは拙著『怪しいシンドバッド』(同上)をご参照ください)、コンゴ共和国のほぼ真西にある小さな島国を訪れました。それがサントメ=プリンシペ共和国という国です。
 同国ではジャングルの中に「カン・グランデ(犬の岩)」と呼ばれるタワーのような岩山がどーんとそびえたっていました。その地球離れした景色はまるで「ロスト・ワールド」といった風情でありました。
 帰国して写真を見せると、この森山君がリーダーとなり、同じく探検部で私の同期にあたる「ヨースケさん」こと高橋洋祐君と、もう一人後輩を連れて登りに行きました。そして、見事世界初登頂を遂げたわけです。
 また、「スリング」とは登山用の、ザイルより細いヒモのことです。先端にカラビナという金属の輪っかをつけて懸垂下降や岩山の登攀などに用います。
(スリングの写真を送ってください。言葉では説明しにくい)

 森山君のケースのように、どうしても残置しなければならないことがあります。異郷の自然の中に自分の道具を置いていくのは後ろ髪を引かれるものですが、しかし、それで「30分くらい降りられなかった」というのは尋常ではない。
 よほど何か感じるところがあったのでしょう。不思議なことです。

 もう一つ、森山君にお聞きしたいのだけど、そのスリングをどうしてほしいのですか? 状況を見に行って写真で報告する? それとも持ち帰る?
 もし、持ち帰るなら、別のスリングを残置しなきゃなんないと思いますが…。
ファイル 003:イラン人のハディさん家族
[探して欲しい記憶の時間]1990年3月
[国名]イラン
[都市名]不明
[探して欲しい記憶の人名、物]ハディさん家族
[探して欲しい記憶の詳細] 
 当時、北海道大学の学生だった私のアパートの隣に留学できていたイラン人の家族を探してほしい。
 北海道大学の理学部か農学部か工学部に留学していたお父さんのハディさんと、奥さんのシャムシー、当時小学1年に入って言葉がわからなくてたいへんだった長男のサディック、生まれたばかりの妹赤ちゃんがいた。
 たまに隣に遊びに行ってイランの言葉を教えてもらったが、もうぜんぜん言葉は覚えてない。サディックは最初小学校になじめず、担任の先生宛に手紙を代筆したりした。一緒に初詣にも行った。
 その後札幌市内で引越しし、その後音信不通。
 イランに帰国したものと思われる。
 またあの親子に会いたいなあ。

高野秀行より
 1990年といえば、日本中にイランの人たちがあふれていた頃のことですね。
 もっとも「ハディさん」は大学の留学生だそうですから、出稼ぎとは全然ちがいます。すでに家庭を持っていたということからも、すでに母国の大学を出ていたのではないでしょうか。
 疑問点が3つあります。
 1つはハディさんが家族連れで来日していたこと。ふつうの留学生ではあまりないケースのように思うのですが、そうでもないんでしょうか。
 あるいは、ふつうの学部生ではなく、大学院の修士か博士課程だったのでしょうか。
 もう1つは、ハディさんが途中で「札幌市内に引越し」とあること。北大は札幌市内にキャンパスがあるのでは? 当然学生の方々も市内に住んでいるものと思っていたのですが、そうでもないみたいですね。具体的に何市ですか。
 それからハディさん一家の素性。出身地はお聞きになりました? やはり首都のテヘランでしょうか。それから彼らがクルド人だとか聞きませんでした? 仕事や留学で海外に出るイラン人の半数以上はマイノリティのクルド人で、当時日本中にいたイラン国籍の人たちも例外でないそうです。
 ハディさん一家の写真、もしあればお送りください。その他、サディク君が描いた絵でもなんでもいいです。
 ハディさん一家が日本の生活に馴染んで、ハディさんが学業をちゃんと終えて帰国していればいいですね。
 あるいは、意外に日本でビジネスで成功していたりして……。

ファイル 004:バンビエンのバンさん
[探して欲しい記憶の時間]2006年8月
[国名]ラオス
[都市名]バンビエン
[探して欲しい記憶の人名、物]パンさん
[探して欲しい記憶の詳細] 
 私達が去年バンビエンに行って際参加したトレッキングツアーのガイドさん。
 自称25歳。『やたら、うさんくさい人だなぁ〜』と警戒して接していたが、実はとっても良い人。ものすごくハイテンションの時と、ふとした瞬間ゲッソリという二面性を持っている不思議な人。ラオス人特有の心のギアチェンジが早い気質もこのパンさんから学んだ。今年に入ってメールがこないので、生きているか心配。あの人のことだから、無茶して崖と登りかねないので。

高野秀行より
 ラオスはアメリカよりよく知っています。
 バンビエンは行ったことはないですが、首都ヴィエンチャンから100キロほど北に行ったところですよね?
 私がこれまで出会ったラオス人は、わりと物静かな人が多いです。礼儀正しくて愛想はいいけどあまり他人とべたべたしないところがタイ人によく似ていると思いました。
 心のギアチェンジが激しい人もいるのでしょうか。ハイテンションとゲッソリの二面性というのは、ガイドや旅行業にたずさわる人だからでは……? というのはあくまで私の印象ですが。
 熱帯アジアの人々は、メールの連絡が急に途絶えたりすることがしょっちゅうです。理由は、勤め先が変わり、事務所のパソコンが使えなくなったためアドレスもわからなくなったとか、仕事自体が変わり、外国人の友だちと連絡するどころではないとか、あるいは単に面倒くさくなっているだけとか。
 一度、「来月、ラオスに行くかも!」というメールを入れてみてはいかがですか。急に返事が来るかもしれませんよ。まずはそこからですね。

メモリクエスト Backnumber 〜前号の依頼
ファイル 004:バンビエンのバンさん
[探して欲しい記憶の時間]2006年8月
[国名]ラオス
[都市名]バンビエン
[探して欲しい記憶の人名、物]パンさん
[探して欲しい記憶の詳細]〜依頼内容を読む
ファイル 003:イラン人のハディさん家族
[探して欲しい記憶の時間]1990年3月
[国名]イラン
[都市名]不明
[探して欲しい記憶の人名、物]ハディさん家族
[探して欲しい記憶の詳細]〜依頼内容を読む
ファイル 002:懸垂下降用のスリング
[探して欲しい記憶の時間]1991年2月
[国名]サントメ・プリンシペ
[都市名]カングランデ
[探して欲しい記憶の人名、物]スリング
[探して欲しい記憶の詳細]〜依頼内容を読む
ファイル 001:ドイツ人のAnne
[探して欲しい記憶の時間]1997年8月
[国名]アメリカ
[都市名]ウィスコンシン州
[探して欲しい記憶の人名、物]Anne Zawadke
[探して欲しい記憶の詳細]〜依頼内容を読む
メモリクエスト Backnumber 〜過去の依頼
 以下の応募フォームから、あなたの「記憶」をご応募ください。
 これは! というものは、高野秀行がその記憶を詳細に取材した後、実際に探しに出かけます。
 その記憶の状況、人の姿形、場所、時間など、なるべく詳しく教えてください。

※ご応募いただいた記憶は、毎号、高野秀行さんのコメント付きで紹介させていただきます。また、高野さんの触手が動いた記憶については、さらなる詳細を聞きに取材に伺います。
集英社文庫HPにて旅日記連載中!高野秀行オフィシャルサイト