「インドで迷子になった私を助けてくれた親切なおじさん」「タイで大喧嘩したけど、なぜか気になるアイツ」、あるいは「旅先で話を聞いたけれど、ついに食べることができなかった料理」などなど、時間を経た今となっては、もう一度、再会できる可能性はゼロに等しい「誰か」や「何か」……。
 あなたの記憶にこびりついて離れない大切な記憶を教えてください。どんな異国でも辺境地でも構いません。
 一年間の募集期間の後、応募された記憶の中から一つを選んで、ノンフィクション作家・高野秀行が実際に探しにでかけます!! 下の「応募する」ボタンから、ぜひご応募ください!
〜読者から依頼された記憶〜
ファイル 005:乳房の形をしたアフリカの食べ物
[探して欲しい記憶の時間] 2000年6月
[国名]ベルギー
[都市名]ブリュッセル
[探して欲しい記憶の人名、物]アフリカ料理の一種
[探して欲しい記憶の詳細] 
 ベルギーの友達宅に滞在していたときのこと。その当時友達(日本人)がつきあっていた彼氏(ベルギー人)がアフリカンレストランに連れて行ってくれました。
 アフリカのどこの国なのかが、思い出せないのです。多分、ベルギーが以前、植民地にしていたアフリカの国だと思うのですが。
 そのレストランで食べた穀物(?)でできた食べ物が忘れられません。アフリカの方やアフリカに住んでいた方に出会うたびに、こんな感じの食べ物なんですと説明してみるのですが、誰も知りません。
 色は白。
 形は小ぶりの乳房のようです。お椀によそって、ひっくり返したような形のものが二つ並んでいます。
 最も特徴的なのは、その食感なんです。
 鹿児島のお菓子「かるかん」をご存知ですか? 食感の系統としては、それに似ています。フワフワッとしているのに、モッチリ感もある。でもかるかんよりずっと不思議な食感です。これが、私の場合は鶏肉のトマト煮に添えられて出てきました。
 メインの料理自体はあまり目新しい物ではありませんでした。
 ただ、この白い乳房のようなもの、の食感が、あれから月日が経ったのに、忘れられません。
 とても美味しかったので、もう一度食べてみたいのです。すぐに食べられなくてもいい、せめてこの食べ物がどこの国の、何と言う物なのか、それを知りたいです。高野さん、どうぞよろしくお願いします。

高野秀行より
 ベルギーが植民地にしていたアフリカの国は一つしかありません。
 ザイール共和国(現コンゴ民主共和国)です。
 私は学生時代、ザイールに四度行きましたが、その当時(1987〜90)はおそらく世界でも最もハチャメチャで面白い国でした。
 
 さて、お訊ねの「未確認乳房型食物」。
 残念ながら私は鹿児島名物「かるかん」がどんなものか知りませんが、その謎の食物の見当はつきます。
 色は白、フワフワッとしているのに、モッチリ感もある――。
 これはおそらく「フーフー」でしょう。

 キャッサバやヤムイモなどのイモ類、あるいはトウモロコシ、モロコシ、キビ、ヒエなどの穀類、あるいはバナナなどからも作ります。
 作り方は原材料をまず臼でついて粉にし、それを鍋に沸かしたお湯に入れ、過熱しながらゆっくり練りながらかき回します(ヤムイモの場合のみ先にゆでてから粉にするらしい)。
 すると、つきたての餅がもっと軽く柔らかくなったようなものが出来上がります。
 これをザイールではフーフーと呼んでいました。
 もっとも、どうもこれはフランス人がつけた名前のようです。ふわふわしているので擬態語的にそう呼んだのか、それともどこかの部族の言葉かわかりませんが。

 この形態の食べ物はサハラ以南のいわゆる「ブラックアフリカ」(アラブ系でなく黒人のアフリカ諸国)ではかなり広い範囲で食べられているようです。
 だから、名前もいろいろあります。
 旧フランス植民地の多い西アフリカでは前述したように「フーフー」と呼ぶことが多いみたいです。
 ケニヤ、タンザニアなどの東アフリカでは「ウガリ」と呼ばれています。ウガリは主にトウモロコシの粉ですね。

 もし、あなたが行かれたレストランがザイール料理を出していたなら、そして本場どおりに作っていたならキャッサバのはずですが、キャッサバはヨーロッパで入手しにくいかもしれず、トウモロコシの可能性もあります。

 おっぱい型だったということですが、これはきっとレストラン側が料理っぽく見せようと、盛り付けに凝ったのでしょう。日本でいえば、ただの炊いた米飯みたいな日常食ですから、現地では皿にどかっと出てきます。

 たしかにあれは他にはない、不思議な食感ですね。それをおっぱい型に盛り付けした店のセンスには感心します。
 ただの飯が官能的な雰囲気になりますよね。

 今、日本にはアフリカ料理店がたくさんあります。
 フーフーやウガリでネット検索するといろいろ出てきますから、ぜひお試しください。
 そのうえで「やっぱり、オレが食ったもんとちがう!」ということであれば、あらためてご報告ください。
ファイル 006:ロンドンで喧嘩別れしたロシア人
[探して欲しい記憶の時間]1992年9月
[国名]ロシア
[都市名]???
[探して欲しい記憶の人名、物]アルフレッド
[探して欲しい記憶の詳細] 
 大学生の頃、生まれて初めての海外でロンドンへ行きました。ほぼ中心地のトテナム・コートロード駅徒歩30秒の場所にあるCENTRAL SCHOOL OF ENGLISHという語学学校に通っていたときのこと。そこに石油会社の社長をしているアルフレッドと名乗る中年のおじさんがいました。大学でロシア語を専攻していたので片言ながらロシア語を話すことができたこともあり、授業の後によくパブに行く仲でした。
 そんなあるとき、酒の勢いで、なんとなく(いや、本当になんとなく。なんの政治的理念もなく)北方領土っていう問題があるよねえ? といった会話を振ってしまいました。
そのときの彼はとつぜん変貌し、あれはロシアのモノだ!と言い始め、なんだかちょっと言い合いのようになってしまいました。
 それから、なんとなく疎遠になり、学校で会っても挨拶程度で、それっきりになりました。
謝りたいとか、そんな気持ちではないのですけれど、なんとなく気になって忘れられない記憶です。アルフレッドと一緒に撮った写真もあります。ロシアの何処に帰ったのか、なにもわかりませんが、探しに行っていただくことは可能でしょうか。親しくなった直後に、ロシアでの住所なども書いてもらった気がしますが、なくしました。
 手がかりとしては、写真と、あの時代に会社の社長をやっていて、ロンドンに長期語学留学をしにくるなんて、けっこうな金持ちだろうという程度なのですが。
 高野さんに、当時の語学学校に行っていただき、住所を調べあげ、そこからロシアに旅立っていただくというのは……どうでしょう。

高野秀行より
 仲がよかった友だちとちょっとしたことで口ゲンカをし、そのまま仲直りをする機会を逸したまま、友だちと別れてしまった――。
 ありますね、そういうこと。

 問題がささいであればあるほど、忘れられないというケースも人間にはあるようです。
 喜怒哀楽のどれにも当てはまらないだけに、心のどの引き出しにしまえばいいのかわからず、分類不能なまま、いつまでも「保留」の箱に入っている……というような感じなのでしょうか。

 私が個人的に気になるのは、アルフレッドさんが「石油会社の社長だった」ということです。
 間違いなく、当時も金持ちだったろうし、石油バブルの今は、大金持ちになっているかもしれませんよ!
 語学学校からたどれば見つけられる可能性もかなり高い。

 ロシアの富豪と出会えるのはすごく楽しみですね!
 向こうも「おお、彼のことはボクも気になってたんだよ!」とか感激して、「今度、日本でオイル・ビジネスをしたいから彼と、それから君にも手伝ってほしい」なんて言われたりして。
 すごいいい話じゃないですか!

 ……すいません、そういうことじゃないですよね。
 どうも妄想癖があるもので……。
 純粋に気持ちの問題ですよね。じゃあ、石油会社の社長さん、有力候補として私の心の「保留」箱に入れておきましょう。
ファイル 007:マハラジャの息子だと言っていた留学生
[探して欲しい記憶の時間]1992年11月
[国名]日本
[都市名]埼玉県川越市
[探して欲しい記憶の人名、物]サイエド・カマラン
[探して欲しい記憶の詳細] 
 中学生の頃、東京国際大学のホストファミリー募集で両親が応募し、3ヶ月間わが家に在籍していたインド人留学生。当時は確か20〜21歳、米ニューヨーク大学に在籍しているとの事でした。帰国後、ニューヨークの住所に両親が何度か手紙を送り、幾度かのやり取りもあったのですが次第に音沙汰も無くなってしまい、それから現在までに至ります(当時E-mailがあればどんなに良かったか)。
 上記にもあるようにインドではどうやら相当な裕福層だったらしく、留学当初わが家にインドのご両親から届いた手紙にはアフリカやらエジプトやらの旅行写真が同封されてました。なんでも、父親がマハラジャだとか言っていたような…もっとも当時としてはインドに関する知識も全く無く、ボンヤリ"へえそうなんだ"と思ったものですが。
 東京都内で当時宝石店を営んでいる(もしくは単に働いている)という親戚と一緒に、家族揃って人生初のインド料理店へ連れて行ってくれたりと非常に思い出深く、出来れば再会したいとも思っているのですが…。

高野秀行より
 え、インドのマハラジャの息子さん!
 こ、これは興奮ものですね。石油会社の社長どころじゃありません。
 というのは、私は、五年前にインドから強制送還された事件により、今も入国禁止状態にあるんです。
 マハラジャといえば、今でも政治や経済の方面で有力なコネクションを持っているでしょう。ぜひ、紹介してください。そして、私がインドに入国できるよう、とりはからってください。私は、インドで探したい謎の怪魚がいるんです!!

 ……って、ちがいますよね。順番が逆か。
 このカラマン君を探さないと私はインドに行けない。でも、私はインドには行けない。

 うーん、すごいジレンマですね。
 でも、もしかしたら、カラマン君はインドではなく、そのままアメリカに住んでいるかもしれない。それなら、私も探しに行けるし、彼の世話でインド入国が叶うかもしれない。
 
 カラマン君はまだアメリカにいますかね?
 あ、それがわからないから私に依頼してるんですよね…。

 ともかく、超個人的に気になる人ですね

ファイル 008:喜望峰ツアーのガイド
[探して欲しい記憶の時間]2000年6月
[国名]南アフリカ共和国
[都市名]ケープタウン
[探して欲しい記憶の人名、物]人名不明。
ケープタウン市内から喜望峰への観光ツアーのガイド(黒人男性)

[探して欲しい記憶の詳細] 
 当時35歳でしたが、公私ともに錯綜しており、1週間の休みを取って南アに1人で行きました。ケープタウン市内のホテルから1日観光で外国人と一緒に喜望峰ツアーに参加しましたが、英語が上手く伝わらず(喋れず)、そのガイドには露骨に嫌な顔をされました。最後になって、上手く意思疎通ができ、そいつは「次回来た際はタダで案内してやる」と言いました。何言ってんでしょうと思いましたが、再度会って、「あの時は随分嫌な顔してくれたけど、覚えているか」と言いたい。以上

高野秀行より
 35歳で公私ともに錯綜していて、突然、休みをとって、アフリカの南端に行ってしまう……。
 ここでいきなりグッときてしまいますね。何か、よほどのことがあったんでしょう。
 しかも出会ったのが、驚くような美女とかいうロマンティックな話じゃなくて、ただの観光ガイド。しかも、最初のうちは露骨に嫌な顔をされた……。

 で、希望は「再度あって、『あの時は随分嫌な顔をしてくれたけど、覚えているか」と言いたいだけ。
 おもしろい。すごくおもしろいです。

 ホテルの名前と彼の人相がわかれば、かなりの確率で発見できるような気がします。
 もし目出度く会えたらどうすればいいんでしょう。私があなたのかわりに「あの時は随分嫌な顔をしたそうだけど、覚えてるか」と言えばいいんでしょうか。

 ……ん? 今、突然思い出しました。
 私も是非もう一度会いたい人間がケープタウンにいるんです。

 十年ほど前、ウガンダの安宿で会ったムカバというコンゴ(旧ザイール)人の青年(今は中年かもしれない)。
 話が長くなるから簡単に説明すると、彼は考えられないほど理不尽な事件に巻き込まれ、投獄され、「このままでは殺されてしまう」と思い、刑務所から脱走してきた男でした。
 彼は一文無しだったので、私は逃走費用として二百ドルをあげました。
 その後、私は日本に帰国し、半年ほどして彼からメールが来ました。
 彼はウガンダから五カ国も国境を突破し、ケープタウンにたどり着いたというのです。
 その後、私は彼に二回ほど、送金しましたが、もう五年以上音信不通です。

 今、何してるのかなあ。意外に観光ガイドになってたりして。賢くてまじめな男だったから。
 でも、英語が不得手な人間に嫌味を言うような奴じゃないから、あなたが探している人ではないですね。

 すいません、関係ない話をして。でも、二人をセットで探すというのも悪くはないかもしれませんね。

メモリクエスト Backnumber 〜前号の依頼
ファイル 004:バンビエンのバンさん
[探して欲しい記憶の時間]2006年8月
[国名]ラオス
[都市名]バンビエン
[探して欲しい記憶の人名、物]パンさん
[探して欲しい記憶の詳細]〜依頼内容を読む
ファイル 003:イラン人のハディさん家族
[探して欲しい記憶の時間]1990年3月
[国名]イラン
[都市名]不明
[探して欲しい記憶の人名、物]ハディさん家族
[探して欲しい記憶の詳細]〜依頼内容を読む
ファイル 002:懸垂下降用のスリング
[探して欲しい記憶の時間]1991年2月
[国名]サントメ・プリンシペ
[都市名]カングランデ
[探して欲しい記憶の人名、物]スリング
[探して欲しい記憶の詳細]〜依頼内容を読む
ファイル 001:ドイツ人のAnne
[探して欲しい記憶の時間]1997年8月
[国名]アメリカ
[都市名]ウィスコンシン州
[探して欲しい記憶の人名、物]Anne Zawadke
[探して欲しい記憶の詳細]〜依頼内容を読む
 以下の応募フォームから、あなたの「記憶」をご応募ください。
 これは! というものは、高野秀行がその記憶を詳細に取材した後、実際に探しに出かけます。
 その記憶の状況、人の姿形、場所、時間など、なるべく詳しく教えてください。

※ご応募いただいた記憶は、毎号、高野秀行さんのコメント付きで紹介させていただきます。また、高野さんの触手が動いた記憶については、さらなる詳細を聞きに取材に伺います。
集英社文庫HPにて旅日記連載中!高野秀行オフィシャルサイト