「インドで迷子になった私を助けてくれた親切なおじさん」「タイで大喧嘩したけど、なぜか気になるアイツ」、あるいは「旅先で話を聞いたけれど、ついに食べることができなかった料理」などなど、時間を経た今となっては、もう一度、再会できる可能性はゼロに等しい「誰か」や「何か」……。
 あなたの記憶にこびりついて離れない大切な記憶を教えてください。どんな異国でも辺境地でも構いません。
 一年間の募集期間の後、応募された記憶の中から一つを選んで、ノンフィクション作家・高野秀行が実際に探しにでかけます!! 下の「応募する」ボタンから、ぜひご応募ください!
〜読者から依頼された記憶〜
ファイル 016:バリで私を激怒させた男
[探して欲しい記憶の時間]2004年3月
[国名]インドネシア
[都市名]バリ
[探して欲しい記憶の人物の性別]男性
[探して欲しい記憶の詳細] 
 妹の結婚式のため、家族でバリに行ったときのことだ。
 無事、結婚式も終わり、ホテルの前の海岸を旦那と散歩していると、バリ人が、"Do you want to get on glass boat?"(グラスボートに乗らないか?)と営業にくる。前にも一度乗ったことがあるので断ると、悲しげな表情を浮かべ、去って行った。
 旦那は泳ぎに行き、私は泳げないので、ひとり浜辺で本を読む。
 ちらっと海を見ると、旦那が私に手を振っている。
 とりあえず、手を振り返す。
 また、手を振っている。
 「しつこいな〜」と思いながら、また手を振りかえす。
 すると、ビーチでのんびりしていた人たちがなんだかざわざわしはじめ、様子がおかしい。なんと、旦那は確かに手を振っていたが、溺れていて助けを求めて手を振っていたのだ!
 
 救助隊の人に助けてもらい、人工呼吸をしてもらう。
 まるでドラマのような光景に、実際に自分に起きていることとは考えられない。
 気が遠くなりつつある、私の耳に、信じられない一言が、その一言だけが聞こえた。
 "See! I told you to get on the boat. then this did not happened."
 
 その声の主を見ると、さっきのボートの兄ちゃんだった。
 人が死にかけているというのに、その男は、「ほら! ボートに乗っていたら、こんな目にあわなかったのに」とほざいたのだ。
 怒りというパワーは物凄い。
 顔面蒼白になりつつあった私は、そのたった一言で正気を戻し(失い!? )、その男に掴みかかっていった。実際のところ、なんと言ったかは覚えていないが、バリの男どもに間に入られ、喧嘩を止められた。
 その後、すっかり高揚している私は、救急車でホテルの近くの病院に行き、そこで1時間も待たされたあげく、バリで一番大きい病院まで、また救急車で運ばれる。
 医者に説明をし、入院の手続きをし、ひとりホテルに戻り、飛行機のチケットの変更をし、旦那の会社にウソまでついて、お休みの連絡をした。
 仕事でもこれくらい段取りよくできればいいのに、というくらいの段取りのよさだった。
  
 その後、元気になった旦那は、私が救急車に同乗していたことも、入院している部屋に一緒に泊まったことも、覚えていないと言う。
 朦朧とした意識の中で、なぜか覚えているのは、バリ人の男性になぐりかかる私の姿。「何があったの?」と聞かれるが、もうばかばかしくて答える気にもならない。
 ここまで私を突き動かしてくれた、ボートのお兄さんに、お礼とお詫びがしたい。そして、できれば、私のかわりに一緒にボートにのってきてもらいたい。

高野秀行より
 いや、これを読んで絶句してしまいました。
 こう言っていいのかわからないですが、ものすごく面白い!
 この依頼の文章がすでに一つの文芸作品になっていると思いました。

 だって、そうでしょう、ふつう夫が海から何度も手を振るのに「めんどくさい」と思いながら手を振りかえしていたら実は溺れていたとか、死にかけている夫に「だから言ったじゃないか」とほざいた男に結果的に助けられたなんて、作ろうとしても作れないですよ。
 フィクションを超えた妙味を感じます。

 近頃、「いい話」というのが流行っていて、たいてい泣ける話なんですが、私にとって泣ける話なんてどうでもよく、この依頼みたいな「意味はないが不思議な話」こそ「いい話」です。
 中村さんの文章力も大したものです。これ以上、付け加えることもないし、蛇足もない。世の作家やライターはこういう文章を目指してほしいものです。というか、私が目指したい。

 ……思わず興奮してしまいました。
 この話は間違いなくメモリークエストの有力候補だと思います。
 ところで、ダンナさんはなぜ溺れたんでしょう?
ファイル 017:日本へ行ったときの身元保証人を必死で探していたアナン
[探して欲しい記憶の時間]1995年2月
[国名]タイ
[都市名]ドイ・メーサロン(サンティキリー村)
[探してほしい記憶の人名]アナン
[探して欲しい記憶の人物の性別]「チャゲ&飛鳥」の飛鳥似の男
[探して欲しい記憶の詳細] 
 1995年2月のこと。舞台はタイとミャンマーの国境沿いの小さな町。そこは少数民族が住み、アヘン栽培が盛んな地でもある。そんな場所のあるロッジで、私は女大好きエロ警官につきまとわれた。警官は、「今夜、一緒にカラオケへ行こう」とかなりしつこく誘ってきた。「カラオケは大キライだ!!」と拒否し続けていた私だったが、あまりにしつこいため、断り切れずになくなく行く羽目に。
 夜、警官と一緒に、村にある体育館のような大きなカラオケバーへ。到着後、警官はひとりで何曲も歌いまくり、ノリノリだ。最後の最後まで歌うのをゴネていた私だが、「おまえも歌え」と何度もいわれ、しかたなくステージ上で歌うことに。
 いやいや歌い始めた私だが、思い起こせば合唱部出身。歌い始めると止まらず、何曲も気持ちよく熱唱!! カラオケバーにいた大勢の客から大喝采を浴び、“おひねり”までちゃっかりもらうありさま。警官からは、なんと、お札をつなぎ合わせて作った首飾りのおひねりを頂戴した。これで1週間分の宿泊代はチャラだ。もうそうなるとやる気満々。マイク片手に、店内の客と握手しながら下町の玉三郎になりきる私。
 そんなとき、重大ニュースが飛び込んできた。
 警官はカラオケバーへ女を連れて行ったあと、「マッサージをしてあげる」と言葉巧みに女を誘い、女の部屋で体をさわりまくる、というのだ。教えてくれたのは、その村でガイドをしているアナンという青年。私は警官から逃げるべく、アナン青年と共にとんずら大作戦を企て、どうにか逃げ切ることが出来たのだった。
 そんなわけで高野さんに探してほしいのは、このエロ警官。ではなく、助けてくれたガイドのアナンの方。このアナン、それからというもの、頼んでもいないのに私にずーっとつきまとってきたのだ。アナンは私を少数民族の村へ連れていってくれたり、食事をごちそうしてくれたりと、とにかく至れり尽くせり。
 それにはワケがあった。
 アナンはミャンマー出身のミャンマー人。国境を越えたタイで、ガイドの仕事をしている。アナンによると、ミャンマーでは、日本へ行って3年仕事をすると、ミャンマーで豪邸を建てることができ、そのうえ一生遊んで暮らせるという一攫千金話でもちきりだという。
「オレの友人もみんな日本に行ってる。だからオレもそうする」とアナンはいう。ミャンマー国内ではパスポートを取得するのも難しい現状。そこで彼らがしているのは、密入国だという。現に、アナンだってパスポートを持っていないのにタイで働いていた。
「村で数年働いた後、バンコクで仕事をして資金を貯め、南下してマレーシアのクアラルンプールで2年働く。そうするとマレーシア人のパスポートもらえる、ビザとれる。日本へ行く」という。アナンに言わせると、マレーシアは多民族国家だから、2年働いたらマレーシア人になれるというのだ。ホンマかいな。
 アナンは、日本へ行ったときの身元保証人をさがしていて、私にその白羽の矢が当たったというわけだった。どうせ密入国なんだから必要ないじゃん、と思うのだけれど。なにしろ、日本人女性が村へやってきたのは3年ぶりのことなのだとか。私の顔が、カモネギに見えたに違いない。女性だけを狙っているのは、自分が男前(チャゲ&飛鳥の飛鳥にちょこっと似ている)だと思っているかららしい。女を落とすのなんてわけないし、そうなりゃ身元引受人になってもらうことなんて簡単だと思っているのだ。
 私が滞在していた1週間の間、無料奉仕でガイドし続けたアナン。ついに私が村を出る最後の夜、彼は身元保証人をかけて、私を精力絶倫ディナーへ誘った。
 ニンニクがゴンゴン効いた心臓、肝臓、小腸の肝づくし焼き肉ディナー。食後の口直しは、なんと栄養スタミナドリンクであった。危険を察した私は、地面にうずくまり、「グゥエエエエエー!!!」と激しい嘔吐のフリをし続けること数十分。なんとか逃げ切ることができた。
 日本へ帰国後、アナンから2通の手紙が届いた。1通目、「いよいよバンコク。日本は近い」。2通目、「クアラルンプールに到着。Tシャツと100ドルを至急送れ」(なんで、私が!)。
 あれから十数年経つが、マレーシア人になったという連絡はまだ入っていない。
 日本へ密入国を企てていたアナン。今頃どうしているか?
 高野さん、よろしくお願いします。

高野秀行より
 これまた面白い!
 どうして今回ばかり、突然、異様に風変わりで文章もうまい依頼が二つ続けてきたんでしょう。
 編集部で作っているんじゃないかと疑いそうになりましたが、よく考えてみれば、こんな面白い話、幻冬舎の編集部が作れるわけありません。というより、どんな作家も作れないでしょう。
 セクハラ警官に無理やりカラオケに連れて行かれたものの、実は被害者になるはずの若砂さんが合唱部出身、ノリノリで歌いまくり、当の警官におひねりまでもらった!? ここで思わず噴出しましたよ。ありえねー!
 しかも、助けてくれた青年がこれまた危ないやつで、今度はゲロを吐くふりをして(しかも数十分も)危機を脱出するという二段オチ。おかしすぎますよ。

 ちなみに、このメーサロンという村は国民党の残党の村として有名で、私も行ったことがあります。
 ……とここまで書いてハッとしました。私が行ったのも1995年の2月ごろじゃなかったか? もしかして、そのアナンという青年は私のことではないか? 私もよくチャゲ&飛鳥の飛鳥に似ていると言われるし……。
 なんて妄想に一瞬浸りましたが、日記を調べたら1994年2月でした。まる1年ちがいだったんですね。それからよく考えたら、飛鳥に似ていると言われたこともありませんでした。

 アナン君はミャンマー出身のミャンマー人とのことですが、おそらくは少数民族でしょう。あの辺はアカ、パラウン、ワなどいろいろ少数民族がいますが、最もたくさんいて確率が高いのはシャン人ですね。
 メーサロンは中国系の村ですから主体は中国人ですが、シャン人との混血も多い。ちなみに、「麻薬王」として一世を風靡したクンサーもシャン系中国人で、メーサロンの近くに拠点をもっています。
 出稼ぎ先としてまずマレーシアに出るという発想も、タイやミャンマーの中国系に多く見られるものです。華人が多い国ですから。

 タイ北部とミャンマー国境はまさに私のホームグラウンドですから、ついついマニアックに話を展開してしまいました。
 アナン君は今どこにいるのか。中国系はあちこち飛びますからねえ。意外と若砂さん、あなたの近くに来ているかもしれませんよ。
メモリクエスト Backnumber 〜前号の依頼
ファイル 015:牛が主役(!?)の小説
[探して欲しい記憶の時間、国名]小学校3〜4年の国語の時間(日本)
[探して欲しい記憶の都市名]大阪府枚方市
[探して欲しい記憶の人名、物]小説(物語)
[探して欲しい記憶の詳細]〜依頼内容を読む
ファイル 014:タイで出会ったスーパー小学生
[探して欲しい記憶の時間]2003年9月
[国名]タイ
[都市名]バンコクから2時間の山奥の村
[探して欲しい記憶の人物の性別]男性
[探して欲しい記憶の詳細]〜依頼内容を読む
メモリクエスト Backnumber 〜過去の依頼
 以下の応募フォームから、あなたの「記憶」をご応募ください。
 これは! というものは、高野秀行がその記憶を詳細に取材した後、実際に探しに出かけます。
 その記憶の状況、人の姿形、場所、時間など、なるべく詳しく教えてください。

※ご応募いただいた記憶は、毎号、高野秀行さんのコメント付きで紹介させていただきます。また、高野さんの触手が動いた記憶については、さらなる詳細を聞きに取材に伺います。
集英社文庫HPにて旅日記連載中!高野秀行オフィシャルサイト