「インドで迷子になった私を助けてくれた親切なおじさん」「タイで大喧嘩したけど、なぜか気になるアイツ」、あるいは「旅先で話を聞いたけれど、ついに食べることができなかった料理」などなど、時間を経た今となっては、もう一度、再会できる可能性はゼロに等しい「誰か」や「何か」……。
 あなたの記憶にこびりついて離れない大切な記憶を教えてください。どんな異国でも辺境地でも構いません。
 一年間の募集期間の後、応募された記憶の中から一つを選んで、ノンフィクション作家・高野秀行が実際に探しにでかけます!! 下の「応募する」ボタンから、ぜひご応募ください!
〜読者から依頼された記憶〜
ファイル 018:古今東西のエロ画をコレクションしていたインド系おやぢ
[探して欲しい記憶の時間]確か1992年
[国名]セイシェル
[都市名]首都ヴィクトリア
[探して欲しい記憶の人名、物]みやげもの屋(店名不明)のおやぢ(名前不明)
[探して欲しい記憶の人物の性別]男性
[探して欲しい記憶の詳細] 
 14年ほど前に、インド洋に浮かぶセイシェル諸島の中心、マヘ島へ行ったときのことです。首都ヴィクトリアのメインストリートにあるみやげもの店でひとりショッピングを楽しんでいると、口ひげをはやした背の低いインド系のおやぢが「日本人ですか?」と優しそうな笑顔で私に話しかけてきました。年の頃は60才前後。
「私はこの店のオーナーですが、私の素晴らしいコレクションを日本の方にもぜひ見ていただきたいと思いまして」とおやぢ。
「コレクション?」
「ハイ。ここの2階の私の書斎に私の大切なコレクションがあります。ぜひご覧になって下さい」
「何のコレクションですか?」
「ご覧になれば分かりますから。ぜひ」
 老人なうえ、丁寧な物言いと屈託ない笑顔にすっかり気を許してしまった私は、案内されるままに2階へ。そこはおやぢの自宅になっていて、広々したリビングの奥にご自慢のコレクションが置かれているという書斎がありました。
 書斎に通されてまず目に入ってきたのは、天井まで積み上げられた本の数々。
「すごい数の本ですねえ」
「そうでしょう。これが私のコレクションなんです。長年かかって集めました。これがイギリスのもので、これがフランスのもの。そしてこれが……」
 といってはご自慢の本を手に取り、パラパラとめくって私に見せてくれる。
 「えっ!? こ、これは‥‥」
 本の内容にしばし唖然となる私を見て、含み笑いをするおやぢ。
 「お嬢さん、私のコレクションすごいでしょ」
 「‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥」
 書斎に並べられたコレクションとは、なんとエロ画だった。つまりエッチしているところの画でした。しかもそんじょそこいらのエロ画とは違い、年代物から近年物まで揃ったエロ画の歴史全集。さらにすごいのは、それが世界各国揃っていたことだ。これだけ蒐集するにはおやぢの言う通り長年かかったに違いない。自慢したくなるのも無理ないかっ。
「そうそう、お嬢さんにお見せしたかったのはこれです」
 と言っておやぢが手に取った本は、おそらくは江戸時代に描かれたと思われる日本の春画。日本髪にきものを着た男女がアクロバティックな格好でエッチをしているもので、それが1冊の本にぎっしり描かれていた。
「ほ〜らご覧なさい。日本人男性の性器がこんなに大きく描かれているのですよ。ということはつまり、日本人男性のコンプレックスの表れということです。あなたもご存知だと思いますが、日本人男性の性器というものは本来こんぐらいですから」と言い、小指を立ててニヤッと笑う。
 まさか「そうですね」とか「いいや、こんぐらいです」とも言えず、ただ黙りこくしかない私。真偽の程はどうあれ、春画に描かれていた日本人男性の性器は本当にびっくりするほど大きなものだったから、おやぢの研究対象の一つになったに違いなかった。おやぢご自慢のコレクションを拝見し終えてそろそろ帰ろうとしたとき、おやぢはおもむろにお香を炊き始めた。甘い、怪しげな香りが部屋に充満し出す。
 おやぢは私の背後から肩に手を乗せ、
「あ〜っ、お嬢さんはだいぶ肩が凝っていらっしゃるようだ」
 と、肩を揉み揉みし始めた。といっても、私よりもずいぶんと背の低いおやぢが私の肩を揉むには無理があるようで、その手をずるずると下げてきて腰へとまわしてきた。
「お〜っ、腰も凝っておられる。これじゃあ揉みほぐすのに時間がかかるなあ」
 誰も揉んでくれって頼んでないんですけど。
「実は私はプロのマッサージ師です」
 ほんとかよ〜。単なるみやげもの屋のおやぢだろっ。
 「もう長年やっております。ウソみたいに凝りがなくなります。たとえばこんな感じでマッサージをすることだってできます」
 と言い、春画のある1ページをめくってみせる。
「こ、こんなアクロバティックなマッサージ、私、結構です」
「ままっ、そう言わず。今夜、お嬢さんのお泊まりになっているホテルへ私がうかがい、こんな風にマッサージをしてあげますから」
 と言うので、慌てておやぢの手を振りほどいた。老人と思って気を許していると痛い目にあうということだ。それにしても、男性という生き物はいくつになっても性的欲望が劣らないらしい。まっ、個人差があるだろうけど。
「大切なコレクションを見せていただいてありがとうございました。私はもう帰ります」
 1階のみやげもの店へ降りていくと、おやぢが後から追いかけてきて、「これ、記念のおみやげね」とセイシェル産の貝殻をプレゼントしてくれた。その夜、おやぢがやってくるのではないかとビクビクしたが、結局現れなかった。
 あのときは「このバカタレ!」と思ったけれど、考えてみると、おやぢのコレクションは相当なもんじゃないかと思えてきました。とはいえ、また見たいともおやぢに会いたいとも思わないので、ぜひ高野さんにおやぢを訪ねてっていただき、コレクションを評価してもらいたいのです(もうこの世にいないかもしれないけど)。
 おやぢ、あんなに威張ってたんだから、相当なもんじゃないかと思うんですよねぇ。

高野秀行より
 募集も終盤戦に入り、やっと初めて私がこの企画を考えたとき、「こういう依頼が来てほしい」と願っていたようなものが来ました。
 謎めいたお宝、あるいはお宝ともガラクタともつかない珍品を探したいと思っていたのですが、今回の依頼はまさにそれですね。
 だって「古今東西のエロ本コレクション」ですからね。しかも場所はセイシェル。
 持ち主もちょっと、いやかなりおかしい。ナンパというのかセクハラというのかわかりませんが、女性へのアプローチもどこか古典的。古今東西のセクハラは最後はこのパターンに尽きるのでしょうか。
 これまでの依頼の多くは、依頼者がその気になれば自力で再び訪ねるとか探すことが可能なものでした。時間がないとか、気にはなるけどそこまで熱意はないから代わりに行ってほしいというパターンですね。
 今回の依頼は、本人が再訪するのは意味がないしちょっと危険でもある。でもコレクション自体は貴重なものかもしれないので確認してほしい。筋が通っていますね。
 私もぜひそんなコレクションを見てみたいですよ。
 上田さんが推測するように、もうそのおやぢはこの世にいないかもしれません。そのときはエロ本たちの行方を追うんでしょうか。それともまだ本はそのまま残っていて、遺族に「よかったら引き取ってほしい」と頼まれたりして。それはそれで面白そうです。
 有力候補としておきましょう。
メモリクエスト Backnumber 〜前号の依頼
ファイル 017:日本へ行ったときの身元保証人を必死で探していたアナン
[探して欲しい記憶の時間]1995年2月
[国名]タイ
[都市名]ドイ・メーサロン(サンティキリー村)
[探してほしい記憶の人名]アナン
[探して欲しい記憶の人物の性別]「チャゲ&飛鳥」の飛鳥似の男
[探して欲しい記憶の詳細]〜依頼内容を読む
ファイル 016:バリで私を激怒させた男
[探して欲しい記憶の時間]2004年3月
[国名]インドネシア
[都市名]バリ
[探して欲しい記憶の人物の性別]男性
[探して欲しい記憶の詳細]〜依頼内容を読む
メモリクエスト Backnumber 〜過去の依頼
 以下の応募フォームから、あなたの「記憶」をご応募ください。
 これは! というものは、高野秀行がその記憶を詳細に取材した後、実際に探しに出かけます。
 その記憶の状況、人の姿形、場所、時間など、なるべく詳しく教えてください。

※ご応募いただいた記憶は、毎号、高野秀行さんのコメント付きで紹介させていただきます。また、高野さんの触手が動いた記憶については、さらなる詳細を聞きに取材に伺います。
集英社文庫HPにて旅日記連載中!高野秀行オフィシャルサイト