「インドで迷子になった私を助けてくれた親切なおじさん」「タイで大喧嘩したけど、なぜか気になるアイツ」、あるいは「旅先で話を聞いたけれど、ついに食べることができなかった料理」などなど、時間を経た今となっては、もう一度、再会できる可能性はゼロに等しい「誰か」や「何か」……。
 あなたの記憶にこびりついて離れない大切な記憶を教えてください。どんな異国でも辺境地でも構いません。
 一年間の募集期間の後、応募された記憶の中から一つを選んで、ノンフィクション作家・高野秀行が実際に探しにでかけます!! 下の「応募する」ボタンから、ぜひご応募ください!
〜読者から依頼された記憶〜
ファイル 020:香港で出会った佐藤先生
[お名前]Kana
[性別]女性
[探して欲しい記憶の時間]1988年1月
[国名]香港特別行政区
[都市名]香港
[探して欲しい記憶の人名、物]佐藤先生
[探して欲しい記憶の人物の性別]女性
[探して欲しい記憶の詳細] 
 高野さん、はじめまして。
 私が探してほしいのは、香港にいたときの日本人学校の先生です。
 当時、私は小学校二年生。父の仕事の都合で、香港に在住しており、現地の日本人学校に通っていました。
 父は海外赴任が多い仕事で、香港の前はドイツに住んでいました。
 そのドイツ時代も現地の日本人学校に通っていたのですが、そこで私はいじめにあっていたんです。
 向こうの学校って、授業中でも平気でお弁当を食べたり私語がうるさかったりしたんですが、それまで日本では大学付属のしつけの厳しい学校に通っていた私は、その統制のとれていない状態が信じられなくて……。
 なので、「なんで授業中にそういうことするの!」と注意したら、逆に現地の先生に、「Kanaちゃんは言い方がキツイ!」などと怒られたり、クラスメイトからも無視されたりして、現地の学校に通うのが怖くなってしまっていました。
 ただでさえ、日本の友だちと離れ、心細い思いをしていた矢先でしたし、私はすっかり、誰からも理解されないような気持ちになっていたのです。
 ところが香港で出会った佐藤先生は、私がそれまで育ってきた環境やトラウマのような気持ちもすごくよく理解してくれて、とても温かく接してくれました。
 佐藤先生のやさしい人柄にふれるうちに、私のなかでの「日本人学校恐怖症」が薄まっていって、現地でもお友だちができたり、楽しく過ごすことができるようになったのです。
 結局、香港での生活は二年ほどで終わり、日本に帰ってきたのですが、幼かった私は、先生の連絡先もうかがわないままになってしまいました。
 ぜひ、あのときの佐藤先生にお目にかかって、いまでは結婚もし、しあわせに過ごしていることをご報告したいのです。高野さん、どうぞよろしくお願いいたします。

高野秀行より
 ただでさえイジメはこわいというのに、外国の日本人学校でイジメにあって孤立無援なんて、私が行ってきた辺境の探検もピクニックに思えるくらいです。
 そこに登場した佐藤先生のおかげでKanaさんは救われたわけですね。
 いま、学校の先生は非難の対象になることが多いですが、それ以上に今でも昔の学校の先生に感謝の気持ちをもっていたり、懐かしんでいる人が多いように思えます。
 私も、中学のときにすごくお世話になった先生がいました。なつかしくなり、先日、今は山梨県の山奥に隠居しているその先生に会いに行きました。もっとも、20年も会ってない教え子が山の中の家に自転車で突然ぶらっと現れたので、先生は仰天して口をパクパクさせてましたが……。
 なんとか、佐藤先生を探し出したいものですね。先生を驚かせるのは楽しいですよ。
ファイル 021:インドで一週間を共に過ごしたハウスボートの一家
[お名前]小川祥子
[性別]女性
[探して欲しい記憶の時間]1995年9月頃
[国名]インド
[都市名]シュリナガル
[探して欲しい記憶の人名、物]ハウスボートの一家
[探して欲しい記憶の詳細] 
 インドを訪れる旅行者が必ず肝に銘じなければいけないのは、左手が不浄だということと、彼等の言葉に決して騙されてはいけない、この二点です。
 とロンリー・プラネットに書いてあったとか、なかったとか。
 前者はともかく、後者については、防ぎようがありません。
 何故なら私は通りすがりの異邦人、騙されているということにさえ気づかないことだって、たくさんあるでしょう。「あ!あの時わたしは騙されていたんだ」と、ずいぶん後になって分かることも、たくさんあるでしょう。
 なかでも。
 デリーのしょぼくれた旅行代理店でおやじは確かに保証してくれました。
「カシミールはインドで最も美しい場所のひとつだ」と。
 その言葉に嘘はありませんでした。シュリナガルが厳戒態勢であることを除けば。
 生理用品のパッケージをすべて開けさせられるという、空港での異常なセキュリティチェックはその前哨戦に過ぎませんでした。かつての高級避暑地に観光客の姿はなく、自動小銃を手にしたポリスばかりが目立ちます。デリーで目にした観光用のポスターから色と光をできるだけ排除するとこうなるのかな、という実に味気ない殺伐とした光景です。それが1995年の9月のカシミールのリアルでした。
 ダール湖に浮かぶハウスボートで出迎えてくれた主人は言いました。
 単独での外出禁止、日が暮れての外出は一切禁止。
 幽閉とか、軟禁という言葉が頭の中に浮かびました。しかし夜な夜な聞こえる銃声を耳にすれば、そんな世迷言は許されないという危険を肌で感じます。
 私が探してほしいのは、一週間を過ごしたハウスボートの一家です。
 そのハウスボートを経営していたのは当時推定30代の夫婦、彼らの子供たちと、そしてその両親という構成の家族でした。私はありあまった時間をハウスボートの自室でゆらゆらしているよりも、彼らの居住スペースで多く過ごすようになりました。
 子供たちは幼いながらも、絶品のカシミールティをわたしに供してくれ、
「とても美味しい、どうもありがとう」と感謝の意を示すと「そうでしょう? 30ルピーで良いわ」と返し、暇さえあればサフランだの民芸品だのを持ってきては、現金を得ようとしていました。主人の目を盗んで外に出ようとすると、こっぴどく叱られ、一家とともに奥さんやおばあさんの作った手製のカリーやチャパティを食べ、チャンネルの選択肢のないモノクロのテレビを見、土産物を満載にしたシカラ(小船)を冷やかしました。
 昼間のダル湖はたいへんに穏やかで、特に夕暮れどきに物売りのシカラが浮かんでいるさまなどは、皮肉すぎるほどにピースフルな美しさでありました。その一家の長のおじいさんは夜になると(今思うと昼間はどこにいたのでしょう?)満点の星空の下で、さまざまな話を聞かせてくれました。哲学的な話が多かったのですが、今でも忘れられないのは、私がカシミール紛争についてどう思うかと問うたときのことです。
 彼はきっぱりと言いました。
「これは宗教の争いではないし、ましてや国同士の争いなんかでもない。そんなものは政府が世界にアナウンスするための便宜的な名前に過ぎないんだよ。だってそうだろう? ここがインドだろうがパキスタンだろうが私は私だし、アラーもキリストもそれをご存知だ。私はどこに属するものでもないんだから」
 彼のその毅然とした口ぶり、揺るぎのない態度、放たれる言葉は、若かりし頃の無神論者の私の魂に、まっすぐに届いて突き刺さってしまいました。一言で言とその強さに衝撃を受けました。
 私はその後約三ヶ月インドを旅し、さらにはヨーロッパへ放浪することになりますが、どれだけ騙されても良い、それが私であり、インドであり、対峙している世界だという、開き直りのような強さを身につけた気がします。
 あれから随分時が経ち、日常に紛れ平和に浴す日々にどっぷりつかってあくびが出そうなとき、他人を自分の比較対象にしてみっともなく落ち込みそうなとき、ふいと思い出す、あのおじいさんの言葉。
 あの強さの数百分の一でも良い、自分に備えていたいと思うのです。
 高野さんがインドに入国できることも祈りつつ、彼らが今でも無事に生きていることを確かめてきてほしいのです。

高野秀行より
 達意の文章で書かれた素晴らしい依頼文です。感銘を受けました。特に一家の長であるおじいさんの言葉はこの企画が本になったあかつきには、そのままエピローグに使いたいくらいです。私らしくない、美しいエンディングになりそうですしね。
 だが、しかし。「私はどこに属するものでもない」と言いたいのですが、残念ながら今は日本に属しており、インドから排除されている身の上です。
 ほんとうに誰か私をインドに入国させてくれる人はいないでしょうか。
 インドの外務省や大使館のコネクションはダメです。出入国を管理している内務省かインドの政治家にツテがある方、ぜひお知らせ下さい(今回は真剣モードでお願いしております!)。
メモリクエスト Backnumber 〜前号の依頼
ファイル 019:感激するほど親切な中国人
[お名前]Hiroko
[性別]女性
[探して欲しい記憶の時間]1991年8月
[国名]中国
[都市名]ハルビン
[探して欲しい記憶の人名、物]李美玉
[探して欲しい記憶の人物の性別]女性
[探して欲しい記憶の詳細]〜依頼内容を読む
メモリクエスト Backnumber 〜過去の依頼
 以下の応募フォームから、あなたの「記憶」をご応募ください。
 これは! というものは、高野秀行がその記憶を詳細に取材した後、実際に探しに出かけます。
 その記憶の状況、人の姿形、場所、時間など、なるべく詳しく教えてください。

※ご応募いただいた記憶は、毎号、高野秀行さんのコメント付きで紹介させていただきます。また、高野さんの触手が動いた記憶については、さらなる詳細を聞きに取材に伺います。
集英社文庫HPにて旅日記連載中!高野秀行オフィシャルサイト