メモリークエスト2 読者からの依頼一覧

[お名前]ゴッシー
[性別]男性
[欲しい記憶の時間]1998年2月
[国名]インド
[都市名]シッキム州ガントク
[探して欲しい記憶の人名、物]パサンサン氏(男性・中年)が録音したローリングストーンズのカバー曲
[探してほしい記憶の人物の性別]男性

[探して欲しい記憶の詳細]
 私が探してほしいのは、とあるシッキム人にかかわるものです。
 1998年の2月、当時学生だった私はインドを一人旅しており、シッキム州の州都ガントクの近くにある、ルムテクという小さな僧院のある村に泊まりました。
 1泊したらすることもなくなってしまい、宿を出てガントクの街に戻るためにバス停に向かいました。ところが、その日のガントク行きのバスはもうないとのこと。
 途方に暮れていると、年の頃は30?40歳くらいでしょうか、ひとりの男性が声をかけてきました。
 シッキム州のカリンポンに暮らすという彼は、パサンサンという名で、事情を話すと、ちょうどこれからガントクに向かうので、自分のドライバーつきの車(けっこうきれいな車でした)で一緒にいかないか、と誘ってくれたのです。
 インドに行った事があるひとなら分かる通り、旅慣れない観光客に声をかけてくる輩はたいてい悪い奴です。ちょっと迷いましたが、オフシーズンのこんなに小さな村で、観光客狙いの悪者がいるとも思えないこと、ドライバーつきの車を持っており、身なりもいいことから、好意に甘えて、乗せてもらう事にしました。
 車の中で色々話してみて、私はすっかりパサンサンと意気投合しました。当時私はバンドをやっていたのですが、パサンサンもロックが好きなようで、大いに話しがあうのです。
 当時(今もだと思いますが)インドでは音楽といえば映画音楽ばっかりで、こんな片田舎で偶然ロック好きに会えるとは思ってもいなかったのです。
 しかも、パサンサンはかつてブータンに旅行した際、ミック・ジャガーに会ったことがあるとのこと。こんなところでミックに会ったことがある人がいるなんて、とても興奮したのを覚えています。
 さらに彼は、ローリング・ストーンズの曲をインド風にアレンジして仲間達とレコーディングしたことがあり、その曲をその時にミック本人に聴かせたそうです!
 彼は、ストーンズの曲を歌いながら、「ここでタブラが入る」「ここでシタールのソロ」と、口で再現してくれましたが、それは、私が聴いてもとてもこなれたアレンジで、センスの良さを感じるものでした(なんか偉そうですが)。
「ぜひその音源を聴かせてくれ」と言うと、「じゃあ明日、カリンポンに一緒に行こう、テープを聴かせてやる。」との返事。すっかり打ち解けて、その日は1日、ガントクを案内してもらいました。
 印象に残っているのは、なぜか役所のようなところに案内され、ガタイが良い精悍な感じの年配のシッキム人に紹介されたことです。彼は、インドの元サッカー代表で、「かつて日本代表とも試合をしたことがある。カマモトというとてもいい選手がいた」と言っていました。
 なぜパサンサンが彼を私に会わせたのか、さっぱり分かりませんが(地元の有名人に紹介してくれたってことでしょうか)、サッカーに詳しくない私でも釜本くらいは知っており、まさかこんな場所でその名を聞くとは思っていなかったので、とてもびっくりしたのを覚えています。
 それから、もうひとつ覚えているのは、ロック好きの仲間なのか、街の中にあるオーディオ屋にも案内してくれました。しかし、そこの店主と話そうにも、音楽の音量が大きすぎて、ほとんど会話にならなかったのを覚えています。
 その日は、夕食を食べた後、パサンサンの案内で、彼と一緒に「ホテルパンダ」というふざけた名前の宿に泊まることになりました。
 宿に入るとき、ふいに「じつは今日、ドライバーに給料を払わなきゃいけないんだけど、銀行が閉まっているんだ。明日お金をおろして払うから、1,500ルピー貸してくれないか」とパサンサンが言いました。
 なんとも胡散臭い話ですが、確かにその日は日曜だか祭日で、しかも、偶然の出会いからここまで親切にしてくれた人が、急に私をだまそうとしているとも思えません。
 私は、パサンサンにお金を渡すと、彼はそのお金をドライバーに渡し、ドライバーはそのままどこかに帰って行きました。
 パサンサンは、「明日は8時にフロントで待ち合わせよう」と言い残し、私たちはそれぞれの部屋に入りました。
 さて、翌朝、律儀な日本人の私は8時ちょうどにフロントに降りて行きましたが、パサンサンは現れません。時間にはルーズなインド人のこと、気にせず待っていましたが、30分待っても、1時間待っても彼はやって来ません。
 さすがに心配になり、彼が泊まっていたとなりの部屋に行って声をかけてみましたが、返事がありません。
 まだ寝ているのかな、と思って、さらに声をかけたり、ノックしたりしてみても、返事というより、気配そのものがありません。ふと見てみると、ドアの鍵は外から閉まってます。
 そこではっと気がつきました。
 彼は、お金をガメたまま、先にチェックアウトしてしまっているのです。
 フロント係の少年に聞きましたが、何を聞いても「知らない」の1点張り。
 昨日のオーディオショップの男にも聞きましたが、彼も、実はパサンサンと知り合いでなかったのかどうなのか、よく分からないリアクションしか返ってきませんでした。
 その日は、無駄だと思いつつもガントクの街を探してみましたが、もちろん彼の姿はありません。いっそ、カリンポンまで探しに行ってやろうかと思いましたが、さすがに馬鹿馬鹿しくなって、そのまま次の目的地のネパールに向かいました。
 私は、高野さんにパサンサンを探してもらって、その時の金を返してもらいたい、とか、文句を言ってもらいたい、というわけではありません。
 ただ、彼が仲間とレコーディングしたという、インドバージョンのストーンズのカバー曲が聴いてみたいのです。
 ぜひ、その音源を探して下さい。
 60年代から、西洋の音楽(とくにロック)は、ずいぶんとインドからのインスピレーションを受けてきましたが、逆にインド人がインド風にロックをカバーするというのは、とても珍しく、面白いと思いました。しかも、かなりカッコよくできていそうな話でしたし。
 もうあれからずいぶん経ちますが、今でもストーンズを聴くと、パサンサンのことを思い出します。
 この曲の権利を取得すれば、大ヒットして巨万の富が、とは言いませんが、資料的な価値くらいはあるかもしれません。
 ちなみに、彼がカバーしたというストーンズの曲のタイトルは「You can't always get what you want」、たとえ探し出せなくても、オチがついていると言えるのではないでしょうか。
 最後にもう一度、パサンサンについて、まとめます。

・当時(1998年2月)、カリンポンに住んでいました。
・ドライバーつきの車に乗っていました。仕事はなんか自営業と言っていたような気がします…。
・ロック好き。ブータンに行ったことがあり、そこでミック・ジャガーに会った事がある。
・私とホテルパンダに泊まった。宿帳が残っていれば、住所などが分かるかもしれません。
・ガントクの市役所(?)みたいなところにいた、日本に釜本がいた時代のサッカーインド代表と知り合い?
・オーディオ屋(ドアーズファン。ボンジョビも好きとのこと。ホテルパンダの近くにある)と知り合い(?)

 せめて写真でもあればよいのですが、残念ながら写真は取っていません。
 ご検討、宜しくお願い申し上げます。


高野秀行より返信


 おお、こりゃ面白い!
 こういうのを待っていたんですよねえ。
 ストーンズの曲をインド風にアレンジした曲の音源、資料的な価値はたしかにあるかもしれません。

 しかし、そのバサンサンとかいう男は何者なんでしょうね。

 実は私は今、ソマリランドというアフリカの未確認国家にいて、あなたの話とはちがうけど、ちょっと似たような目にあってます。
 ここではひじょうに有名なミュージシャンにインタビューをしたものの、彼がバンドを組み、ライブを行っているというから、「その写真がほしい」とリクエストすると、「OK。明日もっていく」と言う。
 でも翌日は現れず、電話しても、出ない。

 その写真がないと雑誌に記事が載せられないのでとても困ってるんですが、いろんな方法でアプローチして、やっと電話で話しても「画像の入ったハードディスクが壊れている」とか「いや、ちがった。誰かが勝手に持って行ってしまったんだ」とウソばかり言う。

「アーティストってのはこうだからなあ」と通訳を頼んでいるソマリ人の友人も言っています。
 実際、そのミュージシャンは全世界のソマリ人に愛されている音楽家なのです。ウソつきだけど。

 つまり、好意的に解釈すれば、バサンサンはカネにだらしがなく、平気でウソもつくけど、才能豊かなミュージシャンという可能性もあるわけで、まあ、好意的な解釈というより、都合のいい解釈かもしれないけど、その音源はすごい代物かもしれませんよ!

 問題は場所ですよね。
 インド。
 ああ、インド。
 ご存じなかったかもしれませんが、私は現在、インドに入国禁止です。

 でもご安心ください。
 今年中には私はインドに入れるようにがんばります。
 まずそこからかよ、という道のりの長さですが、私にとってインドはガンダーラ。
 いつかガンダーラにたどりつき、そこでは夢がなんでもかなうといいます。
 きっとその音源が私にとって宝物になるという啓示ではないでしょうか。

 もう何を言っているのかわかりませんが、ぜひ前向きにインド入国を考えたいと思います。

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高野秀行からのメッセージ
『メモリークエスト』第一弾/全依頼26件
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高野秀行プロフィール

一九六六年東京都生まれ。辺境作家。早稲田大学探検部在籍中に執筆した「幻獣ムベンベを追え」でデビュー。

アジア新聞屋台村』『ワセダ三畳青春記』『腰痛探検家』(以上、集英社文庫)、『怪獣記』『西南シルクロードは密林に消える』(ともに講談社文庫)『世にも奇妙なマラソン大会』(本の雑誌社)、『イスラム飲酒紀行』(扶桑社)など著書多数。

高野秀行プロフィール