メモリークエスト2 読者からの依頼一覧

[お名前]ゴッシー
[性別]男性
[欲しい記憶の時間]2000年2月
[国名]インド
[都市名]ゴア
[探して欲しい記憶の人名、物]ゴアの浜辺の掘建て小屋の寿司屋
[探してほしい記憶の人物の性別]男性

[探して欲しい記憶の詳細]
 以前、シッキムのストーンズをカバーしたインド人を投稿させていただいたゴッシーです。
 高野さんのインド入国ができるか微妙な状況でナンですが、もう1件、インド関連で気になるものがありますので送らせて頂きます。
 卒業旅行でインドのゴアに行った際、一緒にいった友人と現地で知り合った日本人と数人で、浜辺の道をバイクで走っていたら、極彩色のペンキでSUSHIと書かれた汚い掘建て小屋を見つけました。
 素手で鮮魚を扱えるほど衛生的とは思えない(つまり普通に貧乏な感じの)インド人が出てきて「スシが食べたいのか?今はないけど、食べたいなら夜に戻ってこい!」と言います。
 港町のゴア、魚は新鮮なものが手に入るとしても、どうひいき目に見ても生魚を調理出来る衛生状態の店(っていうか小屋)には思えません。
 日本米も手に入らないだろうし、ワサビなんてもってのほかでしょう(勝手に適当な地元の米やスパイスを使ってる可能性大)。
 面白半分、というか恐いもの見たさで「食べたい!戻ってくるよ!」と答えると、男は意気込んで、「オーケー。準備しとく。必ず来いよ。」とのこと。
 ですが、その夜は、面倒くさくなったのか、わざわざ腹を下すのが確実なものを食べるのがバカバカしくなったのか忘れましたが、結局その店には行きませんでした。
 もし行っていたら、どんな寿司が出てきたのか、激しく気になります。
 当時、インドの大都市には本格的な日本レストランもいくつかあったかと思いますが、寿司(というか生魚)を出す店はほとんどなかったと思います。もしかしたらこの店はインド最初の寿司屋かもしれません。
 高野さん、是非、その店を見つけて(もし潰れてたら店をやってた男を見つけて)、彼の作る寿司を食べてきてもらえませんか?
 彼がどこで誰に寿司を習ったのか、材料はどうしていたのか等も気になります。
 場所はカラングートビーチかアンジュナビーチの近くだったと思います。


高野秀行より返信


 おお、素晴らしい依頼ではないですか。なにしろ「店」を探してほしいというのが新しい。
 しかも「極彩色のペンキでSUSHIと書かれた汚い掘建て小屋」というからそそります。
 私はよく知らないのですが、当時インドに寿司屋はなかったのですか。なのに、ゴアなんてところに、しかも掘建て小屋の寿司屋があった? 不思議すぎます。
 ゴアといえば、かつてヒッピーの聖地だったところ。10年前でもLSDが簡単に手に入ったのかもしれない。現地のヒッピーが一発決めていい気分になり、「おー、寿司屋でもやったろか」と思った…なんてことはないでしょうか。
 あるいは、ゴッシーさんの方が一発決めていたという可能性も排除できませんよね。寿司が食いたいあまり、現地の貧しい人が住むただの汚い掘建て小屋に「極彩色のSUSHI」を見てしまったとか……。
 あ、でも、もちろん現地の人が本当に寿司屋をオープンしていた可能性もありますね。
 テレビか何かで見て、「あー、魚を切って白い米に載せればいいんじゃん!」とか言ってね。
 いや、でも小説的な展開でいけば、日本の肩肘張った寿司屋に嫌気がさした伝説の寿司職人が仕事をやめ、ふらっと旅に出て、ゴアに行った。そのとき、たまたま会った現地のやる気のある若者に自分の寿司を伝授した――なんてこともないとはいえません。
 私もいよいよ本腰を入れてインド行きの準備をしなければいけなくなりそうです。ていうか、インド、行きたいなあ……。

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高野秀行プロフィール

一九六六年東京都生まれ。辺境作家。早稲田大学探検部在籍中に執筆した「幻獣ムベンベを追え」でデビュー。

アジア新聞屋台村』『ワセダ三畳青春記』『腰痛探検家』(以上、集英社文庫)、『怪獣記』『西南シルクロードは密林に消える』(ともに講談社文庫)『世にも奇妙なマラソン大会』(本の雑誌社)、『イスラム飲酒紀行』(扶桑社)など著書多数。

高野秀行プロフィール