メモリークエスト2 読者からの依頼一覧

[お名前]加藤佳奈子
[性別]女性
[欲しい記憶の時間]2006年9月
[国名]ボスニア・ヘルツェゴビナ
[都市名]サラエボ
[探して欲しい記憶の人名、物]Ivanさん
[探してほしい記憶の人物の性別]男性

[探して欲しい記憶の詳細]
 大学3年の夏、ユーゴ内戦後のサラエボがどうなっているのかを見てみたくて、トルコからバスでサラエボに向かいました。なんの下準備もなかったので、一番に思い浮かんだのが日本大使館でサラエボ情報をもらうことでした。
 まずは大使館の場所を探すために、目抜き通りのコーヒー屋に入り、隣に座っていたおじさんに「日本大使館はどこですか」と尋ねてみました。無謀に思えましたが、なんとおじさんは日本大使館を知っていたのです。
 そのおじさんが、今回探していただきたいIvanさんです。唐突な日本人の質問に、地図を描きながら説明してくれ、その後、日本大使館への案内までかってでてくれたのですが、さらに次の日からサラエボの名所へ連れて行ってくれたり、地元の食事をご馳走してくれたりと孫に対する愛情のようなものを受けながらのサラエボ実地講義生活が始まりました。怪しげな見返りを期待されているのかと思ったのですが、そんなこともなく、最後の最後までお金は受け取ってもらえず、住所も教えてもらえませんでした。
 聞けば、Ivanさんはサラエボ生まれサラエボ育ちのクロアチア人エンジニアで、内戦で家族と一緒にクロアチアへ避難し、年に1度、故郷のサラエボに戻ってくるとのことでした。決して裕福ではないはずなのに、私を連れて歩いた1週間弱は一度も私に金を出させてくれませんでした。手紙を書きたいと言ったときの、「私には住所がないんだ」という返事が、その後もなんとなく心に残っています。その当時はクロアチアの親戚の家に、奥さんと住んでいるとのことでした。娘さんはピアニストで、息子さんもバイオリンかなにかの楽器をやっていたと言っていた気がします。スポーツカーが好きで、ニコラテスラの話をしていました。また、Ivanさんがキオスクで売っていたスポーツカー雑誌かなにかをペラペラとめくって見せてくれたとき、紙面の集合写真の中に、なぜかIvanさんが写っていました。「これ、私」と言っていたので、よほど車が好きなんだろうと思います。旧市街のみやげ物を売る金物屋は幼馴染の店らしく、店主と話しこんでいました。Ivanさんには、ものすごくお世話になりましたし、いろいろな感情を知るきっかけにもなりました。もしまた会えたら、と思います。


高野秀行より返信


 サラエボですか……。ご存じの通り、前回のメモリークエストで私はセルビアに行きました。そこで旧ユーゴの悲劇に触れるとともに、あの辺りの豊かすぎる文化に目を瞠りました。
 人は明るく気さくで、食事も酒もうまく、森や川は清く美しい。なにより、音楽が素晴らしい。西欧とアラブ、ジプシー、インド、ユダヤ系の各音楽がちょうどそこでばったり出くわして融合したような、なんとも言えない味わいのある音楽。しかもライブハウスやコンサート会場に行く必要もなく、どこでも生の演奏を耳にすることができる。
 セルビアの首都ベオグラードでは、町中で普通に趣味のグループやセミプロの人たちが、トランペットやチューバ、トロンボーンを吹き鳴らしている。夕方になると、そのブラスの響きに耳を傾けながら、酒場に行ってビールを飲むんです。あのビールはうまかった。
 ボスニアもおそらく同じ文化でしょう。ムスリムの人口が多いから、さらにイスラム色が濃いかもしれません。
 サラエボの町は戦争で徹底的に破壊されてしまったようですが、そういう精神や文化は滅びずに続いていることでしょう。なにしろ、あのオシム監督の故郷ですからね。
 Ivanさんも「この料理は魚でも肉でもない」とか「われわれの乗るバスはもう行ってしまった」とか言うんでしょうね。
「私には住所がないんだ」ももっと哲学的な深い意味をもっていたかもしれませんね。故郷の家が戦争で失われてしまったかもしれないし、単に借金の形にとられてしまったのかもしれないし、はたまた車が好きで「車が俺の住所だ」とか、奥さんとうまく行ってなくて帰るに帰れないとか。
 ビールやワインを飲みながら、ぶらぶらとIvanさんを探してみるのも素敵な旅かもしれません。

探してほしい記憶があれば、ここをクリック!





メモリークエスト2 読者からの依頼一覧

高野秀行からのメッセージ
『メモリークエスト』第一弾/全依頼26件
『メモリークエスト』第一弾が文庫になりました!
高野秀行プロフィール

一九六六年東京都生まれ。辺境作家。早稲田大学探検部在籍中に執筆した「幻獣ムベンベを追え」でデビュー。

アジア新聞屋台村』『ワセダ三畳青春記』『腰痛探検家』(以上、集英社文庫)、『怪獣記』『西南シルクロードは密林に消える』(ともに講談社文庫)『世にも奇妙なマラソン大会』(本の雑誌社)、『イスラム飲酒紀行』(扶桑社)など著書多数。

高野秀行プロフィール