メモリークエスト2 読者からの依頼一覧

[お名前]さとみん
[性別]女性
[欲しい記憶の時間]1989年6月
[国名]パキスタン
[都市名]フンザ(Gilgit・Sust)
[探して欲しい記憶の人名、物]ジャマール氏
[探してほしい記憶の人物の性別]男性

[探して欲しい記憶の詳細]
 人生に迷っていた1989年6〜8月、陸路でカラチから北京までバックパック旅行。途中、Gilgitから中パ国境のSustまでの乗り合いバスで隣り合わせたそのオジサンは、私の手相・人相を見て「2年後に結婚する」と断言。
 信じなかった私は「当たったら千ドル払う」と約束したのでした。あれから23年、約束を果たしたい。かつてあれほど魅せられたパキスタンの現状を目にするたびに悲しくて……。


高野秀行より返信


 私はフンザに一度も行ったことがないのですが、私にとってひじょうに意味深い場所です。
 というのは、私が早大探検部に入った直接のきっかけがフンザだったからです。

 大学に入学したとき、「早く外国の辺境に行きたい」と思っていたのですが、まず入ったのは「人類学会」というサークルでした。
 私が大学に入学した前後は「ニューアカデミズム」なるものが流行ってました。さとみんさんも同世代だと思うのでご存じでしょう。
 中沢新一や栗本慎一郎といった人類学者がニューヒーローとして華々しく登場した時代でした。私は川口浩と同じくらいインディ・ジョーンズに憧れていたので、「研究者にして秘境探検家」である中沢先生や栗本先生みたいになりたい」などと思ったわけです。(実際には両先生とも探検家では全然なかったと後で知ったのですが)

 人類学会に入ったものの、そこでやっていたのは、「六本木探検」とか「山手線沿線の人類学的分析」とかだったので、「これは私のやりたいことと全然ちがう」と思いました。
 そこで改めて大学サークルを紹介する冊子をぺらぺらめくっていたら、「探検部」というのがあり、活動内容として「パキスタン・フンザにて民族学調査」などと書かれていたのです。

 当時の私はフンザはもちろん、パキスタンという国がどこにあるかもわからない状態でしたが、「あ、ほんとに秘境に行ってるんだ!」と強い感銘を受けたのを今でもはっきりと思い出します。
 その頃、フンザに通っていた先輩たちの中には、そのまま人類学の研究者になり、今は大学の先生になってしまった人もいます。(その人もインディ・ジョーンズから程遠い、ふつうのきちんとした研究者なんですが)

 私が入部した頃には先輩たちのフンザ探査はすでに終わっており、また私も「まだ他の人がやっていないところに行きたい」と思うようになったので、結局フンザには行かず終いでした。

 今でもフンザの話はよく耳にします。とにかく「景色がいい」「人がいい」と人気のスポットらしいですね。私がいちばん心惹かれるのは、フンザ周辺に住む人たちはイスラム教徒なのにワインを作っているという話です。
 それだけで行ってみたくなりますね。

 依頼自体も面白いですね。「約束を果たしたい」ってことは、占いが的中したんですね。そして、千ドルをちゃんと渡したいわけですね。
 すばらしい! 前回のメモリークエストでつくづく感じたことですが、せっかく目的の人物を探し当てても、依頼者は感激しても、見つかった人は「ふーん。で、なに?」みたいな反応をするんです。
 まあ、そりゃそうですよね。音信が途絶えた昔の知り合いの知り合いが来たってだけですから。ひどい場合には相手が全然覚えていないこともある。
 私はすごく興奮しているのに、相手は怪訝な顔をしてたりして、なんだか自分がひどい間抜けになったような気がするものです。

 この依頼も、ただその人を捜すだけなら、見事に探し当てても「え、そんなこと言ったっけ?」とか言われそうです。でも、千ドルあげるとすれば――。
 そりゃめちゃくちゃ喜びますよ! 私も喜ばれます。
 いいですねえ。自分のメモリークエストも兼ねて、行ってみるのもいいいなと思い始めています。

探してほしい記憶があれば、ここをクリック!





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高野秀行からのメッセージ
『メモリークエスト』第一弾/全依頼26件
『メモリークエスト』第一弾が文庫になりました!
高野秀行プロフィール

一九六六年東京都生まれ。辺境作家。早稲田大学探検部在籍中に執筆した「幻獣ムベンベを追え」でデビュー。

アジア新聞屋台村』『ワセダ三畳青春記』『腰痛探検家』(以上、集英社文庫)、『怪獣記』『西南シルクロードは密林に消える』(ともに講談社文庫)『世にも奇妙なマラソン大会』(本の雑誌社)、『イスラム飲酒紀行』(扶桑社)など著書多数。

高野秀行プロフィール