メモリークエスト2 読者からの依頼一覧

 すごい探し物がしたい――。
 その一念ではじめた前代未聞の公募プロジェクト「メモリークエスト」。
 第一弾では奇特な依頼者の方々のおかげで、相当ユニークかつエキサイティングな探し物をさせていただいた。そこで十分に満足すればいいのに、常に過剰さを求める私は「もう一回これをやりたい……」と思ってしまった。
 なぜなら、最初の公募では正直言ってこのプロジェクトはそんなに広く知られていなかったからだ。依頼の数も全部で27件しかなかった。単行本が出てそれなりに評価もされた今、もう一度公募すれば、もっとすごい依頼がもっとたくさん来るのではないか。第1弾とは比較にならない壮大な探求の旅になるのではないか――。
 そういう思いに取り憑かれて第2弾の公募を行った。

 ところがである。件数こそ前回より多いものの、私を興奮させる依頼がなかなか来ない。つまらなくはないが、スケールが小さかったり、依頼者の思い入れが少なかったりと、燃える要素が少ない。
 ある意味では無理もない。もともと「喉にひっかかった小骨のようなちょっとした記憶」でもいいと言っているのである。そういう依頼が来て不思議ではない。
 しかし私の方が変わってしまった。前回はこのプロジェクトが一体どうなるのかまるっきり予想できなかった。本にも書いたが、頭が完璧に「白紙」の状態で旅立ったのだ。

 今はちがう。前回に経験を積んでしまったため、大方の依頼はもし探しに行ったらこうなるだろうなとある程度予想ができてしまうのだ。もちろん現実は想像より奇なりなので、きっとおかしなことは起きるだろう。でもそれは普通の旅の範疇を超えそうにないのだ。 

 今回寄せられた42件の依頼の中で、私が気になった3件の依頼について、依頼者の方に直接お会いしてお話をうかがった。それぞれ面白味はある。探しに行きたいとも思う。でもわざわざこんなプロジェクトを作って行くほどのこともないなと思ってしまったのも事実だ。プライベートの旅行のついでで十分という気がする。

 公募依頼への失望とともに、私の中で膨れあがってきたのは、「こういうのを探しに行くなら、自分が気になっている人やモノを探しに行きたい」という感情だった。
 コンゴのテレ湖のほとりに転がっていた隕石に似た石は何だったのか? ミャンマー・ワ州でアヘンを作っていた村の人たちは今どうしているのか? インド・ナガランド州で独裁者候補のように振る舞っていたゲリラの若手幹部は今、まだ闘争を続けているのか?
 考えれば考えるほど気になる。そしてマイ・メモリークエストに気をとられはじめると、公募依頼がますますかすんで見える……。

 正直言って、本当に悩んだ。丸一年もかけて大々的に公募を行ったのだ。「社会的責任」というものがあるだろう。依頼してくれた人たちもweb幻冬舎を読んでくれた人たちもがっかりするかもしれない。
 数ヵ月思い悩んだ末、「何がいちばん大事なのか?」と原点に立ち返ってみた。
 そして気づいたのである。
 いちばん大事なのは「私がすごい探し物をすること」なのだ。その超個人的エゴが原点なのである。そして私がすごい探し物をすれば、それを文章として書き、すごく面白い物語として読者のみなさんに共有してもらえる。そちらの方が社会的責任を果たせるのではないか。というか、そもそも誰も私に社会的責任なんか求めておらず、ただ面白い旅行記が読みたいんじゃないか。

 そこまで考えたとき、缶詰の蓋が開くように、私の頭がぱっかり開いた。決意ともちがうし、吹っ切れたというのともちがう。強いて言えば原稿を書いているときに似ている。私は原稿を書くときたいてい長い時間悩んでいる。悩み続けていると、あるときぱっかり頭が開いたように目が覚め、書く道筋が見える。なぜかわからないが、いつもそうなのである。それと同じようにやるべき道筋が見えたような気がしたのだ。

 自分のメモリークエストをやろう。それも小さいのを複数ではなく、これまでの鬱屈を晴らすような、巨大なスケールのものを。
 そうなれば、候補は一つだ。

 私は二十二年前、アマゾン河の旅をした。そのとき、ある町で「南米一の大道芸人」を自称するサッソンという男に出会った。身長185センチ、体重推定130キロの巨漢だ。 ニシキヘビを飼い、頬や腕に金属の串を刺してそれにバーベルをひっかけて持ち上げたり、頭突きで巨大な氷をかち割ったりする芸を得意としていた。「動物の心が読める」と言い、実際、その辺の犬をよく引き連れて歩いていた。犬がいやいや言うことを聞いているのがおかしかった。

 アマゾンの本を出版したあと、サッソンにも一部送った。彼は喜んで返事をくれた。「残念ながら日本語は読めないが(箸は使える)、とても嬉しい」
 その後、長く音信が途絶えていたが、四年前の二〇〇八年、久しぶりに手紙をもらった。消印はアルゼンチンのブエノスアイレスになっていた。内容はこうだった。

「今はアルゼンチンにいるが、来年は私が最も愛するアマゾンのジャングルに戻る。君も知ってのとおり、俺は、“アヤウワスカ"と呼ばれる幻覚植物を使う呪術師でもある。アヤウワスカは人類の精神的共有財産であり、そのために俺はブラジルのジャングルに戻らねばならない」」

 私は返事を出すつもりだった。ただちょっと忙しかったり、忘れかけたスペイン語で辞書を引いたりするのが億劫で、「あと少ししたら…」「来週にはなんとか…」と先延ばしにしていた。そして、どんどん時間が過ぎていった。

 一年に何度か、ふと思い出す。「サッソンはどうしてるんだろう?」と気になる。サッソンもそうだが、彼が呪術師の修業をしているというのもすごく惹かれる。
 アマゾンの呪術師はアヤウワスカなどの幻覚剤を使い、呪術を行う。病人を治し、犯罪者の正体を暴く。遠くにいる人とテレパシーで交信したり、未来の出来事を予知したりもするという。私もコロンビア・アマゾンでアヤウワスカを試したことがあり、千年も旅をしたような夢を見たが、そこ止まりだ。まだ奇跡的な現場に立ち会ったことはない。

 別にサッソンがいなくても私の生活に何の差し障りもない。また彼が何をしても、世界の状況に何も変化はない。でも私は知りたい。彼が今どこで何をしているのか。本当に予知やテレパシーの術を会得したのか。
 それだけではない。彼は手紙にこんなことも書いていた。というか、もっと明確な用件があった。
「ヒデ、前に送ってくれたアマゾンの本を送ってほしい」
 

 私が書いた『アマゾンの船旅』(のちに改題して『巨流アマゾンを遡れ』)のことだ。その本にサッソンのカラー写真が二枚使われている。
 自分の写真がはるか彼方、日本で出版された本に載ったことがよほど嬉しかったのだろう。誰か友だちにあげたいのか、あるいはなくしてしまったのか、ともかくもう一冊ほしいと言っていた。だが、手紙を書いていないということは、私はその依頼にも応えていない。思い出す度に申し訳ない気持ちでいっぱいになる。なんとかこの償いはできないものか……。

 つまり、これこそメモリークエストの原点なのだ。
 サッソンを探しに行こう。そして本を届けよう。
 アマゾンは広大である。南米の三分の一くらいの大きさがある。かつてサッソンと出会ったのは河口に近い町だった。彼はそこに一時滞在していただけである。またその周辺は呪術師が暮らすような深い森ではない。他の場所にいるにちがいない。それをどうやって探し当てるのか。全く見当がつかないが、実際に行ってみれば、なんとか見つかるような気がしないでもない。

 いったんサッソン探しを考えはじめると、私は急激に興奮してきた。ものすごいわくわく感が募ってきた。これだ。この感覚が探し物中毒の症状なのだ。
 幻冬舎の担当編集者の二人に以上のようなことを話したところ、呆れ果てながらも、諒解してくれた。

 来年初め、私はアマゾンに頭から突っ込むことにした。あとは勘に頼って密林を渡り歩くつもりである。帰国日はもちろん未定だ。
 なお、セレクトした3つの依頼については、プライベートの旅で、責任持って探す所存である。それはまた別の機会にご報告したい。
 メモリークエストに応募してくださった皆さん、そしてこの連載を読んでくださった皆さん、本当に申し訳ありません。どうぞわがままな私をご理解ください。



メモリークエスト2 読者からの依頼一覧

高野秀行からのメッセージ
『メモリークエスト』第一弾/全依頼26件
『メモリークエスト』第一弾が文庫になりました!
高野秀行プロフィール

一九六六年東京都生まれ。辺境作家。早稲田大学探検部在籍中に執筆した「幻獣ムベンベを追え」でデビュー。

アジア新聞屋台村』『ワセダ三畳青春記』『腰痛探検家』(以上、集英社文庫)、『怪獣記』『西南シルクロードは密林に消える』(ともに講談社文庫)『世にも奇妙なマラソン大会』(本の雑誌社)、『イスラム飲酒紀行』(扶桑社)など著書多数。

高野秀行プロフィール