新社屋へGO、そして見城伝説


 その日私は社長と出かけることになっていた。
「×日の打ち合わせ、一緒にお願いします」と何度も念を押したのに忘れていたんじゃないかと疑いたくなるような、ラフな格好で社長は出てきた。
 だいたいいつも明るい色のスーツを格好良く着ているのに、ときどき、子どものようなチェックのシャツとジーパンで現れる。その姿を見るたびに、服って大事だなと思う。
 雨も上がり一緒にエントランスを出たところで、向かいにそびえ立つ、ほぼ完成型の新社屋が目に入った。
 幻冬舎は現在、三階建ての大きなおうちのような建物なのだが、狭くなり、駐車場だった土地に、あたらしいビル(といっても4階建て)を建てた。全体が赤茶色につつまれ、レンガ風。四角く、かたちにとくに変わったところはない。

「出来ましたね、見城さん」
「……」
「気に入ってるんですか?」
「うん。いいじゃない、なかなか。え? なんで? だめ?」
「いえいえ、すてきですよね」
「……」

 社長専用の車に一緒に乗り込むと、運転手さんがいつもの人ではなかった。
 そのことは私をひどく緊張させた。
 なぜなら、運転手がベストな道を選ばないと怒鳴りまくるという見城徹の習性を、いたいほど知り、いろいろ懲りてるからだ。
 いまでこそ専用の車に乗ってくれるので助かっているが、その昔、タクシーを利用していたころは、いつもいつも暴れていた。
 社長は、自分は運転しないのに東京の道にやたらくわしく、運転手が道をまちがえたり、はたまたよけいなことを口走ったり態度が悪かったりすると、そのたびに怒鳴ったりけんかしたりそれはもう大騒ぎだった。
 さんざっぱら暴れたかと思えば、大げんかの末にそのうち相手と和解、そしてしまいには「ありがとう」と言い右手を差し出し熱く握手を交わすという、相手にしてみればなんだかわけがわからない事故に遭ったようなものだろうが、しかしそのジェットコースターのアップダウンのような激情で相手を翻弄しまくったのち関係をつくるという見城ワールドに、ひきこまれ感動するドライバーの方もいらした。
 そのテの武勇伝を挙げたらきりがないのだが。
 とにかく私たち編集部員は会社名で無線タクシーを呼び車に乗ると、「あのさぁ〜おたくにケンジョウさんっているでしょう〜」と運転手さんから切り出されることが多かった。
 怒鳴られたと根に持っている人もいれば、「あのひとねえ、他の車で騒いでたってきくけどね、じつはやさしいんですよ」などと見城とのかかわりの思い出を語る人もいた。「見城の無線は取るな!」の噂が流れる一方、見城の無線を取りたがるコアな見城ファンも多く、いまだに都内タクシー業界では伝説になっているときく。
 社長がタクシーに乗らなくなったことは多くのドライバーを救ったと思うが、さみしがってる人もいるんだろうな。
 そうして、わが社はもうすぐ4番目の引っ越しをする。


つづく






色つけ係 いづりん