きくちゃんのパパ(76)の新しい恋


 総務のきくちゃんとは17年来の親友である。
 幻冬舎の前の出版社で出会い、共に見城徹編集長の激怒を毎日全身で受け止めていた仲である。
 そのきくちゃんのママのことも、私は知っていた。「きくちゃんのママ」は、2002年のお正月に急に亡くなったのだが(享年70歳)、彼女は映画の舞台セットのデザイナーとして生涯現役で働き、映画業界で有名な方であった。私にとってもキャリアウーマンの大先輩ということになる。
 私が二十代で雑誌編集者だった頃、よく映画の撮影所に通ったものだが、そこできくちゃんのママに会った。
「ミルちゃ〜んっ!!」
 大声で誰かに呼ばれたと思うと、自転車にのって撮影所内を滑走するきくちゃんのママが、大手を振って全速力でこちらに近づいてくる。
 きくちゃんのママは、駆け出し編集者の私がよたよたと撮影所内をうろついている様子を見ていた。私が弱っているのは、バレバレだったと思う。
 きびしい世界でうちのめされながらもなんとかやっている姿に、無言のエールを送ってくれた。
 あの日のきくちゃんのママの笑顔を今、思い出しただけで、泣けてしまう。
 亡くなる直前まで元気でお仕事をしていらした。周りの多くの人びとに、たくさんの思い出を残して、旅立たれた。

 一方、その夫である「きくちゃんのパパ」(昭和5年生まれ)は、元気に働くチャーミングな妻を突然亡くし、たいへんな落ち込みようであったという。
 可愛い一人娘(きくちゃん)を十年前に嫁に出し、そこのところはほっとされていたと思うが、ながく深い悲しみにくれていたことを、きくちゃんからお昼を食べながらよくきいた。きくちゃんはいつもパパのことを心配していた。そんなふうに数年が過ぎた。

 そして今日。きくちゃんと会社の近所の「そじ坊」にいたところ、
「パパに恋人ができたって話、ミルちゃんに言ったっけ?」
 と、きくちゃん。
 パパはヨーロッパ美術と旅行とお酒が大好きで、何かのツアーで彼女と知り合った。パパよりひとまわりほど若い方らしい。その女性もだんなさんを亡くしており、仕事をしながら一男一女を育て上げられたという。
 私はその話をきいてほんとうに嬉しかった。
「仲良くってね、ほんとによかったなあと思って。だって、いままでクラシック聴いてたのに、『彼女が好きな曲なんだ』って小田和正とか聴いちゃってるんだよ〜」
 ”それって、恋だよねー!!”
 そう言い合いながら私たちは笑い、喜び合った。
 人生には素敵なことが起こるもんだ。
 私は、にっかつ撮影所での、きくママとの遭遇を思いだした。目に涙が盛り上がるのをこらえながら、「お祝い」と言って、ざるそば(660円)をきくちゃんにおごった。
 きくちゃんのパパは、ママへもう報告したのだろうか。
 私がいま、きくちゃんのママに報告することはーー
「私はあのとき仕事をやめないでよかったです」。