シンプルイズベストとはいうものの、全てがそうでもない。

 わたしが“シンプル”という言葉から思い出すのは、サモア独立国という名称に変更されるずいぶん前に行った西サモア。
 国際交流なんたらの船で「西サモアの男子と恋に落ちたから会いに行く!」という激情型の友人に同伴する形とはいえ旅費は自腹で、わたしは唐突に想像もつかない国・西サモアに飛んだ。

 さすがにペニスケース着用の部族などはいない土地でしたが、まだ開発途上だった国の、特に田舎はとてもシンプルでした。熱帯とはいえ、柱と屋根だけでできている高床式の家も残っており。壁もガラスもなく、テレビもなく、人の生活全部丸見え。主食はタロ芋(里芋の巨大サイズのもの)。うーーん、すがすがしい!! 物が少ないシンプルな生活って気持ちいいしゆかいだわ、と感心して帰国しました。

 かといって今、スローライフを掲げてシンプルに暮すのには憧れないんです。わざと感がプンプンするのは好みではないので。
 今回は、不自由なほどに物があふれる日本において「片付けられない女子」のモテを考えたいと思います。

 片付け上手といえば、先日、友達のお姉ちゃんの話題でひと笑いきました。「うちのお姉ちゃんのくだけた姿って、見たことないんだよねー」というめずらしい話から始まり。友人の姉は“常に背筋はピンと伸び、正座はありだが横座りなし”“ごろりと寝ころんでいる姿は誰も目撃せず”と、家族の前ですら異様なほどにくだけない人なのだそうで。
 もちろん、そんなきちっとした彼女の部屋は見事に片付いています。また全てが厳密な所定位置に置かれているため、妹が気づかれないよう慎重に返却しても、洋服を借りたときは必ずバレるらしい。そして「現在ひとり暮しの姉の部屋にはホコリもないが、男の影もない」と。

 誰しもちいさい頃からお片付けする子はいい子と教えられ、それでも片付けられないから、収納とか整理のプロ(?)としてカリスマ主婦まで登場。ええい、うっとおしいわい。片付け上手の女子がモテるとは限らないのですッ!!

 むしろ、片付けられない長身のインテリ女子がモテております。着物に描かれている草花の名前をすらすら解説し、ストレートのロングヘアにスーツ&ヒールが似合う彼女は、見知らぬ背の低い男性、または気の弱い男性に後を付けられちゃいそうなタイプなのですが。なんとお部屋は惨澹たる状況! 洋服や雑誌、脱いだブラや食べ終わったパスタソースの空き缶まで床やベッドに放置し続け、流しの食器は次に使うタイミングでしか洗わないという不潔な要素まで入っています。
 だけど単体で並んだ場合、靴底の外側がすりへってる薄汚れたスニーカーをはいているわたしの方が俄然まずく……。

 これらを、部屋に男を上げなければ片付け下手がバレない単純な話と捉えるなかれ。片付けられないという欠点のB面に魅力があるのかもしれず、新見解誕生の予感あり。
 物に関して“そのまま置いておく”“バッサリ何でも捨てられない”のは生活習慣的にはルーズとされがちですが。例えば、中学生の時に行ったコンサートのチケットの半券を捨てられずにとってあるという女子も、人間的にはかわいらしいと思うし。せっかくだからチケットの半券を集めて、タバコの空き箱で作った傘みたいなのを工作すれば、なおいい。

 こういう人っていうのは、物を簡単に捨てられないのと同じように、いろんな思い出や気持ちも持ち続けているわけですよ。男性も部屋の散らかりを見る前に、心の引き出しいっぱいの部分を見ちゃえばキュンでしょ! だから、単なる片付け上手さんよりは『気持ちが片付けられない女子』の方がモテ☆なんじゃないかなー。
『ミリ単位で片付けている』