Webマガジン幻冬舎: 長沼毅 “超訳”科学の言葉 vol.273

#9 熱と温度

光がはこぶ熱、光でみる温度

 前回まで太陽を話題にした。
 太陽は巨大な核融合炉で、その出力は4×1026ワット(W)。
 原発の原子炉1基で約100万キロワット(109ワット)、運転中・建設中・計画中を合わせて世界約600基の原子炉全部合わせて6億キロワット(6×1011ワット)を出せるか出せないかだ。太陽のすごさがわかる。

 しかし、太陽の出力(発熱)を質量2×1030kgで割ると、kgあたり、たったの「1万分の2ワット」という計算になる。
 人間の代謝の出力は、だいたい100ワット、計算をやさしくするために体重50 kgとすれば、kgあたり2ワット、太陽の1万倍というわけだ。
 しかし、人間の表面温度は36℃くらいなのに太陽の表面は5500℃もある。

 熱と温度はどう違うのか。わかっているつもりでも、あらためて問われると答えにくい。ひとつの簡単な答としては、厳密さを欠くが、「温度は足し算できないが、熱は足し算ができる」というものだ(注1)

 たとえば、50℃のお湯と100℃のお湯を足しても150℃にはならない。しかし、それらのお湯がもっている熱(熱量)は足し算することができる。仮に50カロリーと100カロリーとすると、それらの足し算は150カロリーになる。

 ちなみに1948年の国際度量衡総会際度量衡総会で、熱量の単位はできるだけカロリーを使わず、ジュールを使うことが決まった。もし、カロリーを使うなら、ジュールを併記すべきとも。これを受けて、日本でも国内法(計量法)でカロリーではなくジュールを使うことになった。

 1カロリー= 4.184ジュール

 ただし、生物学や栄養学などの分野では、まだカロリーを使ってもよいことになっている(注2)。でも、これらの分野でもそろそろジュールへの切替えがはじまるだろう。やがてダイエット食品も「低カロリー」でなく「低ジュール」を謳うようになるのではないだろうか。しっくりこないかもしれないが。

 なお、ダイエットでカロリーを気にするとき、それは「キロカロリー」であることを、念のため、申し添えておく。体重はキログラムkg、食べものはキロカロリーkcalというのが覚えやすいと思う。

 熱量に限らずいろいろな単位で、アメリカは本当に因習深い国だと思う。熱量はカロリー、温度は華氏(℃)、重さはポンド、長さはインチにヤードにマイルだ。特に温度の華氏を摂氏(℉)に変換するのが面倒である。日常生活の範囲なら「華氏温度から30を引いて2で割ると摂氏」で当らずといえども遠からず。

 アメリカは、口では自由貿易を謳いながら、実のところは単位に障壁を設けるという戦略でも取っているのではないかと勘繰ってしまう。薩摩藩が情報の障壁として他藩の者には理解できない薩摩弁を人工的につくったという話を思い出す(学術的な根拠がない作り話だそうだが)。

 閑話休題。カロリーならぬジュールに戻ろう。
 ジュールは熱量の単位である。そして、ジュールは、仕事量、電力量、エネルギーの単位でもある。原発の発電量や太陽の発熱量はワット(W)で表すが、実はこれ、ジュール毎秒(J/s-1)のことなのだ。

 つまり、ジュールという単位を介することで、熱量と仕事量と電力量とエネルギーがすべて同じ性質のものであることがわかる。
 が、物理学でいう「仕事」というのがよく分からない。

 物理学でいう“仕事”は「重さのあるものを動かすこと」である。ただし、水平に動かしてもダメで、重力に逆らって動かす、すなわち持ち上げるのである。コンビニのおにぎり1個を約100グラムとして、それを1メートル持ち上げたら、約1ジュールの仕事をしたことになる。

 では、持ち上げるのではなく、持っているだけでは“仕事”にならないのか。いろいろな説明があるが、私の理解はこうである。ものを持っている間、腕の筋肉の筋繊維(筋細胞)はつねに収縮と弛緩を繰り返している。つまり、細胞というミクロな規模で“上げ下ろし”をしていて、この“上げ”が“仕事”に相当する。

 これもまた物理学でいう“仕事”なのだ。腕というマクロな視点で見る限り、外見上は仕事をしていないように見えても、細胞レベルのミクロな仕事の総量として、腕は疲れるのである。

 自動車にたとえれば、タイヤが空回りするようなこと。たとえ自動車が1ミリも動かなくとも、タイヤが回って下から上に動くところで“仕事”がされている。

 さて、またジュールに返ろう、太陽も一緒に。
 イソップ寓話「北風と太陽」でもわかるように、太陽からくる光は温かい。光が熱を伝えるからである。
 狭義の光、そして、広義の光(ガンマ線、エックス線、紫外線、可視光線、赤外線、電波など)すなわち電磁波は物質と相互作用して、物質にエネルギーを与えるということだ。

 電子レンジで水や食品を加熱できるのは、まさにそのことを示している。
 波長12センチのマイクロ波(周波数2.45ギガヘルツ)が水とよく相互作用する。マイクロ波という光が水分子を激しく振動し加熱するのである。

 太陽光でいちばん強い波長、いわゆる「ピーク波長」は、500ナノメートルくらいである。これは緑色に相当する波長で、人間の目は、この波長(緑色)にもっとも敏感らしい。学会発表などで緑色のレーザーポインターが好まれる大きな理由のひとつだろう。

 もちろん太陽は緑色ではない。太陽光には他の波長も色々あり、その総計として「白色光」になる。
 よく“太陽は黄色”というが、実際には白い。もしかしたら、青空との対比から黄色という印象が発生したのかもしれない。

 光は波にして粒子である。波長500ナノメートルの光子(フォトン)1個のエネルギーは「プランクの法則」から4×10-19ジュールと算出される(注3)。波長はエネルギーに対応するのである。

 ピーク波長500ナノメートルの太陽の表面温度は「ヴィーンの変位則」から、約5800Kと求められる(注4)。波長はエネルギーだけでなく、色と温度にも対応する。そして、色に対応した温度を「色温度」と呼ぶことがある。

 この色温度の概念によって、光エネルギーあるいは熱エネルギー(4×10-19ジュール)と温度(5800K)が結びついた。「足し算できる熱」と「足し算できない温度」が結びつくのは、まさに「ヴィーンの変位則」のおかげなのである。

 19世紀、高炉という溶鉱炉による近代的な製鉄が始まった。色温度はもともと溶鉱炉の温度を推定するための研究に端を発している。この研究から「ヴィーンの変位則」が提唱されたのだ(1893)。
 これは高温でよく当てはまったが、低温域ではダメだった(注5)

 そこで、ドイツの物理学者で「量子論」の創始者、マックス・プランクが、高温でも低温でも当てはまるように考えた。考えた末の19世紀末(1900)、プランク定数(注3)に思い至った。
 これが量子力学の事始めだといわれている。

 実はこれ、1811年のアボガドロ数(6.×1023)および1834年の気体定数(8.3 J・K・mol-1)という古典的定数から派生したボルツマン定数(注4)からの再派生である。
 産業革命における蒸気機関と製鉄の興隆が「熱と温度」の科学を刺激したことがよくわかる。

 知っている人が意外に少ないのだが、いまでは、私たちの体温も色温度で計っている。
 赤ちゃんの耳の中にちょっと入れるだけで体温が計れる非接触型の体温計やサーモグラフなどは、人体が発する光(波長10マイクロメートルくらいの遠赤外線)を分解能よく感知する色温度計なのだ。

ここまでは「光と温度」の話。光が運ぶ非接触型の熱、そして、光で計る非接触型の温度の話である。

 その一方で、接触型の熱や温度もある。いわば「物質と熱」の話だ。それは光が仲介する非接触型の熱とは異なるのか。そもそも熱とは何なのか。もう少し考えてみたい。

(注1)足し算ができない値は「示強量」、足し算ができる値は「示量量」と区別できる。どちらも、その値(状態)になるまでの過程は問題にせず、その値(状態)だけを問題にするので「状態量」という。しかし、熱については、その値になるまでの過程を考慮するので「過程の量」という。過程の量には他に「仕事」がある。
(注2)計量法の下にある計量単位令第5条で「人や動物が摂取する食物の熱量、あるいは、人や動物が代謝して消費する熱量」についてはカロリーを使ってもよいとされている。なお、その部分の原文はこうである、「人若しくは動物が摂取する物の熱量又は人若しくは動物が代謝により消費する熱量の計量」。
(注3)プランクの法則「E=hv」のEはエネルギー、hは「プランク定数」約6.626×10-34 ジュール秒(J・s)、vは振動数あるいは周波数(s-1)であり「ニュー」と読む。波長500 nm(5×10-7 m)の光の周波数は、光速3×108 m・s-1 ÷5×10-7 m = 6×1014 s-1、すなわち600テラヘルツ(THz)である。この光のエネルギーEは、6.626×10-34 J・s × 6×1014 s-1 ≒ 4×10-19 J。光を光子(フォトン)として考えるなら、フォトン1個のエネルギーはとても小さい値である。逆にいうと、太陽はとても多数のフォトンを放出していることになる。
(注4)ヴィーンの変位則は簡略化して「T = 2.9×10-3/λ」と表せる。ここでTは絶対温度(K)、λは波長(m)である。波長500 nmの光の発生源の絶対温度Tは、2.9×10-3 ÷ 5×10-7 m =5800 Kとなる。 ここでは比例定数(2.9×10-3)が“エネルギーと温度を結ぶ鍵”となっていることに注意されたい。この比例定数はもともと hvkT から求められたものであり、ここで現れたkこそが「ボルツマン定数」約1.38×10-23 J・K-1、すなわち、エネルギーと温度を結ぶ物理定数なのである。
(注5)ヴィーンの変位則を低温域に適用してみると、たとえば、宇宙のピーク波長(宇宙背景放射)は1.9×10-3 m(160ギガヘルツ)、これに相当する宇宙の色温度は1.5Kとなる。しかし、より正確には2.7Kである。
Webマガジン幻冬舎
教科書には絶対載らない!“超訳”科学の言葉

長沼毅(ながぬま・たけし)

1961年生まれ。筑波大学大学院生物科学研究科卒業。現在、広島大学准教授。

専門は、生物海洋学、微生物生態学、極地・辺境等の過酷環境に生存する生物の探索調査。

酒ビン片手に、南極・北極から、火山、砂漠、深海、地底など、地球の辺境を放浪する、自称「吟遊科学者」。学名:カガクカイ・インディ・ジョーンズ・モドキ、あるいは、ホモ・エブリウス(Homo ebrius)「酔っ払ったヒト」。好きな言葉は「酔生夢死」。

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