Webマガジン幻冬舎: 長沼毅 “超訳”科学の言葉

#11 月

地球のパートナー

 今月末、「中秋の名月」を迎える。いわゆる「お月見」の十五夜、お団子をお供えして実りの秋を祈る満月である。私は団子よりもっぱら月見酒だが。

 今年は月に関する天文現象がよく話題になっている。まず、5月21日にあった金環食。金環食は太陽が翳る日食だが、太陽を隠すのは月――新月――である(注1)。ふだんは見ることのできない新月が、このときばかりは太陽を背景にシルエットとして見えるのである。

 日食が見えている場所には月の影が落ちている。この日、準天頂衛星「みちびき」は、ちょうど日本の辺りに月の影が落ちている写真を撮影した(注2)。この「月の影」は国際宇宙ステーションからも観察された。

 金環日食のすぐ後、6月4日には月食があった。ただし、全部が欠ける皆既月食ではなく、部分月食だった。この日は「虫歯予防デー」ということで(注3)、あたかも満月が虫歯になったかのような月食だった。

 これが2012年に日本で見られる唯一の月食だった。2010年は月食が3回もあったし、2011年は2回、両年にわたって過去3回連続して皆既月食だったことを考えると、今年の月食はちと寂しい。でも、月食のない年もあったことを思えば、まだマシか。この十年でいえば2002・2003・2009年は月食がなかった。そして、来年(2013)も月食がない。

 月食のとき、月から見たら日食が起きている。それは「地球が太陽を隠す」ような日食である。この様子は月周回衛星「かぐや」が2009年2月10日にハイビジョンカメラで撮影した(http://www.jaxa.jp/press/2009/02/20090218_kaguya_j.html)。

 さて、今年はなぜか、月食以外でも月に関する話題が盛り上がった。たとえば「スーパームーン」。毎月のように満月はあるが、特に大きく見える満月はめったにない。

 月が大きく見えるのは、月と地球の距離が縮まったときである。月の軌道は完全な円ではなく楕円なので、地球にいちばん近い点(近地点、ペリジー)といちばん遠い点(遠地点、アポジー)がある(注4)。たまたま近地点のときに満月だと、いつもより大きな満月、スーパームーンになる。

 今年は5月5〜6日の夜がスーパームーンの大満月だった。実は昨年(2011)3月19〜20日にもスーパームーンがあって、そちらの方が大きく見えた(注5)。が、久しぶりすぎてスーパームーンなんて忘れていた、あるいは、スーパームーンなんて初めて聞いたという昨年より、2年連続で知名度や認知度も上がった今年のほうが大いに盛り上がったのだろうと察する。

 満月の半月後(約15日後)が新月である。満月が近地点のスーパームーンなら、半月後の新月は遠地点にある。いつもより遠くにあるから、いつもより小さく見える。そのときの新月が太陽を隠したのが、今年の金環日食だった。

 大きく見える月だと太陽を完全に隠せるので皆既日食、小さく見える月だと太陽の外周部がはみ出てしまうから金環食になる。いちばん大きく見える満月スーパームーンと金環食は半月の間をおいて関係あったのだ。

 天文学的なことに関係あるムーン・イベントは他にもある。たとえば「ブルームーン」。大気中の塵のせいで青くみえる月のことではない。ここではいうブルームーンは、ふつうなら1年に満月は12回のところ(だから1年は12ヶ月)、2〜3年に一度、満月が13回という年があり(注6)、その1回多い満月がブルームーンである。

 13回のうち、どの1回をブルームーンとするかは色々ある。しかし、20世紀半ばに誤解から生じたブルームーンの定義が今ではよく知られているかもしれない。それは「ひと月で2回目の満月」である。今年は8月にあった(2日と31日)。

 日食と月食とスーパームーンとブルームーン、これだけのムーン・イベントがある年はそうそうあるものではない。こういう年だからこそ、中秋の名月をじっくり楽しみたいものである。月は地球の大切なパートナーでもあることだし。

 月が地球の大切なパートナーだ、というのは、月は地球にとって分不相応に大きな衛星だからである。直径でみると、月は地球の27%、質量でみると、月は地球の1.23%である(注7)

 月がいかに大きい惑星かというのを、太陽系の大きな衛星を例にして説いてみよう。
 太陽系最大の衛星ガニメデは、母惑星(木星)に対して、直径で3.7%、質量では0.008%しかない。太陽系第2位の衛星タイタンも、母惑星(土星)に対して直径で4.3%、質量で0.024%しかないのだ。

 太陽系第3位と第4位の衛星もまた木星の衛星で、第5位はなんと地球の衛星「月」である。月が母惑星(地球)に対して、いかに奇妙なほど大きいか分かるだろう。

 とは言っても、ハンマー投げの室伏広治に対するハンマー球――質量にして7.3%――ほどの不釣合いではないが(注8)。室伏広治が約1.2 kgの夕張メロンを振り回したら、ほぼ地球と月くらいになる。

 この奇妙なまでに大きな衛星「月」の成因として面白い考え方に「巨大衝突説」(ジャイアント・インパクト説)がある。これは、地球に“テイア"という仮説上の惑星が衝突し、その破砕物が宇宙に飛びだして再集合したのが月であるという仮説である。

 月の成因はさておき、地球がこれほど大きな衛星を持っていたことが、地球における生命誕生にとって有利にはたらいたという説もある。この説を検証することはできないが、思考実験として、「もしも月がなかったら」とか「もしも月が2つあったら」とか考えることは楽しい(注9)

 今年の中秋の名月は、そんなことを考えながら愛でてみようかと思っている。

(注1)新月は空で太陽とほぼ同じ場所にあるので、つまり、昼間の太陽の近くにあるので事実上、見えない。しかし、たまに太陽と重なることがあると日食になる。
新月の逆、すなわち、(地球をはさんで)月が太陽の反対側にあるときが満月である。
(注2)準天頂衛星とは、たとえば日本なら日本の上空(ほぼ天頂)にできるだけ長くとどまるような軌道をもつ衛星のことである。これを複数個配置すれば、日本の上空にいつも最低1機の衛星が滞空している状態にできる。もし、常に3機、できれば4機以上の衛星が日本の上空にあれば、日本版GPSが可能になる。これを目指すのが国主導の「準天頂衛星システム」であり、その初号機が「みちびき」である。
なお、「みちびき」が撮影した月の影の写真は http://www.jaxa.jp/topics/2012/img/topics_20120521_michibiki.jpg で見ることができる。
(注3)日本歯科医師会が始め、今では厚生労働省が実施している「歯の衛生週間」は、虫歯のムシ――6(ム)4(シ)――の語呂に合わせて6月4日を初日とし、この日を「虫歯予防デー」としている。
(注4)月と地球の距離、つまり公転半径は平均 384,400 km、近地点(ペリジー)356,400〜370,400 km、遠地点(アポジー)404,000〜406,700 kmである。最近地点の満月の大きさは最遠地点のそれより14%大きいことになる。この計算は、月平均半径を1737 kmとして、最アポジーのarctan(1737/406700)=0.2447065度。この角度からtan(0.2447065度)×356400=1522 kmが最アポジーにおける見かけの月の大きさである。1737/1522≒1.14、約14%増しということになる。月の明るさは面積に比例するので 1.14×1.14≒ 1.3、約30%増し。
(注5)この2011年3月19〜20日のスーパームーンのとき、月からの引力は平均より18%強かったことから、これが「3・11東日本大地震」を引き起こしたという意見もあるが、科学的な根拠はない。実際のところ、3月11日当時の月は平均以遠だった。
(注6)地球の公転周期にもとづく太陽暦の1年(太陽年、約365.24日)は季節の廻りをよく表すのに対し、月の公転周期にもとづく太陰暦の1年は約354日で年数を重ねると実際の季節からの“ずれ"が大きくなる。そこで約3年に一度、エキストラな1ヶ月(閏月)を加えて“ずれ"を解消する。より正確には閏月を19年に7回入れると“ずれ"がほとんど生じない。これを「メトン周期」といい、19年に7回なので“2〜3年に一度"ということになる。
(注7)地球は直径 12,756 km、質量約6×1024kgである。月は直径 3474 km、質量 7.3477×1022kgである。
(注8)室伏アレクサンダー広治は身長187 cm、体重 99 kgであるのに対し、ハンマー球の重さは 7.26 kgである(女子は4.000 kg)。
(注9)米国の天文学者のニール・カミンズの著書『もしも月がなかったら―ありえたかもしれない地球への10の旅』、『もしも月が2つあったなら ありえたかもしれない地球への10の旅 Part2』がある。
Webマガジン幻冬舎
教科書には絶対載らない!“超訳”科学の言葉

長沼毅(ながぬま・たけし)

1961年生まれ。筑波大学大学院生物科学研究科卒業。現在、広島大学准教授。

専門は、生物海洋学、微生物生態学、極地・辺境等の過酷環境に生存する生物の探索調査。

酒ビン片手に、南極・北極から、火山、砂漠、深海、地底など、地球の辺境を放浪する、自称「吟遊科学者」。学名:カガクカイ・インディ・ジョーンズ・モドキ、あるいは、ホモ・エブリウス(Homo ebrius)「酔っ払ったヒト」。好きな言葉は「酔生夢死」。

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