Webマガジン幻冬舎: 長沼毅 “超訳”科学の言葉

#13 火星の呪い

火星ローバー「キュリオシティ」が探すもの

 まだ炎暑の真っ只中だった8月6日、最新の火星探査車(ローバー)「キュリオシティ」が超美技ウルトラC級の着陸に成功した。あれからもう70日(注1)を超えて、われわれの季節はもう秋になった。「キュリオシティ」はどんな季節を過ごしているだろうか。

「キュリオシティ」の着陸地点はよく“火星の赤道付近にあるゲール・クレーター"と言われる(注2)。それは地球でいうとニューギニア島の西半分、インドネシア領のパプア州に当たる(ニューギニア島の東半分はパプアニューギニア独立国領)。

 熱帯のニューギニア島に明らかな四季がないのと同じように、「キュリオシティ」の着陸地点でもあまり四季は感じられないだろう。しかし、強いて言えば、火星の南半球はつい先日の2012年9月29日が春分で、年明けの2013年2月23日には夏至になる(注3)。「キュリオシティ」がいるのはそういう季節感の場所だ。

 火星は、月以外では、もっとも多くの探査機が送り込まれた、あるいは、そう計画された天体である。そのスタートは私が生まれる半年前のことだ。旧ソ連(現ロシア)の「マルス計画」における火星ロケットが続々と打ち上げられたが、失敗の連続だった。以来、計50機が火星に向けて発射された(注4)

 その50機のうち、成功および“一部"成功は、半分以下の24機、残りは失敗である。打上げの失敗、火星への飛行中の通信・推進トラブル、火星周回軌道への投入失敗、着陸失敗などなど。
 これを「火星の呪い」、あるいは、「火星人の呪い」という。

 失敗した26機には、日本初の火星周回機「のぞみ」(1998年打上げ)も含まれている。「のぞみ」は火星に向かう途中にトラブルが発生し、2003年の大晦日をもって電波通信を停止し、ミッション終了した。いまは火星から離れたところで、火星と同じ軌道(公転軌道)を飛んでいる……あと何億年も(注5)

 面白いといっては不謹慎かもしれないが、米国の火星周回機「マーズ・クライメイト・オービター」(1998年打上げ、1999年失踪)は、“メートル法"と“ヤード・ポンド法"の混同が失敗の原因だった。まさか20世紀の終わりにこんな“うっかり"が!

 周回するだけでも失敗するのだから、着陸はもっと難しい。火星着陸は、着陸機(ランダー)10機と探査車(ローバー)6機が試みられた。そのうち、着陸機10例のうち、成功例は、米国の火星着陸機「バイキング1号」、「バイキング2号」、「フェニックス」の3例しかない(注6)

「バイキング1号」と「バイキング2号」は、それぞれ周回機と着陸機がすべて成功した優等生である。これで火星探査機の成功例24例のうち4例を稼いだのだ。しかも、火星表面での稼働時間は、それぞれ2306地球日(1976〜1982)および1315地球日(1976〜1980)という長命だった。これを記念して「バイキング1号」は「トーマス・マッチ記念基地」と命名されている(注7)

 ただし、このバイキング計画は“着陸"というオペレーションにおいては大成功だったが、“生命探査"というミッションでは、「火星に生命はない」という興ざめな結果しか出せなかった(注8)
 しかし、その後、着陸機「フェニックス」(2008)が、火星の北極の土壌の表面直下に「水の氷」を発見したので、“水がある惑星"という火星のイメージアップに貢献した。

 着陸したら動かなくてすむ着陸機より、着陸してさらに動かねばならない探査車(ローバー)はもっと難しいはずである。ところがこれについては、6例のうち4例という意外な高率で成功している。成功はすべて米国で、失敗は旧ソ連である(部分成功という見方については注6)。

 初めて成功した火星ローバーは、着陸機「マーズ・パスファインダー」に搭載されていた「ソジャーナ」(1977)である。
 重さ10.5 kg、柴犬ほどの重さしかない。想定寿命1週間のところ、84地球日も動いた。いや、84日目に着陸機が停止しただけで、「ソジャーナ」はその後も着陸機の周りを回っていたはずだ。あたかも物言わなくなった主人の周りを柴犬がうろうろするように。

「マーズ・パスファインダー」の着陸機は独創的だった。パラシュートやロケット噴射で減速したら、なんとエアバッグを展開し、少なくとも15回バウンドしてから止まったというのだ。この奇想天外な着陸機は、後に「カール・セーガン記念基地」と命名された(注9)

 次に成功した火星ローバーは、双子の「スピリット」と「オポチュニティ」だ。これらも長命で、設計寿命92地球日のところ、「スピリット」は2695地球日(2003〜2010)、「オポチュニティ」(2003〜)は約3200日経った現在も、なお稼働中である。両機合せて29 km以上、「オポチュニティ」だけでも約22 kmを走破している名ミッションだ。

 これを上回る成果が期待されているのが、最新の火星ローバー「キュリオシティ」(2012〜)である。
 これの本名は「火星科学実験室」Mars Science Laboratory (MSL) であるように、 “動く実験室"として多種多様な観測・分析装置を搭載している。

「キュリオシティ」は、大きさも重さも小型車並みで、質量はなんと約900 kg!
 着陸だけの「バイキング1号・2号」が各572 kg、「フェニックス」が350 kg。先輩ローバーの「ソジャーナ」は柴犬並みの10.5 kg、「スピリット」と「オポチュニティ」も各185 kg。それまでの6機合計が1874.5 kg。その約半分が、たった1機に集約されたことになる。

「キュリオシティ」の搭載機器のなかで、私は“レーザー光線"に興味がある。
 これは、火星の岩石や土壌の元素分析に用いるとされている。岩石を蒸発させるほど強力なレーザー光線なので(注10)、もしかしたら、本当の狙いは岩石ではなく、「キュリオシティ」を壊しに来る火星人、つまり「火星人の呪い」への攻撃用なのではないかと疑っているところだ(笑)。

「キュリオシティ」のミッションすなわち使命のひとつは、これまで火星で検出されなかった有機物の発見である。有機物は“生命につながる物質"なので、これが見つかれば、いったんは興ざめになった火星生命探査への情熱が再燃するだろう。

 その有機物はもしかしたら、「キュリオシティ」のレーザー光線に恐れをなして逃げていった火星人の粘液かもしれない。


(注1)ここでいう「70日」は地球日(day、24時間)である。1火星日(sol)は1.026地球日(24時間37分22秒)なので、70地球日は68火星日である。また、地球の1年は365日だが、火星の1年は686地球日(668火星日)である。これが「キュリオシティ」の設計稼働日数になった。
(注2)「キュリオシティ」の着陸地点は火星の南緯4度29分(南半球)、東経137度25分。
(注4)打上げ1回で探査機2機相乗りというケースもあるので、打上げ回数と探査機数は一致しない。
(注5)国際宇宙空間研究委員会(COSPAR)に「非滅菌の探査機が20年以内に火星に衝突する確率を1%以下にする」という取り決めがあり、もともと着陸予定のなかった「のぞみ」は非滅菌だったので、火星に接触しないように放棄された。
(注6)旧ソ連の「マルス3号」(1971)は世界初の火星軟着陸を成功させたが15秒後に通信が途絶えたし、それが搭載していた探査車も稼働していないので“部分成功"にとどまる。
(注7)「トーマス・マッチ記念基地」はバイキング画像班リーダーのブラウン大学教授、トーマス・マッチ博士Thomas (Tim) A. Mutch(1931〜1980)を顕彰したものである。マッチ教授はバイキング計画の最中にヒマラヤで行方不明
(注9)「カール・セーガン記念基地」は米国の天文学者、コーネル大学教授のカール・セーガン博士Carl Edward Sagan(1934〜1996)を顕彰したものである。
(注10)レーザー誘起破壊分光法Laser-induced breakdown spectroscopy (LIBS) という元素分析に用いるレーザー光線で、「キュリオシティ」に搭載された装置では波長1067 nmの赤外線レーザーを、おそらく1ギガワット(GW)/cm2という高出力で照射し、岩石表面の微小部分を加熱して数万度のプラズマにすることができる。
 ただし、1GW/cm2すなわち1ギガジュール(GJ)/秒/cm2の高出力といっても、実際には50〜75.5ナノ秒しか照射せず、レーザー光線のビーム面積も0.01 cm2程度と仮定すると、実質的には1ジュール(J)程度のエネルギーでしかない、という意見もあるだろう。しかし、実はこれでも人体には十分に危険なのである。
 ちなみに、日本国内で市販されているレーザーポインターは消費生活用製品安全法により「1ミリワット(mW)未満」と規制されている。1 mWのレーザー光線を1000秒(約17分)照射してやっと1ジュール、17分の間に手がぶれて照射部位がずれるとさらに弱いエネルギーしか当たらないことになる。
 市販レーザーはそれだけ安全につくられている。ということは、100ナノ秒(1000万分の1秒)以下で1ジュールのエネルギーを照射する「キュリオシティ」のレーザー光線がいかに強力であるか、わかるだろう。
Webマガジン幻冬舎
教科書には絶対載らない!“超訳”科学の言葉

長沼毅(ながぬま・たけし)

1961年生まれ。筑波大学大学院生物科学研究科卒業。現在、広島大学准教授。

専門は、生物海洋学、微生物生態学、極地・辺境等の過酷環境に生存する生物の探索調査。

酒ビン片手に、南極・北極から、火山、砂漠、深海、地底など、地球の辺境を放浪する、自称「吟遊科学者」。学名:カガクカイ・インディ・ジョーンズ・モドキ、あるいは、ホモ・エブリウス(Homo ebrius)「酔っ払ったヒト」。好きな言葉は「酔生夢死」。

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