Webマガジン幻冬舎|長沼毅 “超訳”科学の言葉

#15 動物と植物

「植物」は、「食べるのをやめた動物」!?

 私の文章が初めて活版印刷されたのは大学院に入ったばかりの頃だった。それは月刊誌『植物と自然』に掲載された「毒キノコと文化」という小文である(注1)
 その文章では、毒キノコのうち「マジックマッシュルーム」と呼ばれるものには幻覚成分というか麻薬成分が入っており、それが古代の様々な儀式に用いられたことを紹介した。
 なお、マジックマッシュルームは日本では2002年から所持・栽培などが非合法化されている(注2)
 いや、マジックマッシュルームを話題にしたいのではない。私の人生初の小文が“キノコ"で、それが“植物"の雑誌に掲載されたことを話題にしたいのである。まず、ここで明言しておくが、キノコは植物ではない。
 キノコは植物でも動物でもない。キノコは菌類である。菌類は菌類として生物界の第3のカテゴリーなのである。ただ、今のところ、種数でいうとまだまだ動植物には及ばない(注3)
 生物学界では20世紀後半以来、カビやキノコなどの菌類は「植物界」から分離独立した「菌界」として認識されている(注4)。これはもうエキゾチックで魅力ある世界なのだが、ここでは詳しく述べない。その代わり、植物と動物の違い、いや、同一性について述べてみたい。


 私たち人間を含む動物とは、“動く生き物"である。
 なぜ動くのか、それは“食べる"ためであり、また、“食べられない"ため、つまり、捕食から逃避するためである。いずれにせよ、動物は“食べる生き物"というのが根本的な考え方であろう。
 すると、植物は“食べない生き物"ということになる。植物は光合成により栄養を自給自足するから、食べるために動く(移動する)必要がない。移動する代わりに、同じ場所で茎を伸ばして葉を広げる。
 では、動物が動物である理由、――すなわち“食べる"ことを中心にして、動物のことから考えてみよう。特に動物の起源について。
 ただし、ここで一口に動物と言っても、ゾウリムシやアメーバのような単細胞の動物――原生動物――は除外しよう。原生動物は「プロトゾア界」(注4)なので、動物界からいったん切り離すことにする。
 ここでは、われわれ人間を含む「多細胞動物」――専門的には「後生動物」――を、単に“動物"と呼ぶことにする。
 さて、動物の起源は、おそらく海綿(カイメン)のようなものだったと考えられている。カイメンはいま生きている動物のなかで“体のつくり"あるいは「体制」(ボディ・プラン)がもっとも単純だから、たぶん起源生物に近いだろうという考えだ。
 カイメンは、大した器官がないくせに、襟<えり>細胞という特徴的な細胞がある。この細胞には一本のムチ(鞭)のような鞭毛と、その付け根をエリ(襟)のように囲む微毛列がある。
 エリ細胞は、カイメン内部の“胃腔"という空洞の壁にあって、鞭毛(べんもう)で水流を起こしては、プランクトンなどの微粒子を“エリ"の部分で捕食する。
 実は、このエリ細胞によく似た生物がいる。それは「襟鞭毛虫(えりべんもうちゅう)」という単細胞生物である。これは単細胞であるが、しばしば多くの単細胞が集まって「群体」をつくる。
 その群体は、またバラバラになる。が、いつも群体でいることが恒常的になったものを想定すると、それがカイメン的な動物の祖先になったと考えられる。
 そういう見た目の類似性とともに、分子生物学的な類似性もある。襟鞭毛虫とカイメンは、遺伝情報(ゲノム情報)に類似点が多いのだ。遺伝情報という客観的なデータを見ても、襟鞭毛虫がカイメン、いや、動物界全体の祖先であることを示している。
 一方、化石記録はどうだろう。これまで最古の動物化石といえば、約5億8500年前の「エディアカラ生物群」だった。最古のカイメンの化石もある。しかし、これは“真の最古"ではない。
 なんと6億3500万年前の地層から、フツウカイメン(普通海綿)が持つ特異的な化学物質が見つかったのだ。ということはつまり、少なくともこの時代にカイメンがいたことになる。今のところ、これが“真の最古"の動物界の記録である。もっとも“生化学的な化石"の記録ではあるが(注5)
 カイメンは、“動物界の祖先"にいちばん近い系統である。が、しかし、それは必ずしも“本家"の家系であることを意味しない。むしろ、カイメンは分家あるいは傍流である。カイメン家から出た別の家系のほうが、動物界の本家になったのだ。
 それが、左右対称――専門的には左右相称という――の「バイラテラル動物」だ。左右相称の体制(ボディ・プラン)の動物が、現在に至るまで動物界の主流であることは、見ての通りだ。
 左右対称のバイラテラルなら、体の真ん中に左右の中心軸(折り返し線)がある。
 そんな生物が動くとしたら、それは左右に(横に)動くだろうか? むしろ、中心軸に沿って(縦に)動くだろう。すると、中心軸に沿って、進行方向が前、その反対側は後になる。
 このバイラテラルの生物も、初めのうちは、海中を泳ぐより、海底に横たわっていただろう。そのほうが楽だからだ。すると、“海底に接する側"と“その反対側"ができる。腹と背である。
 こうして、ボディ・プランのないカイメンから、左右・前後・腹背のあるバイラテラル動物の原型ができた(注6)。それはすべて“動いて食べる"ためである。
 移動する前方の穴から食べ物を取り入れ、後方の穴から排泄物を出して置き去りにする。前後の穴をつなぐのが消化管だ。これが動物の体であり、起源である。
 動き方は様々だ。体全体が伸び縮みしてもいいし、一部が伸び縮みしてもいいし、たくさんの体節をクネクネさせてもいいし、関節を曲げ伸ばししてもいい。その多様性こそ、動物のボディ・プランの多様性である。
 このボディ・プランの多様性こそ、動物界における大きなグループ分けである“門"の多様性である。つまり、ひとつのボディ・プランがひとつの門に対応しているとも言えるのだ。
 私たちヒトは「脊索動物門」に属する。この門には“背骨と筋肉で動く"「脊椎動物」グループ(哺乳類・鳥類・爬虫類・両生類・魚類)と、“別のグループ"がある。別グループの代表格は、なんとホヤだ。あの、酒の肴にするホヤだ。
 人間とホヤが同じボディ・プランであり、同じ共通祖先を持つとは意外だが、現代生物学はそう教えるのである(注7)
 まあ、ヒトでもホヤでも“ものを食べる"という点ではどうせ同じだ。が、ヒトがホヤを食べることはあっても、ホヤがヒトを食べることはない、その点は幸せである(私はホヤに襲われる夢をみたことがあるから)。


 さあ、植物の番だ。
 まず、ここでは、動物を「後生動物」に限ったように、植物は「陸上植物」に限りたい。陸上植物とは、超簡潔にいえば“緑色藻類が陸上で進化したもの"である。現生のシャジクモ(車軸藻)がその祖先藻類に近いと考えられている(注8)
 植物も藻類も、自然界では太陽の光を浴びて光合成し、栄養を自給自足するので、“食べない生き物"として存在できる。
 ただし、この光合成は細胞内に共生した「葉緑体」との共同作業である。葉緑体はもともと、真核細胞に入って共生した“オリジナル光合成生物"の末裔である。
 その“オリジナル光合成生物"は、まさに葉緑体の祖先である。それはおそらく原核生物(バクテリア界)の「シアノバクテリア」だろうと考えられている。
 一方、シアノバクテリアに侵入された側の真核細胞は何だったのか。いや、受動的に侵入されたのか、それとも、積極的にシアノバクテリアを“食べて"自分の一部にしたのかは、わからない。もし後者なら、シアノバクテリアを究極の“食べもの工房"として取り込んだのか。それは「ハテナ」という生物にヒントがありそうだ。
 ハテナというのは、れっきとした学名である。その代表種はハテナ・アレニコラという。アレニコラは「砂の中にすむ」というラテン語だが、ハテナは「不思議」という意図で命名したらしい。何が不思議なのか説明しよう。
 ハテナは「クロミスタ界」(注4)に属する単細胞の原生生物である。もともとは葉緑体を持っていなかったはずだが、自然に生息する個体のほとんどは葉緑体を持っている。ハテナの場合は、他の藻類を“食べて"葉緑体をゲットしたものである。
 つまり、ハテナは、動物のように他の生物を“食べる生き物"である。その意味で動物的である。たまたま相性のいい藻類を食べると、それが持っていた葉緑体を自分のものにしてしまう。これを「盗葉緑体現象」という(注9)
 面白いというか不思議なのは、これが二分裂するとき、一方は葉緑体を継承して“緑のハテナ"のままだが、他方は継承せず“白いハテナ"になってしまうことだ(注10)。白いハテナは素に戻って他の生物を“食べる"、そして、運が良ければまた葉緑体をゲットする。
 ハテナは鞭毛が2本ある単細胞生物なので、簡単にいえば鞭毛藻(べんもうそう)あるいは鞭毛虫(べんもうちゅう)だ。これを突き詰めると、二分裂した後の“緑のハテナ"は鞭毛藻、“白いハテナ"は鞭毛虫として、昔ならそれぞれ植物図鑑と動物図鑑に分けて載せられただろう。
 そんな「植物図鑑か?動物図鑑か?」問題は、実際に「ミドリムシ」(ユーグレナ)にあった。ミドリムシは、ハテナと同様に「クロミスタ界」(注4)に属する単細胞の原生生物だが、伝統的に《植物図鑑》に載っていた。
 ミドリムシの緑色はもちろん葉緑体の色だが、なんと、葉緑体を失った“白いミドリムシ"と目される生物がいるのだ。それは「アスターシア」という鞭毛虫で、伝統的に《動物図鑑》に載っていた。
 しかし、アスターシアの遺伝子を調べると、そのままミドリムシと言ってよいほど、ミドリムシに近縁である。したがって、誰もその瞬間を目撃した者はいないにもかかわらず、ミドリムシが葉緑体を失ってアスターシアになったと目されているのだ。
 あるいは、逆に、アスターシアが何らかの方法で(おそらく他の藻類を食べて)葉緑体をゲットしたのがミドリムシになったのかもしれない。
 いずれにせよ、ミドリムシは、ハテナと似ているが、ハテナより有名で、今では栄養補助食品として市販されているほどだ(注11)
 このように、葉緑体はいろいろな生物に“食べて"ゲットされるし、いろいろな生物間で“やり取り"される。
 極論すれば、葉緑体を持っている生き物が“暫定的な植物"で、それを暫定的でなく安定的・固定的に保ち続けて陸上進出を果たしたのが“陸上植物"であるとい言えるだろう。
 つまり、植物とは、葉緑体を食べてゲットし、それを自分の一部にしてしまったものである。葉緑体が栄養をつくってくれるから、自分はもう何もしなくていい。せいぜい光によく当たるよう茎を伸ばして葉を広げるだけだ。
 そう考えると「植物は食べるのをやめた動物だ」と思えてくる。そして、ここに来てついに、植物と動物の同一性が見えてきた。植物は、シアノバクテリアを究極の“食べもの工房"として自分の一部にしただけなのだ。
 動物はあいかわらず 動いて食べ、食べるために動く。しかし、 動かずとも食べる方策を得て、食べるために動かなくてもよくなったのが植物。動物には知能が発達したが、本当のところは植物のほうが“食べる"ことに関して賢いのかもしれない。


(注1)「植物と自然」はニュー・サイエンス社が出版していた月刊誌で、1967年創刊、1986年に廃刊になった。私の文章は2編が掲載された。「毒キノコと文化」は 18巻14号 23-25頁(1984年)、そして、「植物における生物リズム」は19巻5号22-26号(1985年)である。この雑誌はこの後、廃刊になったことになる。
ちなみに、ニュー・サイエンス社は「動物と自然」という月刊誌も出版していたが、こちらも1986年に廃刊となった。しかし、同社発行の月刊誌「昆虫と自然」は現在もなお刊行中である。ムシ人気が根強いことがわかる。
(注3)ごく大まかな生物の種数でいうと、植物界は約30万種、動物界は160万種、菌類は10万種くらいが命名・記載されているらしい。ざっと200万種である。これに他の“界"の生物を加え、さらに究極的にすべての未記載種が記載された暁には約1億種になると考えられている。
(注4)「界」は生物分類における上位概念で、その下に門・綱・目・科・属・種などの分類グループがある。分類学の祖であるアリストテレスやリンネらは植物界と動物界の「2界説」を唱えた。
 顕微鏡の発達により、ヘッケルはいわゆる微生物をまとめて原生生物界(プロティスタ界)とした「3界説」を提唱した。
 その後、細胞核を持つ真核生物と持たない微生物(原核生物)をそれぞれ界より上位の“帝"とする「2帝説」が出されたが、これではあまりにざっくりし過ぎている。やはり“界"くらいでの分類が好まれるし、私もそうだ。
 さて、三界説の原生生物界から原核生物を「モネラ界」として独立させた「4界説」、さらにカビやキノコなどの菌類も「菌界」として独立させた「5界説」が提唱され、これがしばらくはこれが中心的な学説として流布した。
 ところが、分子生物学の発展により、具体的には遺伝子情報の蓄積により、1990年、“界"より上位の分類単位として「ドメイン」を置き、全生物を真正細菌(バクテリア)、古細菌(アーキア)、真核生物(ユーカリア)のどれかに分類とする「3ドメイン説」が提唱された。これは、ゲノム情報に基づくものなので、系統分類と系統進化の両方に関わる有力な分類法である。
 さらに最近では、真正細菌ドメインと古細菌ドメインをまとめて「真正細菌界」(バクテリア界)に再編し、かつ、原生生物界を「原生動物界」(プロトゾア界)と「クロミスタ界」に分割した「6界説」も提唱されている。つまり、バクテリア界、プロトゾア界、クロミスタ界、植物界、菌界、動物界の6界である。
 現代の生物分類学における旗手は英国オックスフォード大学のトーマス・キャヴァリエ=スミス教授だ。生物分類学のノーベル賞といわれる「国際生物学賞」(日本学術振興会)の2004年度受賞者でもある。
 彼の最新版は従来よりずっと過激で、すべての真核生物(ユーカリア)を生殖における遊走細胞の鞭毛が1本(ユニコンタ)か2本(バイコンタ)かで分けてしまった。たとえば、人間の遊走細胞は精子だが、それは1本鞭毛である。大まかにいうと、菌類と動物はユニコンタで、藻類と植物はバイコンタである。
 このような大再編や大改編は今後もしばらく続くと思われる。
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教科書には絶対載らない!“超訳”科学の言葉

長沼毅(ながぬま・たけし)

1961年生まれ。筑波大学大学院生物科学研究科卒業。現在、広島大学准教授。

専門は、生物海洋学、微生物生態学、極地・辺境等の過酷環境に生存する生物の探索調査。

酒ビン片手に、南極・北極から、火山、砂漠、深海、地底など、地球の辺境を放浪する、自称「吟遊科学者」。学名:カガクカイ・インディ・ジョーンズ・モドキ、あるいは、ホモ・エブリウス(Homo ebrius)「酔っ払ったヒト」。好きな言葉は「酔生夢死」。

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