Webマガジン幻冬舎|長沼毅 “超訳”科学の言葉

#18 永遠

「永遠とは、『宇宙の将来』である」!?

 ある高校で講演をした後、「講演の内容とは関係ないのですが」と生徒さんが寄ってきて「永遠って何ですが」と質問された。私は思うところがあって、「宇宙の将来です」と答えた。その生徒さんは目をパチクリさせたので、私は自分の考えるところを説明した。
 永遠とは何ぞや。ひとつの答えは、「時間の流れがないこと」になるだろうか。これは「変化のない状態」ということもできる。なぜなら、時間の流れは「変化」で認識されるからだ。

 たとえば「運動」は位置の変化である(変位ともいう)。だから、動かないもの、たとえば巌(いわお)のごとく(注1)、ず〜っと不動のまま存在するものがあったら、それは永遠を感じさせてくれる。
 その一方、位置が変わらず不動であっても、その場で回転しているものはどう考えるか。回転も運動(変位)のうちに入るから永遠っぽくない? いや、たとえば“永遠に回り続けるコマ"というのを想像できるので、“その場で回転"もまた永遠としてあり得ると思う。

 あるいは、同じ位置にあっても状態が変化することがある。灯台や点滅信号がそうだ。光が点いたり消えたりするのは状態変化である。光のほかに色でもよいだろう。青くなったり赤くなったり。
 光がず〜っと明滅を繰り返したり、色がず〜っと変わり続けたりしたら、それもまたひとつの永遠のカタチであるような気がする。

 コマのような回転運動には永遠性を感じることができる。では、直線運動はどうか。ただ車が走るのでは永遠性を感じないが、ロケットが宇宙をどこまでもず〜っと飛びつづるなら、永遠性を感じるような気がしてくる。
 ロケットが飛ぶといっても、最初にドカンとエンジンを吹かしたら、あとは惰性で飛ぶ慣性飛行もあるだろうし、あるいは、弱いながらもず〜っとエンジンを吹かしつづける加速飛行もあるだろう(注2)。いずれにせよ、宇宙を飛びつづけるロケットには永遠性を感じる。

 となると、なんだ、それなら動いても動かなくても同じじゃないかと思えてくる。たしかに教科書的には“永遠と不変性"は表裏一体のように説かれているが、仮に不変じゃない、つまり変化しても、その変化のしかたが一定なら、それもまた永遠かと。
 変化のしかたが一定? 変化のしかたは数学の「微分」でわかる。いや、“微分"というと敬遠されそうだから、英語で「デリバティブ」と言っておこう。いわゆる増加率や減少率(まとめて変化率)、あるいは成長率だと思えばよい。いずれも、その時その時の瞬間的な数字である。

 ある経済紙で某社の「純利益の成長率が鈍った」という記事を読んで、私はひっくり返った。純益があるのだから企業としては成功のはず。でも、純益の“増加率の鈍化"が問題視されるとは。鈍化したっていいじゃないか、どうせ黒字なんだから、と私は思ったのだ。
 あれは「デリバティブ」という“金融商品"に合わせた記事だったのだろう(注3)。それにしても“増加率の鈍化"すなわち“成長率の成長率"を問題視する心根は、財テク(財務テクノロジー)の病のようである。「デリバティブのデリバティブ」など、瞬間のこれまた瞬間の話である。それで長期的な先物取引への投機を云々するのだから、やはり病んでいる。
 これは数学的には“微分の微分"、すなわち二階微分である。二階ということは、やれば三階でも何階でもできるということだ。私はずばり予想する、財テク界ではそのうち「純益の増加率の成長率」(三階微分)などという超マニアックな指標も取り沙汰されるであろうと。

 このようなマネー絡みのことに私は永遠性を感じられない。つまり、単なる変化までは良いとして、“変化の変化"すなわち変化率(デリバティブ)が出てくると、もう永遠っぽくないのである。

 静止状態はデリバティブが0(ゼロ)である。単なる直線運動(等速直線運動)もデリバティブはゼロである。もし加速運動なら、加速度(=速度の変化率)がデリバティブに相当するが、加速度が一定なら、これにも永遠性を感じられる。
 たとえば、自由落下(フリーフォール)すると落下速度がどんどん速くなるが、それは毎秒9.8 m/sずつ一定の値で、速度が速くなるような増え方である(注4)
 つまり、変化率(デリバティブ)がゼロなら不変・不動ということで永遠性があり、仮に変化するとしても変化率が一定なら、それにも永遠性を感じられるということだ。

 さて、件(くだん)の高校生の「永遠とは何か」に対する私の答は、そんなに難しいものではなかった。私の答えはシンプルに「宇宙の将来に永遠がある」というものだった。何も考えなくても、ただじっとしているだけで、この宇宙に永遠が訪れるのである。
 と言っても何のことか分からないだろう。私がその高校生に説明したのは「何も起こらないことが永遠であり、宇宙の将来はそうなる」ということである。それをここに繰り返そう。

 永遠の本質は“動かない"でもなく“変化しない"でもないことは上に述べた。私が本当に永遠性を感じるのは“何も起こらない"ことである。
 何かが起こることを「反応」とか「相互作用」という。ふたつかそれ以上のものが出会えば、それらの間には引力あるいは反発力(斥力)がはたらいて、合わさって別のものになったり、お互いに押し引きして相手の進路を曲げたりする。
 そういう反応や相互作用があるところ、すなわち、何かが起こるところに、私は躍動感を覚える。が、逆に言うと、永遠性は感じない。

 永遠性を感じるのは反応も相互作用もないところ、すなわち、ふたつかそれ以上のものが出会わないところである。それは誰にも、何にも出会うことのない寂しい世界である。

 問題は、宇宙の将来がそんな寂しい世界になるのかということだ。私は決してそうなって欲しくはないのだが、現代の宇宙論はそうなることを強く予感させるのである。では、そんな悲観的な宇宙論とはどんなものなのか、観てみよう。
 まず、これから説明することはSFではなく、現実のサイエンスである。科学的な観測事実と考察に裏付けられたハード・サイエンスだ。それは「加速膨張」する宇宙のことである。

 この宇宙は今から137億年前に「無から有」がポロリと転げ出るように極微小の存在として生じ、大膨張(インフレーション)とそれに続くビッグバンで大きくなったと考えられているのは御存知のとおり。
 ちょっと前まで、宇宙の膨張は、時とともにだんだん減速していつか止まるだろう、もしかすると、その後は収縮に転じて、宇宙は最初の超高温・超高密度の極微小な“火の玉"に戻るだろうと考えられていた。これを「ビッグクランチ説」という。

 ところが、1998年に行われた「Ia型超新星」の観測により、宇宙の膨張は減速するどころか、加速していることがわかった。この常識を覆す発見に関わった3名に対して2011年のノーベル物理学賞が贈られた。
 膨張が加速する? これは最初のインフレーションの後、「第2のインフレーション」があったことを示している。しかも、それはおそらく宇宙誕生から約100億年、今から約40億年前に起こったとも考えられている(注5)
 この宇宙は今でも膨張していて、しかも、昨日よりも今日、今日よりも明日と、どんどん速く膨張している。つまり、宇宙における物質の密度はどんどん薄くなっている。

 物質の密度といったが、物質にも2種類ある。私たちが知っている(私たちに見える)物質と、私たちがまだ知らない(私たちに見えない)物質で、「暗黒物質」あるいは「ダークマター」と呼ばれている。
 未知で見えないダークマターだが、“在る"ことは確からしい。なぜなら、その存在を仮定しないと、この銀河系や宇宙の成り立ちを説明できないからだ(注6)
 同様に未知で見えないものに「暗黒エネルギー」あるいは「ダークエネルギー」がある。これは宇宙が加速膨張するのを説明するのに必要なものである。
 つまり、ダークマターもダークエネルギーも、理論的に導出されたものではなく、宇宙の成り立ちや加速膨張を説明するために編み出された新概念なのである(注7)

 しかも、この宇宙を成り立たせているのは、ダークエネルギーが74%、ダークマターが22%で、私たちが知っている(私たちに見える物質)はたったの4%しかないという。人間の最高の知が到達した境地というのは「宇宙の96%は未知」という諦観にも似た世界観である。
 そして、その世界観によると、宇宙の物質の密度はどんどん薄くなり、やがて物質同士の出会いも少なくなる。やがて、まったく出会いのないほど薄まり、何の反応も相互作用もなくなってしまう(注8)。何も起きない、何も生じない、本当の「永遠」が始まる。そうなってもなお宇宙は膨張を続けるのだろうか。


(注1)キリストは一番弟子のシモン(サイモン)にペトロ(ペテロ)というニックネームを与え、「私はこの岩の上に私の教会を建てる」と言った。カトリックにおける初代ローマ教皇・聖ペトロである。彼には巌のような不動の信仰心があったからだろう。そもそも、ペトロという名前が「いわお」(巌、岩男)である。peteroはギリシア語で「岩石」の意味で、たとえば石油は英語でペトロリウムpeteroleumという。ペトロはキリスト教圏ではもっとも人気のある名前で、ピーター(英語)、ペーター(独語)、ペドロ(スペイン語・ポルトガル語)、ピエトロ(イタリア語)、ピョートル(露語・ポーランド語)、ピエール(仏語)などの人名がある。これに関連して『ピーターとペーターの狭間で』(青山南著、ちくま文庫)がある。
(注2)ずっと同じ調子で加速することを「定率加速」あるいは「定加速」という。ロケットを定率加速航法で飛ばせば、時間さえ掛ければいつかは必ず光速に近づくほど高速になる。もちろん燃料にはキリがあるので、積み込んだ燃料ではなく、外部から加速源(推進力源)を得る必要がある。太陽系内なら太陽風(太陽からのプラズマ粒子流)を使えるが、光速に近づく前に太陽系から出てしまうだろう。宇宙のどこでも手に入る適当な推進力源さえあれば良いのだが、今のところ、それは見つかっていない。しかし、SFのネタとしてはよく使われている。
(注3)金融商品(あるいは金融派生商品ともいう)としての「デリバティブ」は、私には複雑怪奇なので、ここでは触れない。ここでいうデリバティブはあくまでも数学の(しかも数学にしてはとてもシンプルな)微分のことにとどめる。
(注4)地球上での自由落下時の加速度を「重力加速度」といい、それは9.8 m/s2である(sは2乗で“毎秒毎秒"とよむ)。これを加速度の単位として“1 G(ジー)"と呼ぶこともある。遊園地のジェットコースターで“Gがかかる"などと言ったりするが、Gは正式な単位として認められていない。加速度の単位にはガリレオ・ガリレイにちなんだ “ガル"(Gal)というのもある。1ガル=0.01 m/s2である(重力加速度は980ガルになる)。これは日本では計量法という法律により、地震による振動加速度などに限って使ってよいことになっている。
(注5)なぜ「第2のインフレーション」が今から約40億年前に起きたのか。それは私たちの存在そのものに関わる問題である。もしもっと早く起きていたら、星々を生みだす原始ガス星雲はできず、星々が輝くことはなかっただろう。私たちがいる“この宇宙"では「第2のインフレーション」が起きるのが早過ぎず、実にうまいタイミングで起きたように見える。
 約40億年前、地球に生命が誕生した。この宇宙で少なくとも地球という天体に生命が誕生した、それを見計らったかのように絶妙のタイミングで「第2のインフレーション」が起きたのだ。このことを「偶然性問題」という。
 私たちの体をつくる炭素や窒素や酸素などの元素は輝く星々の内部で合成されるので(恒星内元素合成)、もし星が輝かない宇宙だとしたら、私たちの体をつくる材料すらない、無生命の世界になる。幸いにして“この宇宙"はそうではなかったが、たぶん“そういう無生命の宇宙"もあったのだろう。ここでは、宇宙=ユニバース(universes=uniひとつ+verse回るもの)ではなく、他宇宙=マルチバース(multiverse=multiたくさん+verse)ということが前提である。
 偶然性問題を逆に考えると、私たちが存在するという事実は、“この宇宙"が生命体を持てるだけの元素合成を行い、それができるだけの星が輝いた、つまり、少なくとも地球という天体に生命が誕生した頃、絶妙のタイミングで「第2のインフレーション」が起きたということになる。「私たちが存在するのは、この宇宙がそのようになっているから」という自己チューの極限みたいなことになる。こういう考え方を「人間原理」という。
(注6)渦巻き銀河の回転を考えたとき、(私たちの太陽系の惑星がそうであるように)中心部ほど速く回り、端っこほどゆっくり回ることが予想される。しかし、観測事実は、どこでも同じ速度で回っている。この予想と事実の矛盾を「銀河の回転曲線問題」という。ダークマターの存在を仮定して新たに予想すると観測事実と一致する。
 また、この宇宙に銀河系は均一に分布しているのではなく、銀河系が集まっている領域とほとんどない領域のような濃淡があり、これを「宇宙の大規模構造」(宇宙の泡構造)という。ダークマターなしにこの構造をつくると宇宙の年齢(約137億年)では足りないが、ダークマターの存在を仮定するとうまく説明できる。
(注7)アインシュタインは一般相対性理論の「重力場の方程式」(1916)に「宇宙項」というものを後から付け加えた(1917)。もし、宇宙項がないと宇宙は重力で収縮してしまうから、つじつま合わせのために、反重力を表すものとして宇宙項を想定したのである。しかし、アインシュタインはこれを後に「わが人生で最大の過ち」と悔いた。ところが、これは過ちどころか、宇宙項の係数である「宇宙定数」Λ(ラムダ)こそ、宇宙の加速膨張を引き起こすダークエネルギーであることがわかった。つまり、ダークエネルギーは古くて新しいのである。
(注8)宇宙の加速膨張が物質同士にはたらく「重力の結びつき」までは断たないなら、個々の太陽系や銀河系は生き残り、まだ物質同士の反応や相互作用はあり得るという説もある。しかし、もし、加速膨張が重力のつながりをも断ち切るほどに支配的になれば、地球も太陽も銀河系も引きちぎられ、物質も電子や陽子や中性子までバラバラにされてしまい、もはや出会うことはなくなる。これを「ビッグリップ」Big Ripという。
 英語のripには「引き裂く」という意味があるほか、R.I.P.(rest in peace、ラテン語でrequiescat in pace)には「御逝去」、「御冥福を祈る」などの意味がある。ここでは「宇宙の大冥福」という感じか。
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教科書には絶対載らない!“超訳”科学の言葉

長沼毅(ながぬま・たけし)

1961年生まれ。筑波大学大学院生物科学研究科卒業。現在、広島大学准教授。

専門は、生物海洋学、微生物生態学、極地・辺境等の過酷環境に生存する生物の探索調査。

酒ビン片手に、南極・北極から、火山、砂漠、深海、地底など、地球の辺境を放浪する、自称「吟遊科学者」。学名:カガクカイ・インディ・ジョーンズ・モドキ、あるいは、ホモ・エブリウス(Homo ebrius)「酔っ払ったヒト」。好きな言葉は「酔生夢死」。

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