Webマガジン幻冬舎|長沼毅 “超訳”科学の言葉

#19 オイル革命

微生物によるバイオオイルが、
世界のエネルギー事情を変える!?

 このところ「シェール革命」という言葉が景気よく喧伝されている。シェールshaleとは頁岩(けつがん)という岩石のことだ。地質屋(地質学者)は、岩石をみるとハンマーで叩きたがるのだが、叩いて岩が割れるとき、本の頁(ページ)のように岩の薄層が剥がれるような岩石を「頁岩」という。もともとは海底に泥が水平に堆積し、それが地層となって押し固まってできた岩石だ(注1)

 頁岩といえば、化石屋(古生物学者)は、カナダのバージェス頁岩累層という地層を思い出すだろう。そこで発見された化石群が生物進化の大発見となったからだ。
 その地層の時代は、今から5億4000万年前のカンブリア紀。このとき、「カンブリアの大爆発」と呼ばれる生物多様性の大進化が起きたのだ。それこそ、人間の想像力を超えるほど奇妙な形の生物たちが、まさに百花繚乱と出現した。しかし、その多くは絶滅し、頁岩の隙間に在りし日の姿を刻印したのみである。

 ところが、昨今の頁岩ブームはそんなセンチメンタルではない。もっとダイナミックで、もっとエコノミックだ。
 頁岩の隙間に眠っている化石ではなく、化石燃料が欲しいというのが、昨今のブームの因である。つまりガスと油(オイル)だ。しかし、頁岩は粒子が細かい泥岩なので、粒子が大きい砂岩に比べると、空隙率と浸透性が低い。これはある問題を引き起こす。ガスもオイルも移動しにくい=採掘しにくいという問題である。

 伝統的なガス田や油田の地層(石油貯留層)は、砂岩か石灰岩でできている。それらの岩石の空隙や割れ目に、ガスやオイルが胚胎されているのだが、これは、いったん孔を開ければ自噴するか、自噴しなくても採掘するのは比較的に容易だ。
 これまでは、そういう“採りやすい"ガスやオイルが採られてきたということである。ところが、その採掘量や埋蔵量にも限界がちらちら見えてきている。

 伝統的な“在来型"のガス田や油田だけでなく、頁岩層に“非在来型"のガスやオイルがあることは、昔から知られていた。“採りにくい"から採られてこなかっただけのことである。
 例外的に採りやすい部分はあったが(注2)、やはり本質的には採りにくい。頁岩層にしっかりタイトに埋蔵されているから「タイトガス」、「タイトオイル」などと呼ばれることもある。

 タイトなものをどうやって採るのか。そこが昨今のシェール革命の肝である。
 注目されているのが、「水圧破砕法」という古くて新しい方法だ(注3)。岩石中の割れ目など弱い部分に高圧で水を送り込んで、割れ目を強引に押し広げる方法である。水といっても、実際には水と砂を約9:1で混ぜた「スラリー」という泥水に化学薬品を少々添加したものが使われている。この“化学薬品"の部分に、新しい知見(つまり知的財産=特許)があり、シェール革命を進めている。
 そして、もうひとつ、水圧破砕法を水平的に行うことも、また技術的なイノベーションである。というのも、上から下に向って力をかけることは容易であるが、地底において水平に破砕を行うのは、非常に難度が高いからである。頁岩は泥が水平的に堆積した地層なので、頁と頁の隙間(層理)は水平方向に延びている。ならば、高水圧のスラリーを(伝統的な縦孔を掘って)縦に送入するより、(水平掘削という難しい方法で)水平に圧入したほうが層理を“より遠くまで、より大きく"破砕することができる。

 これらの技術革新により、アメリカの景気はシェール革命に湧いている。今でこそアメリカは天然ガスも石油も“輸入国"であるが、今後は輸入に頼らず自給自足ができるようになり、いずれ近い将来には“輸出国"に転じる可能性すらある。そうなったら、世界のパワーバランスが大きく変わることは間違いない。
 日本への影響を考えると、たとえば、いまアメリカの第5艦隊の去就がある。あの湾岸戦争(1990-1991)のとき、アメリカにはこの地域を担当する艦隊がなかったことから、1995年に中東担当として編成されたのが第5艦隊だ。いまでこそ「対テロ」の役割もあるが、第一の使命はやはり中東産油国をめぐる危機の排除である。しかし、アメリカの中東依存がなくなったら、もはや第5艦隊を置く必要はないと判断されるかもしれない。
 これまで、石油タンカーの航路(シーレーン)において“お目付け"のような存在だった第5艦隊が撤退するようなことがあったら、日本は自力でシーレーン防衛するのだろうか。あるいは、第5艦隊にお金を払っても居続けてもらうのだろうか。これでは何か“みかじめ料"のような気がしないでもないが。

 そんな“みかじめ料"を払わずにすむ日が来るかもしれない。つまり、日本がガスやオイルを自給自足できる可能性があるということだ。いくつか有望な可能性があるが、ここでは微生物由来のバイオオイルという“非在来型"オイルについて紹介しよう。

 バイオオイルをつくる微生物として今いちばん有名なのは、オーランチオキトリウムAurantiochytriumだろう。これはよく“石油をつくる藻"といわれるが、いわゆる“藻"ではない。藻は光合成により独立栄養を営む(栄養を自給自足する)のに対し、オーランチオキトリウムは光合成をせず、有機物を“食べて"栄養にするような従属栄養生物だ(注4)
 バイオオイルをつくるオーランチオキトリウムのうち、2010年に筑波大学の渡邉信(わたなべまこと)教授らが沖縄のマングローブ林から発見した「18W-13a株」が、きわめて有望そうである。18W-13a株は、スクアレンという炭化水素(オイル)を高効率で生産することができるからだ。これは、次に紹介する“石油をつくる藻"より十倍くらい高いバイオオイル生産能とのこと。このため、オーランチオキトリウムによるオイル生産コストは、原油の1リットル百円に匹敵するか、それより安くなる可能性があるらしい。
 こうなると、オーランチオキトリウムはまさに日本のバイオオイル生産のエースではないか。国際政治の裏側を描く漫画「ゴルゴ13」で「ミクロの油田」として取り上げられたのも頷ける(注5)
 ただ、オーランチオキトリウムは光合成をしないから、栄養(有機物)を与えるのにコストが掛かるという見方もある。しかし、私たちの生活から出る残飯や不利用・低利用の有機物、そして、未利用の有機物など幾らでもある。いわゆるゴミの有効活用もできて来るべき循環型社会にうってつけのようにも思えるが、それは私の買いかぶり過ぎか。

“石油をつくる藻"といわれるのは、ボツリオコックス・ブラウニーBotryococcus brauniiという単細胞の藻(緑藻)だ。これが生産するオイルの主成分は「ボツリオコッセン」と呼ばれる炭化水素で、これを原料としてオクタン(ガソリン)やケロシンなどの燃料がつくられる。これは必ずしも日本オリジナルのバイオ“オイル"テクノロジーではなかった。
 しかし、バイオテクノロジーそのものは日本のお家芸である。ボツリオコックスの中からオイル生産能の高いものを選抜しつづけた結果、もともとのボツリオコックスより約千倍もオイル生産性が高い「榎本藻」(えのもとも)が得られたのである。
 これを開発したのは神戸大学のベンチャー企業(有)ジーン・アンド・ジーンテクノロジー。ここに(株)ネオ・モルガン研究所と(株)IHI(旧・石川島播磨重工業株式会社)が加わって、2011 年、新会社「IHI NeoG Algae 合同会社」が設立された。
 今のところ、榎本藻オイルの生産コストは1リットル当たり千円で、原油1リットル当たり約百円にはまだ遠い。しかし、榎本藻オイルの生産コストが下がり、原油価格が高騰すれば、あとは経済原則のままに榎本藻オイルの実用化もあり得るだろう。それはひとつの「革命」である。

 オーランチオキトリウムと榎本藻、この二つの微生物によるバイオオイルが、日本のエネルギー事情を、いや、世界のエネルギー事情を変えるかもしれない。そして、最初に述べたアメリカのシェール革命もある。
 ということは、もう在来型の石油ばかりに頼らない、非在来型の炭化水素に依存するように文明が転換するかもしれないのだ。これを以って「オイル革命」前夜だと感ぜずにはいられない。ニューディールならぬニューオイルの時代が来る?!


(注1)岩石や鉱物が特定の方向に割れることを劈開(へきかい)という。鉱物なら結晶構造による割れやすさがあり、頁岩のような堆積岩なら堆積した土砂と土砂の層間(層理)に沿って割れやすくなる。
(注2)本来ならガスやオイルを採りにくい頁岩層でも、たまに“採りやすい"ガスやオイルがあった場合、それを、古い意味、かつ、狭義のシェールガス、シェールオイルといった。いま巷間で喧伝されている、現代版のシェールガスやシェールオイルは「本来は採りにくかったが最近の技術革新で採れるようになった頁岩層のガス・オイル(タイトガス・タイトオイル)、または、タイトガスから化学的に合成したオイル」のことである。
(注3)水圧破砕法は英語でinduced hydraulic fracturingというが、短縮してhydro-fracturingといわれるようになり、さらに短縮して「ハイドロフラッキング」hydro-fracing(あるいはhydro-fraccing、hydro-frackingなど)と呼ばれるようになった。
(注4)オーランチオキトリウムは原生生物のひとつである。最近の生物分類学では大改編が続いていて、分かりやすく定まった日本語の専門用語がまだできていない。それでカタカナを使っているのだが、オーランチオキトリウムの最新の分類の一例をいうと、クロムアルベオラータ界(クロミアスタ“界より下、亜界より上")、ストラメノパイル亜界、ヘテロコンタ門、ラビリンチュラ綱、ヤブレツボカビ目、ヤブレツボカビ科、オーランチオキトリウム属になる。ただし、これはあくまでも分類の考え方の一例である。
 オーランチオキトリウムの上位グループに“ヤブレツボカビ"とあるが、これはいわゆる“ツボカビ"とはまったく異なる。ツボカビといえばカエルの感染症(カエルツボカビ症)だが、この原因となるツボカビは菌界ツボカビ門に属する。
(注5)小学館のコミック誌「ビッグコミック」の連載漫画「ゴルゴ13」において、2011年11月に第517話「ミクロの油田」というタイトルで前・中・後編が掲載された。
Webマガジン幻冬舎
教科書には絶対載らない!“超訳”科学の言葉

長沼毅(ながぬま・たけし)

1961年生まれ。筑波大学大学院生物科学研究科卒業。現在、広島大学准教授。

専門は、生物海洋学、微生物生態学、極地・辺境等の過酷環境に生存する生物の探索調査。

酒ビン片手に、南極・北極から、火山、砂漠、深海、地底など、地球の辺境を放浪する、自称「吟遊科学者」。学名:カガクカイ・インディ・ジョーンズ・モドキ、あるいは、ホモ・エブリウス(Homo ebrius)「酔っ払ったヒト」。好きな言葉は「酔生夢死」。

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