Webマガジン幻冬舎|長沼毅 “超訳”科学の言葉

#20 水の惑星

水の惑星 太陽系で、
地球は唯一「液体の水」を持つ天体だが、
「氷の海」を持つ天体はほかにもある!

 地球は水の惑星である、としばしば言われる。
 あるいは、地球の表面の約七割は海でおおわれているので、「地」球というより「海」球である、ともよく言われる。
 それが喚起する地球のイメージは、太陽系でも珍しいほど“液体の水"に恵まれた奇跡の天体だ、というものだろう。
 地球において、太陽からの距離が「水が凍りもせず沸騰もせず液体でいられる温度帯」であることが“奇跡"の一因である。大気圧が1気圧(1013ヘクトパスカル)のとき、水は0℃〜100℃の温度帯で液体である。大気がもっと濃ければその温度帯は広くなるし、大気がもっと薄ければその温度帯は狭くなる(注1)
 地球と太陽の距離は、約1億5000万km。光の速度が(真空中で)秒速約30万kmだから、光でも500秒かかる距離である。ここに、地球と同じ反射率(アルベド albedo)が0.3の物体をおくと、それは-18℃で熱平衡する(注2)。しかし、現実の平均表面温度は15℃である。つまり、理屈で考えるよりも現実は33度も温度が高いのだが、それは、そもそも地球の大気が「温室効果」を発揮しているためである。この連載の第12回でそのことを述べた
 つまり、表面温度とか、ハビタブルゾーン(生命が存続可能と思われる領域のこと)とか言っても、実は、太陽からの距離で一義的に決まる部分と、どんな成分の大気をどれくらいの濃さで持っているかで決まる部分、それらが複合的に組み合わさって決まる。それを考慮すると、われわれの太陽系でも、われわれ以外の太陽系でも、現実のハビタブルゾーンの幅は、理屈で考えるより意外と広いかもしれない。

 地球のように表面をおおう海ではないが、とにかく海があるとされる天体がある。
 たとえば、木星の第2衛星「エウロパ」、同第3衛星「ガニメデ」、同第4衛星「カリスト」だ。両者とも表面が氷におおわれている。水H2Oの氷である。
 木星の衛星くらい太陽から遠くなると(地球と太陽の距離の約5倍)、表面温度は-200℃以下から、せいぜい-100℃くらいの範囲の超低温。こんなに低温だと、たとえば、アンモニアや二酸化炭素やメタンの氷もあり得るので、それらと区別するためにいちいち“水の氷"と言わねばならないのだ。
 さて、エウロパ、ガニメデ、カリストは、いちばん外側に“水の氷"があり、その下に液体の水があって、さらに岩石からなる海底があると考えられている。
 すると、液体の水は、氷層と岩石の間にサンドイッチのように挟まれているので「内部海」と呼ばれている。これから見たら、地球の海は“表面海"になるだろう。とにかく、地球の海とは様相が異なるが、海は海だ。
 ここで私が問題にしたいのは、内部海と表面海の違いではなく、むしろ、これらの海における水の総量、つまり、液体の水と氷の総量である。
 その量は推定でしかないが、エウロパでは質量の約10%(5×1021 kg)、ガニメデだと質量の50%近く(7×1022 kg)、カリストだと50%以上(6×1022 kg)にも及ぶと考えられている。これを地球と比べてみると、地球の水の総量など、地球の質量のわずか0.023%、絶対量でも1.35×1021 kgしかないので、エウロパにも及ばないことになる(注3)

 エウロパ、ガニメデ、カリストは代表的な「氷衛星」である。これらを率いる木星は「巨大ガス惑星」と呼ばれていて、地球(および水星、金星、火星)のような「岩石惑星」とは成り立ちからして違うことがわかる。
 木星はその巨大な質量のうち、ほんのわずか0.0004%だけが水だと考えられている。それでも元の質量そのものが巨大なので、水の絶対量も約2×1021 kgと、地球並かそれ以上あることになる。
 同じく巨大ガス惑星でも、土星にはそれほどの水がないかもしれない。そもそも土星は“水に浮く"ほど密度が小さい、つまり、水より比重が小さいということは、水が少ないということでもある(水が多ければ水と同じ比重に近くなるから)。

 先ほど「氷衛星」といったが、実は「巨大氷惑星」もある。衛星ではなく惑星だ。
 具体的には天王星と海王星である。天王星は質量の約30〜50%(4×1021〜6×1021 kg)くらいが水の氷だと推察されているが、“海"を冠した海王星における水(氷)の総量はよくわからない。いずれにせよ、地球は必ずしも太陽系で唯一の「水の惑星」ではないし、持っている水の総量が大きいわけでもないことがわかるだろう。
 地球の唯一性は、「表面に液体の水」すなわち“表面海"があることくらいか。
 土星の衛星「タイタン」には表面に液体メタンや液体エタンからなる湖があることが確からしい。メタンもエタンも炭化水素なので、その液体は“油"のようである。つまり、タイタンの表面には確かに湖があるとしても、それは“油の湖"であって、液体の水ではない(しかし、水の氷はある;その意味でタイタンも「氷衛星」のひとつである)。
 地球の唯一性「表面に液体の水があること」は辛くも保たれた感じだ。

 しつこく「氷衛星」に話を戻すと、土星の衛星「エンケラドゥス」は確かにそうらしいし、天王星の衛星「ウンプリエル」も氷衛星のようだ。
 特にエンケラドゥスの場合、氷の破片や水蒸気が噴出する「氷火山」という不思議な現象が観察され、探査機「カッシーニ」がそこから噴出している“噴煙"のようなところを突っ切りながら分析したので、確かである。
 エンケラドスは、直径約500 kmと小さな天体である。この小さな天体がどうして氷火山という活動をするのか不思議だが、私にとって、もうひとつの大きな問題は、これがどうも元々は彗星cometだったかもしれないという点だ。氷火山の噴出物の化学組成が彗星のそれによく似ているのだ。
 彗星は“(水の)氷と塵(宇宙塵)の塊"である。氷のほうが多ければ「汚れた雪玉」とよばれ、塵のほうが多ければ「凍った泥団子」とよばれる。いずれにしても、水の氷が修正分のひとつである。
 そして、地球の誕生期、地球に水をもたらしたのは彗星であることがわかってきた。地球質量のわずか0.023%しかない水は、彗星によるデリバリーだったのだ。
 もしかしたら、この“H2Oデリバリー"は半分だったかも、あるいは、2倍だったかもしれない。もし半分だったら、地球の気候はこれほど温暖に保たれただろうか。もし2倍だったら、陸地はあっただろうか。陸はすべて水没して存在しない「水惑星」「海惑星」になったかもしれないのだ。地球における生命の誕生はあったとしても、生物の陸上進出はないし、私たちのような文明が築かれることもなかっただろう。

 文明といえば、私はよく、地球外生命による文明のことを考える。最近、「第2の地球」や「スーパーアース」など、「系外惑星」がよく話題にのぼることも影響しているかもしれない。
 系外惑星は、1988年に初めて“ちゃんと"(confirmed)発見されて以来、2013年2月の時点でconfirmedが約900個、NASAの「ケプラー宇宙望遠鏡」(注4)による候補candidatesが約3000個、その他の未確認unconfirmedが約200個も見つかっている。このうち、9個は「ハビタブルな系外惑星」、いわゆる“第2の地球"の候補だ。

 ちょっと面倒くさい話をすると、太陽系には「雪線」スノーラインsnow line、frost line、ice lineなどと呼ばれる境界線がある。水H2OやアンモニアNH3やメタンCH4などが太陽風により吹き飛ばされ、スノーラインの向こうまで行ってしまうと凍りつき、彗星や衛星や惑星に固定される。だいたい、火星と木星の間がスノーラインだと考えられている。
 スノーラインの内側(太陽に近い側)は、水が少なく“ドライ"な領域である。いくら「水が液体でいられる」温度帯といっても、肝心の水がないのだ。でも、地球には彗星による“H2Oデリバリー"があったのが幸運だった。しかも、その水量が適度なのも超ラッキーだった。

 しかし、そんな幸運に頼らなくても大丈夫な場合がある。スノーラインの外側には彗星だの氷衛星だの氷惑星だの、氷天体はいくらでもある。つまり、太陽系は外側のほうがH2Oリッチなのだ。ただし凍っているが。
 ところが、初めは外側にあった氷天体でも、いつか軌道が乱れて、スノーラインの内側に移動してくることがあるという。そうなると、その天体は表面に「液体の水」がある天体になり得る。
 系外惑星には、“内側に移動してきた"可能性を示す例がいくつもあるそうだ。もしかしたら、同じことがわが太陽系にも起きて、そのうち「氷惑星」である天王星が地球の近くに移動してきて新たなハビタブル惑星になるかもしれない。そのとき、天王星はおそらく“表面海"をもつだろう。
 もし、そうなったら、わが地球は、太陽系で唯一“表面海"をもつ天体、という特別な立場も失うことになる。残された最後の砦は、太陽系で唯一“生命"をもつ天体、ということくらいしかない。せめて、そのくらいは保ちたいもの。いや、他の天体に生命を発見したくないと言うのではない。私たち地球生命が全滅しないようにしなくては、と言うことだ。


(注1)水以外の物質なら「大気がもっと濃ければその温度帯は高いほうにシフトするし、大気がもっと薄ければその温度帯は低いほうにシフトする」と書くところだが、水は“異常液体"なので、気圧が高いほど沸点は上がって(←これは正常)氷点が下がり(←これが異常)、結果として液体でいられる温度帯が広くなる。逆に、気圧が低いほど沸点は下がって(←これは正常)氷点が上がり(←これが異常)、結果として液体でいられる温度帯が狭くなる。
 ただし、水の「三重点」(0.006気圧、0.01℃)より低い気圧と温度では固体(氷)か気体(水蒸気)でしかいられなくなる。これを利用して、食品などをいったん冷凍してから真空引きしつつ氷から一気に水蒸気にして(つまり氷を昇華させて)脱水・乾燥する方法を「(真空)凍結乾燥」、いわゆるフリーズドライという。
 火星の表面温度は-140℃〜35℃、表面気圧は(その地点の標高により)0.004〜0.0086気圧である。つまり、火星でも、マリネリス峡谷の底にように標高の低いところでは、水の三重点より気圧が高くなり液体の水が存在できる条件になることがある。
(注3)地球の水の総量1.35×1021 kgのうち、約97%は海水で、淡水はたった3%しかない。淡水分の3%のうち、約2%は南極・北極の氷床や氷河で、残り1%は地下水である。地表にある淡水、具体的には湖沼や河川の水は、ほとんど誤差とも思える0.01%だ。たったこれだけの水が、私たちが使える「水資源」なのである。
 このわずかな“水資源"のうち、約1/5はシベリアのバイカル湖にあり、約1/6はアフリカの大地溝帯のタンガニカ湖、約1/10は北米のスペリオル湖、約1/15もやはりアフリカの大地溝帯のマラウイ湖にあるという。この“四大湖"で世界の“水資源"の半分を占めている。水資源は偏在しているのだ。ちなみに五番目に水量の多い湖は南極氷床下湖の「ボストーク湖」らしいが、実態はさほどはっきりしていない。
(注4)ケプラー宇宙望遠鏡はNASAが2009年に打上げた系外惑星観測専用の探査機(宇宙望遠鏡)である。これは地球を周回する人工衛星ではなく、地球を追尾するように太陽を周回する“人工惑星"である。一年より少し長い372.5日で一周するので、地球からだんだん遅れて(離れて)いく。運用期間は延長されて、現在のところ2016年まで運用の予定である。
Webマガジン幻冬舎
教科書には絶対載らない!“超訳”科学の言葉

長沼毅(ながぬま・たけし)

1961年生まれ。筑波大学大学院生物科学研究科卒業。現在、広島大学准教授。

専門は、生物海洋学、微生物生態学、極地・辺境等の過酷環境に生存する生物の探索調査。

酒ビン片手に、南極・北極から、火山、砂漠、深海、地底など、地球の辺境を放浪する、自称「吟遊科学者」。学名:カガクカイ・インディ・ジョーンズ・モドキ、あるいは、ホモ・エブリウス(Homo ebrius)「酔っ払ったヒト」。好きな言葉は「酔生夢死」。

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