Webマガジン幻冬舎|長沼毅 “超訳”科学の言葉

#23 火星移住計画

1、2年のうちに、火星に行ける人が決まる!?

 やれ黄砂だ、やれエアロゾルだ。地球の表層はまるで塵まみれ、埃まみれのような気がしてきた。
 しかし、地球はウエットなほうなので、まだいい。雨が降れば、塵も埃も洗い流される。
 ところが、ドライな火星ではそうはいかない。
 火星ではしばしば、全球をおおうような砂嵐が発生し、それが数ヶ月もつづくことがある。その間、地球から火星をみると、全体が霞んで表面がみえない。こういうときの火星は昼でも薄暗い。濃霧(大気汚染による)の北京のようだろう。いや、火星ではこれが局所的ではなく、全球的に起こるのだから、スケールが違う。

 2004年、NASAの2機の探査車(ローバー)が、火星に着陸した。「スピリット」と「オポチュニティ」という双子のローバーである。両機とも、当初の設計運用日数90日を大幅に超えて活躍し、「スピリット」は2623火星日(“地球日"でいえば、2695日)経ってミッション終了した。これだけでも素晴らしい成果なのに、「オポチュニティ」はなんと現在もなお稼働中である(注1)
 宇宙探査史の金字塔とでもいうべき、これら超優良ローバーも、実は火星の砂嵐には難儀したし、「オポチュニティ」はいまも難儀している。というのも、嵐で巻きあがった砂塵がローバーの太陽光パネルに降り積もり、発電量が低下したことがあるからだ。特にワイパーも持っていないので、砂塵を払うのは文字通り“風まかせ"。砂嵐にならない程度の風で吹き払われるのを待つのみだった。
 昨年8月に火星に着陸した、最新にして最大のローバー「キュリオシティ」は、太陽光パネルを積んでいない。地球から火星までの飛行中は太陽光パネルで発電していたが、ローバーには積んでいないのだ。これは、砂嵐が起きるたびに発電量が低下する……という不安定さをなくすためである。
 では「キュリオシティ」は何を積んでいるのか。
“それ"は、熱エネルギーを直接に電気エネルギーに変換するものであり、私は“それ"を“熱発電装置"と呼びたい。
 専門的には「熱電効果装置」という。その熱源には、長期にわたり安定して発熱する放射性同位元素が用いられている。したがって、その装置は「放射性同位体熱電気転換器」、略称RTGと呼ばれている(注2)
 RTGは、これまで変な、しかも、間違った呼ばれ方をしてきた(注3)。もしかしたら悪意をもったマスメディアによる造語ではないかと私は思っている。それはとても好ましくない呼称だ。なぜなら、その呼称がもたらした誤解のせいで、日本の人工衛星や探査機はRTGを使えず、すごく損しているからだだ。もし、RTGを使えれば、あの「はやぶさ」だって、同じ大きさ、同じ重さで、もっと高性能になっていただろうに……。

 ついRTGでグチってしまった。火星に戻ろう。
 火星は、月に次いで、たくさんの探査機が送られた惑星である。
 しかし、月に人間は行ったが、火星にはまだ行ったことがない。
 火星探査の次の目標が、有人ミッションであることは明らかだ。アメリカのオバマ大統領は、2025年予定の有人“小惑星"ミッションと並んで、2030年代中頃に予定の有人火星ミッションにゴーサインを出した。だが、2030年代中頃は――仮に2034〜2036年とすれば――、私の年齢で言えば73〜75歳、後期高齢者(75歳以上)すれすれの微妙なところである。NASAでもどこでもいいから、もっと早く実現しれくれないだろうか。
 実は、それよりももっと早く火星に行ってしまおうという計画がある。しかも、ひとつやふたつではない。そのうち、代表的なものを紹介しよう。まずはアメリカの「レッド・ドラゴン」計画から。
 オバマ大統領のゴーサインとは別に、NASAは、アメリカの宇宙輸送会社「スペース・エクスプロレーション・テクノロジーズ」、通称「スペースX」社と組んで、2018年打上げを期した「レッド・ドラゴン」計画を立てている(注4)
 スペースX社が開発中のロケット「ファルコン・ヘビー」と、同社ですでに実績のある宇宙船「ドラゴン」を、火星――すなわちレッド・プラネット(赤い惑星)に回すから、レッド・ドラゴンなのである。
 初の「宇宙旅行者」として有名なアメリカ人実業家で大富豪のデニス・チトー氏(注5)は、今年2月末、NPO「インスピレーション・マーズ財団」の設立を発表した。
 ここでは、前述のロケット「ファルコン・ヘビー」で、乗組員2名(注6)が火星を接近通過(フライバイ)し――着陸せず――地球に帰還するミッションが計画されている。
 この計画はとても具体的だ。2名の乗組員はアメリカ国籍所有者に限り、2018年1月5日打上げ、同年8月20日に火星到着、2019年5月21日に地球帰還の501日間の飛行とのこと(注7)

 これに対して、あくまでも火星への有人着陸にこだわる「マーズ・ワン」Mars Oneという民間の計画がある(注8)。その究極の目的は「人類の火星移住」だ。
 2016年までに通信のリレーを行う火星周回機と無人着陸機を送るなどの準備期間を経て、2023年に4名の隊員が着陸する。以降、2年おきに4名ずつが新たに着陸し、2033年に移住者の総勢は20名になる。
 ここで強調したいのは、彼らは地球に帰還しない、ということだ。彼らは火星に「移住」するのである。火星に住んで、火星で死ぬのだ。
 この大胆で、ロマンチックで、切なくなるような片道切符のミッションを計画するNPO「マーズ・ワン」は、オランダが本拠地である。代表者は、工学系の修士号をもつオランダ人のバス・ランスドルプ氏、36歳。自分で興した会社を売却して「マーズ・ワン」に人生の一部を賭けている(2033年でも56歳なので、人生のすべてを賭けるというほどではないが、相当な労力・時間・お金を賭けている)。
「マーズ・ワン」でも、スペースX社のロケット「ファルコン・ヘビー」と宇宙船カプセル「ドラゴン」の改造版を使うことを考えている。また、今年3月、宇宙での環境制御・生命維持システム(ECLSS)で実績のあるアメリカのパラゴン・スペース・デベロップメント社と、ECLSSおよび宇宙服の開発の契約を結んだところだ。
 こんな勇敢な、いや、暴挙とも思える計画に、批判はたくさんあるが、お金は足りない。スポンサーはいつでも大歓迎なので、日本の大企業や大富豪は、ぜひ「マーズ・ワン」のサポーターになってみてはどうだろう。あるいは、一般の方々も寄附などのサポーターになってみては如何だろう。
 火星移住者の選抜は、早ければ今年か来年に始まりそうだ。選抜者が決まったら、どうせまた新たな批判や議論が沸き起こるだろう。しかし、これくらいスケールが大きくてインパクトのある話をしたり、スポンサーやサポーターになったりするのもまた、宇宙時代の楽しみ方だと思う。


(注1)火星着陸後の稼働日数は2013年3月27日現在で3258火星日(3348地球日)。
(注2)RTGはRadioisotope Thermoelectric Generatorの略称である。[放射性同位体熱電気転換器 - Wikipedia
(注3)その間違った呼称は、私はここで出したくもない。[原子力電池 - Wikipedia
(注4)レッド・ドラゴン計画は必ずしも有人ではないが、将来の有人ミッションの先駆けになることが期待されている。
(注5)国際宇宙ステーションの第2次長期滞在(Expedition 2)の一部(ISS EP-1)において実施された宇宙旅行。まだスペースシャトルが現役だった2001年4月から5月にかけて、往復ともロシアのソユーズに乗り(往路はソユーズTM-32、帰路はTM-31)、国際宇宙ステーションに約8日間滞在した(正確には7日22時間4分間)。
(注6)火星探査の宇宙飛行士(アストロノート)Mar-exploring astronautという意味で「マーズトロノート」Marstronautとも呼ばれる
(注7)地球から火星に行き、火星の引力を使って(燃料を使わずに)地球に帰ってくる、いわゆる「自由帰還軌道」のチャンスは15年に2度訪れ、2018年の次は2031年である。また、よく11年周期といわれる太陽の活動周期において、2018年は太陽活動の極小期であり太陽放射線の悪影響をあまり受けないという予想もある。  太陽活動の周期については、この連載の第8回「太陽黒点 太陽のバイタルサイン」を参照されたい。http://webmagazine.gentosha.co.jp/naganumatakeshi/vol272.html
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教科書には絶対載らない!“超訳”科学の言葉

長沼毅(ながぬま・たけし)

1961年生まれ。筑波大学大学院生物科学研究科卒業。現在、広島大学准教授。

専門は、生物海洋学、微生物生態学、極地・辺境等の過酷環境に生存する生物の探索調査。

酒ビン片手に、南極・北極から、火山、砂漠、深海、地底など、地球の辺境を放浪する、自称「吟遊科学者」。学名:カガクカイ・インディ・ジョーンズ・モドキ、あるいは、ホモ・エブリウス(Homo ebrius)「酔っ払ったヒト」。好きな言葉は「酔生夢死」。

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