ホノルル通信



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 ハワイです。ホノルルです。めちゃめちゃいい天気です(画像1)。

 前回予告したとおりボクは金曜日のズームイン終了後、飛行機に乗ってハワイにやってきました。ハワイといえば青い空、青い海、そして買い物です(←何でやねん)。そしてボクが今回ハワイで買い物しまくれるかどうかは、ホノルルマラソンのタイムにかかってます!(←目標タイム4時間半!)そんな気持ちとは裏腹に、朝9時にホノルルに着いた瞬間から仕事の連続(←当たり前です)。まずはホテルですぐ高速インターネットを接続し、運命の2006年ドイツワールドカップの抽選会をネットで生で確認。それにしても本当に便利な時代になったもんです。世界中どこに居ても、ネットに接続さえすればどんな情報も瞬時につかむことができるんですから。おかげでこの原稿もハワイから送れちゃう訳だし。ただそれによって自由もドンドンなくなってる気がする……(←確かに)。その抽選会が終わったあと、すぐに向かったのはいかにもハワイって場所(笑)。そこでワールドカップの組み分けの印象(ブラジル、クロアチア、オーストラリアと同組)をサンデーモーニング用に収録しました(画像2)。


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 次はホノルルマラソン特番のロケを(2006年1月9日成人の日、午前9時55分よりTBSにて放送)、すぐ横にダイアモンドヘッドが見えるカピオラニ公園で行いました。まずは四ヶ月ぶりに親父と再会(画像3)。実はボクの親父、66歳という年齢でありながら、フルマラソンで4時間を切ったことのあるほどのランナー(←普通あり得ません)。今回の番組はボクと親父が親子でどう走るのか、ということがメインになるようです(←ありがたいことです)。そのロケが終わった後は、二人で30分ぐらい走って調整(画像4)。にしても少し走っただけなんですが、親父が走るスピードはハンパじゃなくて、当日一体どれぐらい離されるか心配になりました(←確かに)。ただボクはマイペースで4時半を目指します!

 その後すぐホテルに戻り軽くシャワーを浴びて、親父とお袋とマネージャーのイカリでナイキブースのあるコンベンションセンターへ。そこでレース当日の衣裳を受け取り、気がつくともう19時半(←早っ)。この日は四人でお寿司を食べに行って、お酒を飲んで盛り上がりました。22時ごろ部屋に戻ったんですが、あまりに疲れていてすぐに爆睡。起きたら朝の7時でした(笑)。この日も朝8時半から雑誌の撮影(画像5)。ちなみに今回は滞在したのは、後ろに写っているピンクのロイヤルハワイアンホテル。この後インタビューがあって、今度はキレイな海をバックに撮影(画像6)。これはボクがプライベートでも使っているボーダフォンの撮影でした。この模様は雑誌『Safari』に掲載予定です。それが終わってすぐにコンベンションセンターへ移動し、ナイキブースにて浅井えり子さんとマラソン初心者トークショー(←ボクにうってつけ!)(画像7)。

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 トークショー終了後すぐに、今度はパールハーバー近くのサッカー場に移動。なんとここは全部で20面以上サッカーコートを取れる広さ! そこで子供たちにナイキのサッカーボールをプレゼントし、一緒にサッカーをしました(画像8)。結局2時間以上も一緒に練習して(画像9)。最後は英語でみんなにアドバイス(画像10)。それもなんとか(?)理解してくれたようで、楽しい時間を過ごすことができました。現地に住んでいる日本人の方が半数以上のチームだったんですが、こっちでもサンデーモーニングは放送されているようで、みんなボクのことを知っていてうれしかったです。そしてサッカー場からホテルに戻ってきたのが18時で、すぐにシャワーを浴び、ナイキチームの方々との夕食に合流。明日はレース当日ということもあり、エネルギーを貯めるため大量の炭水化物をとりました。パスタ、リゾットなどたくさん食べ、大好きなお酒は前日ということでガマン(←当たり前だー!)。21時に部屋に戻って、明日のレースの準備をしました。ちなみにレーススタートは朝の5時で(←早っ)、早く寝ないとマズいんですがなかなか寝られず……。結局浅い眠りのまま、起床時間の2時を迎えてしまいました。

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 いよいよレース! スタート時間の1時間15分前、3時45分にスタート地点に到着。さっそく強い日差しから肌を守るため、日焼け止めを塗りまくります(画像11)。相変わらず右足に不安があるため、入念にストレッチ(画像12)。スタート直前、ボクはかなり緊張、でも親父は余裕(笑)。(画像13)そしてついにスタート! レース序盤は混雑しているため、ゆっくりとしたペース。しかしすでにここで親父は、前のひとをうまくすり抜け、少しずつボクとの差を広げます。10マイル(約16キロ)通過時点では、すでに15分の差がついていました。しかしボクの目標はあくまでも4時間半! 自分のペースを貫きます(画像14)。半分の21キロ地点でもいいペースをキープ、そろそろ太陽が昇ってきました(画像15)。
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 30キロも3時間15分で順調に通過し、いよいよレースは終盤。35キロの通過タイムは3時間50分で、このままいけばちょうど4時間半のペース。しかしここで悲劇は起こりました。

 ゆるやかな坂を下った瞬間、右足が痙攣。つってしまったんです。

 ストレッチをして再び走り出したんですが、今度は左足も痙攣。両足が痙攣して、まったく走れなくなってしまいました。残り約7キロ。何度も走ろうとしたんですが、両足がつった状態では走ることはおろか、歩くのもツライ状況。35キロまで3時間50分で来ていたのに、残りの7キロをなんと1時間20分もかかってゴール。タイムは5時間9分52秒……。最後200メートルは気合で走りましたが、あまりにふがいなくて、悔しさのみが残った初フルマラソンでした。ゴール直後、先にゴールした親父と再会(画像16)。なんと親父は3時間51分45秒という自己ベストを更新するすごい記録! 改めて週200キロ以上走って練習している、親父の凄さを感じました(画像17)。

 逆にボクがレース前に走ったのは10月の3回の練習と、11月のハーフマラソンのみ。たったそれだけの練習量で、42.195キロを4時間半で走りきれるほど、フルマラソンは甘いものではありませんでした(←当たり前)。もしまた挑戦する機会があれば、今度はしっかりと練習してレースに臨みたいと思います! ただ、走っているときの景色は素晴らしかったし、親父と一緒に走り、なんとか完走することも出来たので、本当に楽しく充実したレースでした(画像18)。レース後はホテルに歩いて戻ってきて、大好きなプレミアムモルツでノドを潤しました(画像19)。そして死亡(笑)。(画像20)。

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 ここまで読めば分かると思いますが、買い物する時間はゼロ(←確かにぜんぜん時間はない)。しかもマラソンがこんなタイムじゃ、買い物する資格なし(←当たり前!)。さらにこの原稿が書きあがったら、夕方まで爆睡して夜はTBS、ナイキの打ち上げに参加する予定。その後戻ってきて寝て起きたら、空港に移動して11時半の飛行機で帰国という超殺人的スケジュール(←キツっ!)。色々海外には行ってるけど、お金を現地の通貨に両替することもなく、一度もお店に入らなかった3泊5日の海外旅行なんて初めてだよ!!(←確かにあり得ません)。


 今年最後の連載を買い物ナシで終わるなんて不本意ですが、来年はワールドカップイヤーだし今年よりも買って見せます!(←意味不明)でもマラソンという体を張る仕事が終わって、やっと肩の荷が下りました(←ホンネ)。


 あっ、でもまだスイミング王決定戦があるんだ……。









中西哲生
ホノルルマラソン番組ナビゲーターの坂口憲二くんと。テレビ見てるときから「いいひとそうだなぁ」と思っていたんですが、実際会ってみるとやっぱりめちゃめちゃいいひと! 打ち上げが隣の席で盛り上がって、近いうちに一緒に食事に行こうということになりました。では皆さん良い年末年始を。次回更新は1月15日です。
中西哲生プロフィール
中西哲生プロデュースポロシャツ通販開始
スポーツジャーナリスト。1969年9月8日、愛知県名古屋市生まれ。プロサッカー選手として、名古屋グランパスエイトを経て、川崎フロンターレへ。2000年末をもって現役を引退。現在は、日本テレビ『ズームイン!!スーパー』でスポーツキャスターを務め、TBS『サンデーモーニング』『筑紫哲也のニュース23』(毎週月曜日サッカー23)、テレビ朝日『Get Sports』『NANDA!?』、フジテレビ『ジャンクスポーツ』などの番組ではコメンテーターを務めている。またライターとしても、雑誌『Number』『Number Plus』などに執筆中。著書には、『魂の叫び』『ベンゲル・ノート』(幻冬舎刊)がある。伝説の連載『買い物ワールドカップ』復活にあたり、これまで以上に買い物しまくる覚悟。