もう、何もできない。何もしたくない。そんな思いを振り切るように、飛行機に飛び乗り、前進せざるを得ない状況にこの身を投げ入れた。
 なぜインドだったのか。本場でヨガを体験してみたいというのが、脱力状態だった当時に残った一縷の望みであり、「嫌われ松子の一生」で、ひとりの女性の流転の人生を演じたことなんて簡単に忘れてしまうくらい強烈な場所に行かなければならないとも思っていた。
 更には他人に運命を定められることにうんざりしていたもので、まるで自ら運命を選び取ったかのような錯覚を抱いてインドを目指した。
幼くして哀れな境遇を演じることに慣れてしまった少女。バクシーシ(施し)を受け取るためなら悲哀に満ちた顔をすることなんてお安い御用という強い生き様は脱帽もの! インドでは物乞いも立派な職業なのだ。
ラクダのチャッパル(皮製サンダル)はバザールにて100ルピー〜200ルピーくらいで売られている。因みにインド人も寺院や家へは履物を脱いで上がることになっているらしく、各寺院には靴預かり所が設置されていた。
美しくライトアップされた夜のスィク教寺院。全てのインド人がターバンをグルグル巻きにして顎ヒゲを蓄えているわけではなく、生まれてから一度も鋏を入れたことのない長い髪をあのターバンの中にしまっておくのは、主にスィク教徒らしい。
デリーにも野生の猿はいて、どこからか奪ったであろうナンを必死で食べていた。次回はカレーをつけながらナンを食べる猿の姿を拝んでみたいものです。
 ガンジス河の光景は書籍や人から見聞きしてきた驚くべきものではなく、至極当然のことのように思えた。人々が生きる上で必要な拠りどころをこの河に求める姿は、その対象や方法こそ違うけれど、誰しもが同じではなかろうか。
 仕事に生きがいを見出す者もいれば、酒やタバコもしくは人に依存して心の空虚さを満たす者もいる。自らを犠牲にして人に尽くすことで救われる人間もいれば、人を傷つけることで癒しを得る人間もいる。人知れず祈りを捧げる人もいるだろうし、なりふり構わず神仏にすがる人もいるだろう。
 この河で沐浴する人も、日々の苦悩から逃れようとして、この河を想い、この河に身をゆだねる。ただそれだけのことなのだ。
インドのいたるところで見かける公衆電話局だが、通話後に距離と時間に応じてメーターが料金をはじき出す仕組みになっており、利用者はその場で支払って帰る。
神様の乗り物だと崇められる牛は、この町でも我が物顔で歩いていた。当然牛の数だけその糞も転がっていて、危うく踏みそうになることもしばしば。実際とある町でボケ〜っと歩いていたところ、バナナの皮を踏んだかのようにツルっとすべったので足元を見ると、こげ茶色のやわらかいものがべチャっとつぶれているのを発見。
ガンジス河にて朝の沐浴をする巡礼者たちは、一様にオレンジの服を纏っている。遠方から徒歩でやってきては、聖なる河の水を素焼きの壺やポリ容器に注いで自宅へ持ち帰るのが慣わしだとか。
旧市街の路地裏にて、まだ若き修行僧があまりにもハンサムだったもので、思わずパチリ。
 東京で旅のプランを練っていた頃には、気まぐれな王が自分の妻のために国費と人員を浪費して建てた富と権力の象徴のような巨大な建造物に深い感動を受けるとは微塵も思わず、インド旅行をするからには、人並みに見ておくべきもののひとつとして軽く捉えていた。
 だがタージマハルは、最盛期の王朝を物語っているのと同時に、哀しくも美しい愛の物語の象徴であることを改めて聞くと、孤独で人間らしい王に哀れみを感じざるを得ず、いかなる手段を用いたにせよ、この美しい建物に魅了されてしまうのであった。
ムガル帝国の王シャー・ジャハーンが亡き妻のために国費と人材を惜しみなく投入して建てた霊廟タージマハルの美しさには、東大寺の大仏殿を生まれて初めて見たときに感じた衝撃を再び想起させられた。
ヤムナ河を挟んでタージマハルの対岸に、正対称の黒い霊廟を自らのために建造するつもりでいたシャー・ジャハーンは、愛妃との間にもうけた息子によって帝位を奪われ、タージマハルを彼方に望むパレスに幽閉されてしまった。
南インド料理のレストラン、ダサープラカーシュにて、ベジタリアンスナックタリーを。マサラで味付けしたジャガイモを、米の粉をクレープ状に焼いたもので包んだマサラドーサは絶品だった。
食後には、消化促進とエチケットを兼ねて、アニスと氷砂糖を混ぜたものが供される。
 インドに来て以来、初めてひとりで街に繰り出した。久しぶりに羽を伸ばしてみたくなり、思い切って近所のヨガニケタンを覗いてみることにした。ホテルを出てガンジス河沿いの道を50メートルほど歩いた先に、そのアシュラムはあった。
 石段を上がって丘の上の静かな敷地に入ると、ガードマンがおり、訪問の目的と氏名、訪問時間を台帳に記入するように言われた。どうやら見学は自由のようだ。そこにはアシュラムの規定が張り出されていた。外部の人間でもヨガクラスへの参加は1回のみ許されるとのこと、それ以上は15日以上アシュラムに滞在してクラスに参加するか、1日400ルピーの付帯ゲストハウスに宿泊する者のみが参加できるという。
ヨガニケタンのスケジュールボード。4:30起床は辛くないかと滞在中の日本人女性に尋ねたところ、町中がワサワサと起き出すから自然に起きられるようになるとのことだった。東京でなかなか寝付けないのは、街が眠らないからなのかもしれない。
ヨガニケタンに滞在中のスペイン人女性ドロシアに部屋を見せてもらった。簡素で清潔、かつ広い個室が気に入ったという彼女は、ヨガにはあまり興味がなく、ボランティアを目的として滞在しているらしい。
イエローダールは黄色いレンズマメのカレー。辛さはマイルドで、クミンが香る。数あるインド料理のなかでも、このイエローダールとビンディマサラ(オクラのカレー)はどこで食べてもはずれがない。
米の粉を用いた蒸しパンのようなイドリーは、コリアンダー、トマト、ココナツなどのチャツネと共に食べるとおいしい。