ジョードプールジャイサルメールビカネールマンダワリシケシュアグラーヴァラナスィデリー
 デリーを出てしばらくは、都市の新しい建物と、貧しい人々のバラックが入り混じって雑多な感じが続いたけれど、いつしか国道沿いの風景が小さくてのんびりした村に変わり始めた。車やオートリキシャの量が減り、代わりに水牛の群れやヤギ、羊の群れが堂々と車道を歩くのを幾たびも見かけるようになる。ロバや馬よりも、圧倒的にラクダの数のほうが多くなり、重そうな荷物の入った荷車を引いているのは大抵ラクダであった。しかも、ラクダまで放し飼いで道の真ん中を悠々と歩いていることもあるから、たまげてしまう。
デリーからマンダワへは車で7時間ほど。途中このような羊の群れに出くわすこともしばしばで、私が乗っていたアンバサダーというインドの国産車は、体当たりを食らったりもした。
町へ出れば竈炊きの食堂が当たり前にあって、水道の代わりに飲用の水瓶が道端に設置してあったりと、人々の営みは極めてシンプルなものだから、日本で便利な暮らしを享受していることを少々後ろめたく思ったりもする。
かつてシルクロードを股に掛けた豪商たちは関税率の低かったマンダワに拠点を置き、ハーヴェリーと称される邸宅に、カラフルなフレスコ画を施して自らの富を誇示した。風雨によって朽ちかけてはいるものの、依然としてその面影は残る。
貨物トラック代わりのラクダ車。ラジャスターン州のほぼ全域で、人々の暮らしを助けるこのラクダ車がのそのそと歩いていた。
 おもちゃのようにかわいらしいキャッスルホテルマンダワを後にして、ビカネールへ向かう。
 いよいよ乾いた土地にチョロチョロと草木が生えている、砂漠らしい景色になってきた。空は青く、朝から容赦なく照りつける太陽は、乾いた大地から更に湿気を吸い取るような気がして、見ているだけで喉が渇く。
 それでも人々は頭の上に荷物を載せて、あるいは羊やヤギを連れて歩いている。女性はストールを頭から被っているものの、子供たちはタオルの1枚も被らずに平気で歩いている。野犬が野垂れ死にしているところを見ると、相当暑いはずなのだけれど……。
 果てしない砂漠地帯で生まれた人々は何を思って生きているのだろうか? ただひたすら暑い中で、日々の糧を得るために働き、疲れて眠る単調な毎日にも、いろいろなドラマがあるんだろうなあ……。
ムガル帝国の城塞ジューナガールの宮殿は透かし彫りの窓が美しい。王を楽しませる余興として、なぜか針のむしろの上でダンスをした者がいたらしく、ご丁寧にもその針のむしろが展示されていた。
ロマの一族。彼らは棲みかを転々としながら音楽やダンスに親しんだり、遊牧をしたり、土木建設に携わったりする。所有したり、固執することとは無縁だが、その代わり自由を謳歌しているようだ。
彼らにとってロマだからとか、貧しいからということは、不幸の理由にはならないように見受けられた。ただ、彼らの日常が当たり前に存在し、それを存分に楽しんでいるのかもしれない。
乗車率何パーセントなのだろう? 電車だろうが、バスだろうが、何人でも乗れるだけ乗ってしまえという鷹揚さには驚かされる。
 ゴールデンシティーとも呼ばれている砂漠の都ジャイサルメールへは、ビカネールへの道よりも更に乾いた大地の間を行く。よくぞ車が持ちこたえられるものだと感心しながら、見渡す限り砂漠! 砂漠! 砂漠! の窓外を眺めていた。
 その街はゴールデンシティーという名に相応しい、黄色い砂岩でできた街だった。メインのフォート・ラジワダという城塞はもちろんのこと、その周りの家々も全て美しい砂漠色で揃っており、いつまで見ていても飽きのこない趣のある街だった。あまりの素晴らしさに久しぶりに胸が高鳴り、長旅の疲れも吹き飛んだ。
街全体が美しい黄砂岩で造られたジャイサルメールはゴールデンシティーとも呼ばれる。北インドで私が訪れた場所のなかでもベスト3に入る素敵な場所だった。
沈み行く夕日に照らされる城塞を眺めることのできるサンセットポイントには、擦弦楽器を弾き語りする初老の男性が。バクシーシ(施し)を払うと、名前入りでラジャスターンの民謡を唄ってくれる。
城塞内も生活圏になっており、アパートや、商店、寺院などがある。厳格な不殺生を貫くジャイナ教の寺院では、祈祷中に誤まって虫を吸い込んだりしないように、口と鼻を白い布で覆う。
砂漠の村クーリーにて。井戸水は、縄をくくり付けたゴムシートで汲み、水瓶を頭の上にのせて往復すること一日数回。これは女性の仕事になっているらしい。
私もキャメルサファリをしてみました。
 ジョードプールのハイライトである、メヘランガル城塞は、岩山の上に聳え立っており、強くそして静かに青く塗られた家々を見下ろしている。色鮮やかな衣装を身に纏った女性たちがいて、大きな鼻ピアスをした女性も多かった。あまりの美しさにカメラを向けると、興味は示しても、誰一人としてお金を要求しなかった。
 このときすでにジョードプールという街を好きになったけれど、さらに城塞の入り口に進むと、入場料のなかにイヤホンガイド(しかも日本語あり!)が含まれており、タクール・シン・ジェイソルさんというおじいさんの説明を聞いてもっと好きになった!
 「これから始まるツアーでは、このワーンダフルなイヤホンガイドがあなたの行く先々でぇ、とぉーっても丁寧に説明をいたしますので、あなたは、だぁーれにも邪魔されずにっ、この城の歴史をぉ、知ることができるでしょう!」とものすごい抑揚の芝居がかった台詞でそのイヤホンガイドを渡してくれた。
 ジョードプールではこの城塞と、人々のホスピタリティーが自慢だという。
旧市街に青く塗られた家屋が建ち並ぶジョードプールはブルーシティーとも呼ばれている。
岩山の上に築かれた屈強な城塞メヘランガルは、現在もマハラジャの管理下にあり、悪徳商人の店や、インチキガイドがはびこる他の城とは趣きを異にしている。パレスは博物館として開放されており、美しい内装や宝物の数々を見ることができる。
王の輿。
かつてマハラニ(王妃)は人前にその姿を晒すことが許されていなかったので、こうした輿に乗って移動した。イギリス訪問の際にもついぞ表に姿を現さなかったことから、パパラッチが輿から覗いた足の写真を掲載し、王の逆鱗に触れたこともあったらしい。