ポンディシェリーマハーバリプラムカンチープラムチェンナイレー・ラダックウダイプールジャイプールクンバルガルジョードプールジャイサルメールビカネールマンダワリシケシュアグラーヴァラナスィデリー
 マザーが提唱する理想の村オーロヴィルの先駆けとなった、シュリ・オーロヴィンド・アシュラムへ立ち寄った。多くのヨーロッパ人がここへ訪れることを目的にポンディシェリーに来るという。
 アシュラムへと続く道には、街路樹の枝が低く垂れ下がり、朝の木漏れ日が気持ちよい。
 建物の一部は外部の人間も見学可能ではあるが、写真撮影を慎むことや、サマーディと呼ばれる、中庭の中心に据えられたオーロヴィンドとマザーの墓では静粛を保つようにとの注意書きがある。
かつてフランス領だったポンディシェリーは、今も尚その面影を残している。シュリ・オーロヴィンド・アシュラムは、インド人哲学者シュリー・オーロヴィンドと、マザーと呼ばれたフランス人女性が提唱する、人種や宗教を超えて人々が共生するための実験的なコミュニティー、オーロヴィル(http://www.aurovill.org/)を総括する施設らしい。
オーロヴィルについて詳細は定かではないが、1968年より約20km四方に渡って赤土の荒野に植林を行い、農業、手工業などを行いながら、平和と調和を理想として暮す人々のための集落が広がりつつあるらしく、現在2000人いるという人口の大半はインド人ではなく、西洋人なのだとか。
オーロヴィリアンと呼ばれる住人。彼らは各々手漉きの紙をこしらえたり、農業に従事したり、ゲストハウスを経営したりと、月額4000ルピー(約12000円)までの収入を許されており、それ以上の利益があった場合、収入の30%をオーロヴィルに寄付することになっているとのこと。
椰子の葉葺きの簡素な家はとてもかわいらしく、川に面したこの家では、洗濯も、入浴も、料理も、食器洗いも、全てこの川の水を使用する。その是非については、触れずにおきますが……。
 日が昇りきらないうちに近くの町チダムバラムへ行き、最盛期のチョーラー朝によって建てられたナタラジャ寺院を訪れた。ここでのガイドもアナンダンさんという男性で、この寺院が建設されることになった起源を話してくれた。
 とにかく、広いこのお寺には、たくさんの僧侶が属しており、その数は300名にも及ぶという。
「いいですか? これからパールヴァテーィーを祀った神殿に入りますが、僧侶に話しかけられても答えないように。彼らは観光客を鴨だと思って高額な寄付を要求します。決して会話をしたり、ノートに記名したりしないように」
 本来ならば、お寺の外にいる土産物屋の客引きや、偽ガイドに注意を払わなくてはいけないのに、寺院の中で聖職者である僧侶に騙されないように気をつけなくてはならないなんて、おかしな話である。
寺院の入り口には、こうして派手な化粧を施された象が物憂げに立ちはだかっており、参拝客が差し出すお布施を鼻先で受け取ると、長い鼻の先を大儀そうに持ち上げ、頭を撫でて祝福することになっている。
ゴプラム(門塔)の下、日陰になっているところで眠り続ける女性。褐色の肌に映えるサリーの配色がとても綺麗で思わずパチリ。
ナタラジャ寺院から真っ直ぐに伸びる路の脇で金物屋さんを発見。インドの家庭では、陶磁器よりもこうしたステンレス製品を多用する。因みに水を飲むときもグラスではなくステンレスのカップで、他人と水飲みカップを共有することを厭わない代わりに、直接口をつけずに、空中から喉に直接流し込むのがインドのマナーらしい。
まだ10代と見受けられるハンサムな修行僧がたくさんいたこの寺院では、歴史的建造物や神々の像云々よりも、ついつい彼らに目がいってしまった。
 朝一番に訪れたのは、A.D.11世紀、チョーラー朝の最盛期にラジャラジャ1世が建てたという寺院だった。
 前日にガンガコンダチョーラプラムで見たものは、ラジャラジャ1世の息子がタンジャヴールのこの寺院を模倣したものだった。
 世界遺産にも登録されている本家のブリハディーシュワラ寺院を案内してくれたのは、シェカールさんという清潔感の漂う男性で、南インドを支配した王たちの物語について簡単に説明してくれた。
世界遺産ブリハディーシュワラ寺院は、11世紀に建造されたシヴァ寺院で、本殿には巨大なシヴァリンガ(シヴァ神の象徴)が、そして回廊式の外壁には、250ものシヴァリンガが祀ってある。
前述のシヴァリンガ。シヴァ寺院の本殿には、シヴァそのものの像の代わりに大概このシヴァリンガが祀られており、人々はこの奇妙な形の象徴に向かって祈りを捧げる。
ブロンズ像や金銀メッキの像を制作する小さな村にて。蜜蝋と樹脂を混ぜ合わせて作った彫像に粘土を被せて窯で焼き、中の蜜蝋が熱で溶け出したところに金属を流し込み、冷えたところで粘土を割ると輪郭のぼやけた彫像がその姿を現し、最後に職人の手によって細かい仕上げが施されていく過程を一部始終見せてもらった。
飲用の水を貯めておく甕に使用したり、竈で調理をする際の鍋として重宝される素焼きのポットを手ひねりで作る村に立ち寄ってみた。