「世界おやぢ紀行」を書いているからといって、いつもおやぢの尻を追いかけているわけじゃない。本業はライター。主に「旅」や「食」について書いている。
「旅」には「食」がつきもの。その土地の郷土料理やおいしいと評判のレストランへ訪ねて行って、料理を味わい、文章を書く。友人から「いい仕事よねぇ」と言われたりもするけれど、ギャル曽根のような巨大な胃袋を持っているならともかく、普通の胃袋程度だと、かなりハードな仕事であることは確かだ。
 ガイドブック取材は特にそう。普通の雑誌などに比べて紹介する軒数が多いから、とにかく食べて食べて食べまくらなければならない。
 しんどかった取材といえば、台湾のガイドブック取材だ。麺料理の特集を組むことになり、私がその担当になった。1軒の食堂で麺料理を5品撮影する。1日に10軒の取材。つまり、立て続けに50杯の麺をズルズルと食べ続けたのである。もちろんすべて平らげたワケじゃないけれど、お店の方に失礼のないようなるべく残さず食べることをモットーとしているので、取材を終える頃には口から麺があふれ出そうだった。
 日頃はこんなふうに仕事をしているが、あることがきっかけで、生まれ故郷の岩手の食取材をライフワークとして始めることになった。
 きっかけは、父の死。
 いろんな手続きなどがあって、しばらく実家に滞在することになった。
 東京で暮らすようになってから、岩手に長期滞在するのは初めてのこと。家の雑務をこなしつつ、暇を見つけてはあちこち出かけた。岩手の自然に触れ、人情に触れ、食に触れ、岩手のことを知っていたつもりの自分が、実はよく知らなかったのだと気付かされた。とりわけ感動したのは、食材のおいしさ。
 こんなにおいしい食材に今まで気がつかなかったなんて……。
 食のライターをしているのに、生まれ故郷の食べ物についてほとんど知識のないことが恥ずかしくなった。
 岩手は海も山もあり、食材が豊富な土地。元来マジメな人が多いから仕事も丁寧で、みんなコツコツ働く。そして酒好き。そんな土地柄で、おいしいモノがないはずはナイ。
 まずは片っ端から食べに食べた。アンテナを張り、おいしいものがあると聞けば出かけて行き、実際に食べてみる。あるいは取り寄せる。母や友人たちを巻き込んで、毎日が試食会。「これはいける!」と思ったものがあれば、おんぼろセダンで取材に出かけた。
 北むらさきウニ、天然ホヤ、まつも、ほろほろ鳥、白金豚、短角牛……。
 さまざまな食材の生産者のところへ直接伺い、“おいしい秘密”をインタビューさせてもらった。
 私の実家は花巻市というところにあって、岩手のほぼ中央に位置している。だから県内どこへ行くにも便利なのだけれど、なんせ岩手は日本一面積が広い県。取材先まで車で片道5時間なんていうこともあり、おかげで長時間の運転でギックリ腰になったりもした。
 取材をして驚いたのは県民性だ。
「控えめでマジメ」というのはわかっていたけれど、「取材したい」と言うと、「ウチより隣の方がうんめぇからそっち取材したらいいべ」とか、帰り際に「また取材に伺いますね」とあいさつすると、「しょす(恥ずかしい)がら、もう来なくていい」と言われたり。いくらなんでも控えめ過ぎやしないか。
 通常とは違うリアクションに戸惑いながらも、どうにかこうにか取材を続けていたある日、松茸取材のために岩泉町へ出かけることになった。
 岩泉町は、盛岡市の東に位置する本州最大の町。総面積の約93%を森林が占めている。1000メートル級の山々に囲まれ、森林の3分の2がブナやナラなどの天然林。残りはアカマツなどの人工林だ。
 松茸は、そのアカマツ林に自生する担子菌類のキノコ。つまりアカマツの多い岩泉は、松茸の宝庫というわけだ。
 ここ数年全国的に広まっているのが、松食い虫にやられてアカマツが真っ赤になる現象。でも岩泉町のアカマツは松食い虫に蝕まれることなく、青くて元気。岩泉は冬の寒さが厳しく、松食い虫が越冬できないから、という理由らしい。アカマツが健康に育っていること、それが松茸のおいしい理由なのだという。
 松茸が生育している山を案内してくれたのは、森林組合のスタッフと、歯医者さんや測量屋さん、牛乳屋さんなど、町の有志で作る「山楽会」のおっちゃんたち。メンバーのほとんどが50代という「山楽会」は、潅木や低草木などを掃除したり、沢の水を汲み上げて山に散水したりと、松茸が出やすい環境をつくるためにさまざまな活動を行っているグループだ。
 このように地元の方々でちゃんと管理されている山だから、関係者以外は入れないようになっている。
 その「山楽会」のおっちゃん4名と森林組合のスタッフ、私の計6名でアカマツの木々で覆われた山へと分け入った。
 思っていた以上にかなり傾斜のある山だ。そこを「山楽会」のみなさんは、足取りも軽やかにサクサクッと登って行く。歩いているというより、走っているに近い。
 私たちが山に入ったのは松茸狩りの最終日。この日が最後ということで、採り残しがないよう松茸が生えていそうなところをくまなくチェックしていく。
「ここに松茸があっがら、土を少し掘ってみて」
 測量屋さんが、山の斜面の枯れ葉がいっぱい落ちているところを指差して言う。
「えっ、ここ? 何もありませんけど」
「いいがら掘ってみでってば」
 半信半疑で枯れ葉をかき分けてみると、松茸の傘のてっぺんが見えた。
「うわ〜っ、マツタケだ!」
「なっ、あったべ」
 松茸を傷つけないよう、松茸のまわりの土を手で掘って、根元のところからそっと取りあげる。鼻をそっと近づけてみると、松茸のいい香りがした。
「松茸は、なにより鮮度が大切。刺身と同じなんだよ」
 だからいちばんおいしいのは採り立てなのだという。スーパーやデパートなどに並ぶ頃には、かなり鮮度が落ちてしまっているらしい。
 その日の収穫は大小合わせて十数本。市場に出たら相当な額である。
 収穫後、測量屋さんの事務所でインタビューをさせていただくことになった。測量屋さんのことをみんな親しげに‘Mちゃん’と呼んでいるが、御年60歳。「山楽会」の最年長者だ。
 みんなそれぞれ車で来ているので、自宅へ一旦帰って車を置いてから、歩いて事務所へ集合するという段取り。私はMちゃんに付いてみんなより先に事務所へ向かった。
 しばらくして事務所へ集まってきたおっちゃんたちの姿を見て驚いた。短角牛だの南部鼻曲がり鮭だのといった地元の珍しい食材、地酒、七輪などを抱えているのだ。
 もしかして宴会?
「名須川さんは車で来たんだがら、今日は近くの旅館に泊まって、明日帰ればいいんだ。岩泉町のおいしいもん、いっぱい食べさせっがら。採り立ての松茸は他では食べられねぇよ。まんず違うがら食べでって。松茸酒も、うめぇ〜よ〜」
 きゃ〜っ!? なんてステキな宴会!!
 でも、今日初めて会ったばかりなのに、こんなゴージャスな宴会に参加させてもらっていいものかどうか。なんだか悪い気がしてきたけれど、松茸の魅力には勝てず、結局、泊まることに決めた。
「名須川、泊まりま〜す!」
「んだ、んだ、それがいいんだ、そうすっぺ」
 そうと決まるとおっちゃんたちは、さっそく宴会の準備に取りかかり始めた。炭火をおこし、やかんで日本酒を温め、石のようにコチコチに堅い南部鼻曲がり鮭をノコギリで切る。
 みんな子供のような笑顔で作業に取りかかっている。なにやらとっても楽しそう。一緒にいる私までもが楽しくなってくる。
「いつもこんなふうにして飲み会なさってるんですか?」と訊くと、
「んだな、俺だぢはいつもこんな感じで楽しくやってんの」とMちゃん。
「いいですねぇ、人生を楽しんでるって感じで」
「そばも作ってるんだ。そばの実を植えて、収穫して、自分で挽いて、そばを打つの」
 なんとMちゃんは、そばを製粉したり、そばを打ったりするために、そば畑の近くに立派なログハウスを作ったそうだ。
 作業の合間を縫って、最年長者のMちゃん中心にインタビューをさせていただく。いかにしておいしい松茸が採れる環境を作ってきたか、Mちゃんはときどきタバコをふかしながら、渋い役者さんのようにニヒルな表情で淡々と語る。
 Mちゃん、かっこいいじゃん。
 インタビューを終えて事務所のキッチンを覗くと、おっちゃんたちが日本酒に松茸を入れて松茸酒を作り、外では七輪で松茸を焼いていた。その松茸の量が半端じゃない。まるで安いエリンギでも扱うように、豪快に調理しているのだ。どうやら先ほど採った松茸を全部使っているらしかった。
 す、すごい! やっぱり産地は違うなあ。
 しばらくして、応接室で宴会が始まった。テーブルには、焼き松茸、アルミホイルで包んで焼いた松茸の蒸し焼き、松茸酒といった松茸づくしのほかに、短角牛の炭火焼き、南部鼻曲がり鮭の酒浸しなどがのっかっている。
「うわ〜っ、盆と正月が一気に来ちゃったみたい!」
「俺だぢにしてみだら、こんなのはフツーだ」と、さらっと言いのけるおっちゃんたち。
「え〜っ!? これがフツー?」
「まあな」といった感じで、ちょっと自慢げに、でもハニカミながら頷く。
「うらやましいなあ。こういう生活が本当の贅沢って言うんでしょうねぇ」
 お世辞でも何でもなく、本気でそう思った。岩泉町は海も山もあり、日本三大鍾乳洞のひとつ“龍泉洞”があって水がきれいなことでも有名。効き過ぎて倒れる人が続出するという温泉もある。こんないいところ、日本全国見渡したってそうはないに違いない。
 松茸をいただいてみる。
「なに、この松茸!!」
 こんなおいしい松茸にはお目にかかったことがなかった。「採り立ては水分を多く含んでいて香り豊か」とおっちゃんたちが口を揃えて言っていたけれど、まさにその通り。口に含むとジュワ〜ッと松茸の汁があふれ出てきて、口いっぱいに風味が広がった。なんと松茸そのものから、土や枯れ葉など、さっき行った山の香りがしてくるではないか。山の旨味を凝縮させたような味。震えるほどの旨さである。
 いちばん興味のあった松茸酒は、なんとも不思議な味わい。まるでしいたけのダシ汁を飲んでいるようで、松茸の風味がまったくしない。その理由を聞いて驚いた。松茸の入れ過ぎだという。スゴイ話である。
 最初は無口だったおっちゃんたちだが、お酒が入るとどんどん饒舌になっていく。自分たちがいかに楽しく過ごしているかを熱く語り始めた。その度に私は「いいなあ」「すごいなあ」を連発。おっちゃんたちはますますエスカレートして熱弁をふるう。
 そんなふうに楽しく宴会をしているところへ、突然、知らないおばちゃんが息巻いて入ってきた。