第十一回
 北海道マラソン当日の朝、6時55分になんとかホテルのベッドから這い上がった。久しぶりの睡眠薬のせいで、後頭部がひきつったような変な感じがする。身体もだるい。起きるなり、昨晩の1錠を後悔した。
 くぼまみちゃんやアディダス・ジャパンの方たちと、7時に和食店で待ち合わせをしている。10キロレースのスタートは9時20分で、私は2時間前に起きればじゅうぶんなのかと思ったが、萩尾さんいわく、3時間以上は前に起床して、消化の良いものを軽く食べるのが理想だそう。
「朝食がお腹の中でこなれてくるには、3時間ぐらいかかるでしょう。でも、まあ、無理矢理早起きして寝不足になるぐらいなら、2時間前でもいいですよ」
 とのことだった。
 御飯ではなく、お粥にしてもらい、温泉玉子とおみおつけでいただく。焼き魚や漬物は申し訳ないが残した。さすがのくぼまみも、お粥を選ぶ。くぼまみはフォーモション、私はステラのウエアだった。
 朝食を終え会場に入ると、既に大勢のランナーがエントリーのために列を作っていた。みんながみんな、早そうに見える。胃がきゅっと縮まったような気がした。私たちもエントリー受付を済ませ、ゼッケンを着けようとすると、渡された袋の中に入っていた安全ピンがひとつ足りない。縁起が悪いなあと思いながら、再び受付にいってピンをもらった。普段は、星占いだの四柱推命だの風水だの、ああいうものには一切興味がないのだが、急に信心深くなっている自分がおかしい。
 気温は27度。北海道離れして暑い。スタートまで、萩尾さんにいろいろとアドヴァイスを受ける。レースではどうしても普段よりペースが上がって、後半に苦しくなる。だから、できるだけ自分のペースで普段通り走ること。特にスタートの時。みんなものすごいダッシュをするから、絶対にそれに巻き込まれないように、と強くいわれる。萩尾さんの指示で、心拍&速度計「スント」をして走ることにする。最初の数キロは時速8キロ前後で走ればいいから、という。そして、絶対にタイムを気にしないこと。
 9時20分、レースがスタート。競技場を2周してから場外のコースに出る。
 萩尾さんのいった通りだった。競技場内ではとりあえず周囲に歩調を合わせて走ってみたら、スントは時速13?14キロを示している。早?い! 思わず、声に出して叫んでしまった。こんな速度では、今の私は数キロで息があがってしまう。できるだけ他の人の邪魔にならないよう、少しずつ速度を落とした。競技場を出ると、細長い道が続く。塊だったランナーたちはあっという間にばらけ、私もくぼまみもどんどん追い抜かれていった。私はしょっちゅうスントを覗き、時速7キロ台をキープする。
 くぼまみはそんな私の横で、少しじれったそうにしていた。
「ねえ、気にしないで。行きたかったら行って。レースなんだから」
「じゃあ、そうします。お金がかかってるもんで!」
 そう、くぼまみは会社の上司と賭けをしているのだ。1時間10分以内に走れなかったら、エントリー・フィーと同じ四千円を払わなければならない。千円札を四枚折りたたんで、お守りのようにポケットに入れて走っている。あっという間にくぼまみの後ろ姿が小さくなった。
 後ろを振り返ってみると、もうほとんど人がいない。品の良さそうなおばあちゃまと「視覚障害者」とかかれたタスキをしているランナーぐらい。他には、どうやら競技場の外から勝手に紛れ込んできたらしいゼッケンなしのランナーが二人。あせらない、あせらない、私はスントを見ながら、自分にいい聞かせた。
 視覚障害者ランナーは、「ガイドランナー」と書かれたタスキをかけた女性と一緒に走っている。今は自分のことで精一杯だけれど、もっと自在に走れるようになったら私もガイドランナーをしたいと思った。純粋に視覚障害者の人たちの役に立ちたいという気持ちもあるけれど、正直にいえば自分のためだ。走っていると、普段の享楽的で自堕落な自分が間違っているような気分になる。かなり強く、だ。だからこそ、それを何かで清算したいのである。話はそれるけれど、チャリティって、多かれ少なかれ、こうしたエゴの上に成立っている部分もあるのではないだろうか。私は、それで助かる人がいれば、悪いことではないと思う。
 1キロほど過ぎると、太腿の裏を叩きながら止まってしまうランナーがいた。止まらないまでも、あきらかに息があがっていたり、超スローペースだったり。私は、変わらず、時速7キロ台をキープして、その人たちを追い抜いていった。3キロ地点と折り返し地点、そして7キロ地点で少しずつペースアップすればいいかな、と自分なりに計画をたてていた。
 ところが! 2キロもいかないうちに大事件が起こった。スントが、なんと時速43キロを示したのだ。ありえない! 私はスーパーマンじゃないよ! 足を動かしながら操作して直してはみたもの、すぐに時速が43キロになってしまう。その上、走行距離が1.85キロから動かなくなってしまった。スントに頼りきって走っている私は、かなりあせった。頭が混乱して、足がからまりそうになった。
 落ち着いて、落ち着いて! またもや、私は自分にいい聞かせた。今度は、本当にその言葉を声に出していった。小さな声だったけれど。ジャイアンツの桑田投手みたいかも。走りながら頭の中を整理して、結論を出す。もうスントのことは忘れよう、と。とりあえず、今日のところは、時速は気にせず、自分が気持ちいいぐらいの速度で走ろうと決めた。よりによってレース中に壊れるとは運が悪いけれど、これは機械に頼り過ぎていてはいけない、というメッセージ。そう思い込もうとした。
 気を取り直して走っていたら、前のほうで、ものすごい嗚咽が聞こえてきた。男性ランナーが道に座り込んで吐いている。おえ〜っと身も蓋もない声だ。同時に、吐しゃ物らしき匂いが漂ってきた。そのランナーは、何度も何度も、走っては立ち止まって吐き、吐いては走る、を繰り返した。根性は見上げたものだけれど、私だって一秒でも早くゴールしたくて走っている。彼の声と匂いでこっちまで気持ちが悪くなってしまうと思い、ペースを上げた。
 競技場を出た直後はビリから三番目だったはずだが、かなりの人を抜いた。いったい今、何キロ地点なのだろう。コースにあるといわれた距離表示がまったくない。緑色のTシャツを着た誘導スタッフにたずねると、こんな答えが返ってきた。
「まだ1キロちょっとだよ〜。頑張って」
 走り始めて30分近くたっている。いくらなんでも1キロということはない。いい加減なことを教えるぐらいなら判らないといって欲しい。速度だの走行距離だの、私は数字を気にしすぎかもしれないが、数字も気力を持続させるエネルギーになる。運営側はちょっと不親切だと思う。
 そうこうしているうちに、くぼまみに追いついた。コースは細長い一本道で、どこまでも続いているように見える。やはり、一人より二人で話しながらのほうが、気が紛れる。くぼまみは買ったばかりのランニング用の時計(もちろんアディダスのものです)を見ながら、しきりにゴールタイムを気にしていた。
 やっと、折り返し地点に到達する。あまりの暑さに、私は給水所で受け取った紙コップの水を肩から身体にかけてしまった。これは失敗だった。その瞬間だけは涼しいけれど、ウエアがびしょびしょになって気持ち悪かった。
 折り返し地点から少したつと、心強い助っ人が現われた。リュックをしょって黒いウエアに身を包んだ萩尾さんが、苦しそうに顔をゆがめたランナーたちのあいだを縫って、軽やかに走ってきた。様子を見にきてくれたのだ。私とくぼまみを交互に見ながらいった。
「なかなかいいペースですよ。だいたい、キロ6分半ぐらいかな。このままなら1時間10分切れますよ」
「ほんとにっ!」
 くぼまみが歓喜の声をあげる。
 本当に暑い日だった。くぼまみと萩尾さんと並んで走りながら、自分の身体の重さが恨めしくなった。本当に重い! 大きなおもりでも担いで走っているような気がする。絶対にダイエットしようと心に誓った。
 あと3キロぐらいかな、という萩尾さんの言葉を合図に、私たちはペースを上げた。さらに自分の身体の重さを突きつけられた。自分の息遣いが何重にもこだまして聞こえる。上り坂では、足が思うように前に出なかった。
 あと1キロという時、くぼまみは猛然とダッシュを始めた。後ろ姿を見ながら、私と萩尾さんでいいあった。
「お金がかかると人間変わるんだねえ」
 くぼまみがはじめて10キロを走ったのは、ほんの2ケ月前だ。三人で皇居を2周した。あの時、くぼまみは最後の数キロでは、金魚のように口をぱくぱくさせていたのだ。成長したのか、単にお金の力なのか?
 私も最後の1キロは、あるだけの力を振り絞って走った。声が出ようが、顔がゆがもうが、とにかく早く走ることだけを優先させた。最後のアップダウンでは心臓が痛いぐらいだった。競技場に入ってからも3人ほど抜き、くぼまみの少し後にゴールした。
 タイムは1時間5分であった。はじめてのレースにしては、まあまあかな......。
 不思議なもので、あれだけ力を振り絞ったつもりだったのに、ゴールしたとたん、もう一度走れるような気がしてきてしまう。持っている力を出し切っていないような感じなのだ。この感覚が、多くの人が長距離にハマる理由らしいけれど。
 夜は、ジンギスカンを飲むような勢いで食べ、ビールを吸い込むように飲んだ。ダイエットの決意はすっかりどこかへいってしまった。