第十三回
 走れば痛みが出て不安になり、走らなければ練習不足で不安になる。なんでロンドンマラソンに出たい、なんていっちゃったんだろう。大した運動経験はないし、体重だって増えたままだし、年齢的にもきついし、だいたい手術の一年後なんて無理だったのかもしれない……。そんな否定的なことばかりが頭に浮かぶ。このままでは、本当に走るのが嫌いになりそうだったので、とりあえず、チャレンジランまで一切のランニングやトレーニングをやめてみることにした。朝も無理して早起きはせず、夜はかつてのようにだらだら過ごし、なるべくランニングのことを考えない。もちろん、テニスも休んだ。その間、マッサージと鍼治療だけは受けた。
 九月二十五日は、FRaUの担当編集者である川良さんの結婚式だった。久しぶりにフルメイクをする。ハイヒールを履きたかったが、ぐっと我慢して中ヒールぐらいの無難な靴を履いて出掛けた。
 元はといえば、私がランニングに興味を持つきっかけは川良さんだった。二年ほど前、川良さんが、突然河口湖マラソンに出場し、10キロの部で完走したのだ。彼女から、走っている時の葛藤や苦しさ、ゴールでの感動を聞いて、ランニングが意外と楽しそうで身近なものだと思った。川良さんが、それまでスポーツにほとんど関心を示さなかった分だけ、印象的だったのかもしれない。それもこれも、当時つきあっていた恋人の影響で、その彼とめでたく結婚することになった。披露宴のスピーチでも、付き合い出したらいきなりランニングやテニスに熱中して、結婚が決まったとたんにほとんどやらなくなったと暴露されていた……。
 その日は、野口みずき選手が日本新記録を狙ってベルリンマラソンに出場する日でもあった。二次会から帰り、TVをつける。レース自体は、ラビット(判走者四人!)に囲まれた野口選手の独走で、特におもしろいものではなかった。野口選手は、見事2時間19分12秒で日本記録を達成。破られたのは、渋井陽子選手の2時間19分41秒という記録である。同じくベルリンで1年前に出したものだ。その差は、たった29秒差! 42.195キロを走って、たったの29秒しか違わないのだ。トップの選手にとっての1秒の重さを、見せ付けられた。
 TVでは、さかんに、野口選手の練習風景とともに「走った距離は裏切らない」という言葉を流している。つい、そりゃあ私だって走って足が痛くならないなら、走るよ! と思ってしまう。私みたいなまだ市民ランナーともいえないような初心者ジョガーだって、こんな腐った気分になるのだから、トップの選手が怪我をしたら、あせりと不安で生きた心地もしないだろう。
 野口選手は、レース後のインタビューで「最後の5キロは本当にきつかった」と話していた。日本記録を出すような選手でもきついこともあるんだと、勝手に勇気づけられる。

 足に痛みを残したまま、ランニングづけの週末がやってきた。土曜日に増田明美さん主催のチャレンジラン、日曜日には厚木の米軍基地で行われる駅伝に出場する。
チャレンジランの前日は、朝3キロほど軽く走った。久しぶりに身体を動かして汗を流したので、いらいらや不安は少しなくなった。午後は、青山皮膚科クリニックに“ドーピング”をしにいく。ビタミン注射と胎盤注射でたっぷりエネルギーを注入してもらう。先日の血液検査の結果も出ていた。私のCK値は148だった。50〜210の基準値内なので、こちらはまったく問題なし。スポーツ好きの亀山ドクターに、がんばってね、と声をかけられる。
北海道マラソンの時は北海道離れした暑さだったが、チャレンジラン当日は、10月離れした暑さだった。気温は27度。アディダス バイ ステラ・マッカートニーのタンクトップと短パン、短パンの下にハーフタイツを履く。タンクトップも短パンもショッキングピンクで、応援の人たちには好評だった。すぐ見つけられるから。
チャレンジランは、国立競技場をスタートして、神宮外苑を周回するコース。神宮球場や時々テニスをしているコート、絵画館前など、よく見知った風景だ。普段クルマや徒歩で通る道も、走るとまた別の景色が見えてくる。秋とは思えない暑さには辟易したけれど、とにかく走ることを楽しもうと、くぼまみと一緒にスタート地点に立った。といっても、私の前には何千人というランナーが立っている。申告タイム順にゼッケンが割り振られていて、エントリーの時にはレース経験もなかった私は、かなり後方からのスタートだ。萩尾さんには、またもや、他のランナーに引っ張られて飛ばし過ぎないように、との注意を受ける。
「じゃあ、スタートは北海道の時ぐらいの速度でいいですか?」
「あれはちょっと慎重になり過ぎですね。自分が楽な速度が一番。7キロ台だと走りにくいでしょ?」
 そんな心配も不要であった。スタートの合図から、私とくぼまみがスタートラインを超すまで2分近くもかかったのだ。ランナーが多くて、走るというより、歩いて国立競技場を出た、という感じだった。少しずつペースを上げようとしたが、競技場を出るといきなり上り坂。これが5周続くのかと思うと、最初から少し重い気分になった。 10月1日だというのに、太陽はじりじりと音がしそうに照り付けてくる。ランニングをする以上仕方がないことは判っているけれど、日焼けが気になる。もうリカヴァーできない年齢だしなあ。
私がそんなことを考えていると、くぼまみはいった。
「なんだか、お腹空きません?」
「朝、食べてこなかったの?」
「いいえ、普通に食べましたよ。卵とパンで。でも、走っているとお腹空いちゃって……」
「まだ1周目じゃん!」
 私なんか、水を飲んでも気持ち悪くなるのではないかと心配しているのに。
 走り出して10分もたたないうちに、すぐにトップの男子選手たちに追いつかれ、あっさりと抜かれる。周回コースならではの状況だ。私も、そこで悔しがるほど、身の程知らずな能天気ではない。というより、自分のことでいっぱいいっぱいなので、そんな余裕がないのだ。けれど、私たちが3周目に入るか入らないかという時に、競技場から勝利者インタビューが聞こえてきて、それにはさすがにちょっとみじめな気持ちになった。こっちはまだ半分しか走っていないのに。
 私は、いつものくせで、しょっちゅうスントを除いては、心拍数や時速を確認した。前半で心拍数が上がると、後半きつくなってしまう。絶えず、心拍数が上がりすぎていないかに神経を使いながら走った。なんだか、自分を実験台にして、データを収集しているみたいだ。
3周目になると、くぼまみもちらちらと腕の時計を見ながら、タイムを気にし始めた。気乗りのしない萩尾さんを相手に、ランチを賭けたのだ。65分以内で走ったら、会社の近くにある鮨屋のまぐろ丼をおごってもらうことになっている。萩尾さんは、自分には努力の余地がないのは不公平だとか何とか、ぶうぶういっていたのだが。北海道でも賭けたことで自分を奮起させ(?)、見事タイムをクリアしているから、味をしめているのかもしれない。
「あ〜、このままじゃあ、まぐろ丼がだめになっちゃうぅ。そうだ、甘糟さんも今度一緒にいきましょうよ」
「う、うん……」
「吟遊っていう、うちの会社の近くのお店なんですけどね、正式名称は、まぐろ尽くしっていって、あぶりトロとか中トロとか赤身とか、いろんなまぐろがのっているですよ。それでね……」
「くぼまみ、悪いけど、気持ち悪くなっちゃう。まぐろの話はゴールしてからでいい?」
「へ? ああ、ごめんなさい」
 30度近い炎天下で走りながら、まぐろ丼について熱心に語るくぼまみ。私はついていけなかった。
 4周目辺りになると、だんだん同じ景色に飽きてくる。見慣れた景色の新しい表情も、見慣れてしまうのだ。人間の習性とおろかさについて深く考えながら走る。他のランナーはどうしているのか判らないけれど、私は、こんなふうにまったく関係ないことを考えて気分転換しているのだ。
そのうちくぼまみとの会話も少なくなり、だんだん並走状態も崩れていく。暑さも増してきて、かっこつけていうと、これからが本当のレースという感じ。一人で走っていると、北海道の時と同じように黒いウエアに身を包んだ萩尾さんがコースから外れた道を逆走してきた。手にはVTRカメラを持っている。マネージメントをお願いしている事務所で記録を採っているのだ。萩尾さんは片手でカメラを持ち、私の横を並んで走り始める。
「甘糟さ〜ん、調子はどうですかあ?」
「はあ。ま、まあまあ、です……」
 話しかけられても、大した答えは返せない。言葉は私の大切な商売道具なのにね。周回で追い抜かれた時より、こちらのほうがくやしい。ふと萩尾さんを見ると、しょうこりもなく私に質問を投げかけながら、今度はカメラをこちらに向け、後ろ向きで走っている。私は精いっぱいの速度で走っているのに、後ろ向き! ほんの一瞬だけれど暑さや苦しさも忘れて、その事実に驚き、感心して、おかしくなってきてしまった。ほんと、笑いが出そう……。まあ、笑いと一緒に、身体からいろいろなものが出そうだったけれど。鼻水とかつばとかね。
 ゴールした後は、北海道と同じく数秒前にゴールしたくぼまみとハイタッチをしてから、ペットボトルの水を首の後ろにかけあった。タイムは北海道とほぼ同じ。スタートでのロスタイムがはっきりしないので、正確なタイムが判らないのだ。その後二人ともへなへなと座り込んでしまった。
 しばらくして立ち直ってから、くぼまみにいわれた。
「甘糟さん、まだ余力あったでしょう。北海道の時も思ったんですけど、ゴールしてからすぐ普通にしゃべったりしているし」
 それは自分でも感じていたことだった。ゴール直前は自分なりにペースを上げて頑張っているつもりなのだが、ゴールすると同時に、使い切れなかったエネルギー残量
をひしひしと実感するのだ。もしかして、配分下手なのか? それとも、心拍計を気にし過ぎているのだろうか。数字に振り回されるあまり、ゴールするまで自分を0にできないでいるのかもしれない。
 この自分への疑問は、次の日の駅伝で大きなものとなった。