第十四回
 駅伝が行われる厚木米軍基地には、品川から新幹線(!)で新横浜まで出て、そこから相模原に行った。右足がじんじん痛み、かなり気が重い状態だ。萩尾さんに一応パスポートを持参するようにいわれたのだが、事前のエントリー票があれば特に必要はなかった。
 米軍基地の中は文字通り、別世界だった。あらゆるものがせせこましく放り出されている相模原の街とは、すべてが違っていた。広大な芝生の敷地、たっぷりとした道路、頑丈そうな白い建物。何もかもが、のびのびとしていて、そして大味だった。日本は植民地なのかと錯覚をおこしそうになる。まあ、あながち錯覚でもないのかもしれないけれど。あまりの広大さに、一瞬だけ走ることを忘れて、そんなことを考えてしまった。
 前日のチャレンジランは10月離れした暑さだったが、この日はさらにさらに暑かった。最高気温32度。季節はずれの炎天下だった。
 アディダスからのエントリーは、女子が2チーム、男子が4チーム。私はアディダスの女子チームに混ぜてもらい、アンカーを務める。一番走者から5キロ、3キロ、2キロ、そしてアンカーは5キロを走る。第三走者の井原さんは、年齢も近く(私よりちょっとだけ下)テニスの腕前も同じぐらいなので、そのうちダブルスを組んでトーナメントに出ようと話している仲だ。毎朝、腹筋と背筋の運動と腕立て伏せをするというマッチョ系の女性で、私が誘ってR-bodyにも通っている。ジョギングも日課だという。そんな筋力も根性も申し分のない井原さんだけれど、マラソン参加はいくら誘っても断固拒否の姿勢を崩さない。駅伝でも、走るのは最短の2キロだ。
 女子&壮年男子のレースのスタート前、萩尾さんに、足の調子を聞かれる。
「正直いって、かなり痛いです。まあ、5キロだから、なんとかなると思うけど」
「無理しちゃだめですよ。痛かったら、すぐにやめていいですから。目標はあくまでもロンドンなんですから」
「はい……」
 そうはいわれても、よりによって誰でも知っているスポーツメーカーであるアディダスチームの、それもアンカーを走るのに、棄権なんてできるわけがない。自分のレースよりも緊張した。
 大会自体はかなりお祭り状態で、赤いアフロのかつらの人やらチームでウエアを揃えている人たちやら、いろいろだ。なんとテニスウエアの女性もいる。そうかと思うと、「初心」とか「気合」などと書かれたTシャツを着ている根性派、チーム全員の名前が入ったTシャツの人たちもいた。私のウェアは、前回がステラ・マッカートニーだったので、今回はフォーモーション。これは、私なりの「気合」入れの選択である。
 萩尾さんが、赤いタスキの輪っかの大きさを調整できるように結んでくれる。インフォメーションやスタートへのカウントダウンはすべて英語と日本語のバイリンガル、先導車を運転しているのは迷彩服を着た軍人で、米軍基地という場所をあらためて意識させられた。
 いざスタートしたものの、人数が多すぎて、自分のチームの第一走者すらどこを走っているのか判らないぐらい。アンカーにタスキが回ってくるのは、どう考えても1時間後ぐらいだから、レースが始まった実感があまりわかなかった。足の痛みとトイレの場所ばかりが気になる。そして、何より暑さ。時々目眩がしそうになるぐらい暑かった。
 中継地点には、まるでブランドもののセール会場のように人が群がっている。次走者以外は入らないようにスタッフが規制しているのだが、その次走者も自分へのタスキが来ていないかどうか確かめようと、ついついコースにはみ出てしまう。中継地点の前のコーナーを走る走者のゼッケンを順番に読み上げてはいるものの、一度しか読み上げないので、みんな不安なのだろう。とにかく、混乱している中継地点では、次の走者がいなくてタスキを持ったまま足踏みしている人がけっこういる。
「必死に走ってきて、あれはかわいそう」
「泣きたくなるよね」
 遠巻き見て、くぼまみや井原さんとそんな会話をした。くぼまみは、もうひとつのチームのアンカーだ。
 そろそろ先頭を走るチームのアンカーにタスキが渡され始め、私も第三中継所にいった。くぼまみと直前まで水を飲む。飲んでも飲んでも、暑さと緊張ですぐに喉が乾いてしまう。数字を連呼する声も、時々ずっと遠くからのように聞こえる。相変わらず、中継地点は大混乱で、一人ものすごい勢いでスタッフにクレームをつけている女性がいた。走り終わったばかりの第三走者らしいのだが、コースに人が入ってきてころびそうになり、うまくタスキが渡せなかったらしい。
「ちょっと、ここにはルールってもんがないんですか! これ、見てくださいよ、これ。こんなにぐちゃぐちゃじゃあ、誰が走者だか何だが判らないでしょっ。あたしはいいよ、あたしは。これから走る人がかわいそうじゃないのぉっ。聞いてるんですか?」
 スタッフは、今現在走っている人にコースを開けようと、必死で群集を規制しながら、そのクレームにもうなずいている。けれど、その女性の剣幕は納まるどころか、どんどんヒートアップしていった。
「まだレースは終わっていないんだから、これから走る人のためにも改善してくださいっ。大会本部にいいに行けっていってるのよ」
 私はあっけにとられて、その様子を見ていると、どこからか萩尾さんの怒号が聞こえてきた。
「甘糟さん、タスキ受け取って!」
 えっ! と思って、中継地点を見ると、井原さんがおろおろしながら辺りを見渡している。もちろん、私を捜しているのだ。私は、コースに飛び出して、井原さんからタスキを受け取った。
「ごめん。ほんとにごめん」
「いいから、早くいって!」
 あせりから、ほとんど100メートル走でも走るかのように、ダッシュする。この失態を取り戻さなければ! その一心で走りながらスントをちらっと見ると、時速15キロになっていた。5キロとはいえ、こんなペースで走り続けられるわけがない。今度は、あわてて速度を落とす。もちろん、自分の不注意とはいえ、さっきのクレーム女性を恨む気持ちがなかったとはいえない。
――これから走る人の邪魔しているのは、お前だあ!
 と、正直いって思った。
 速度をあげたり落としたりしたし、そんなことで気が散っているし、いつもの感じで走れるようになるまで少し時間がかかる。そのあいだ、壮年男子の部のランナーには次々と抜かれていった。太陽が反射した芝生が眩しいほど輝いている。目には汗が入り、首の後ろがじりじり熱くなった。
 走っていると、身体のいろいろな感覚が敏感になる。視覚も聴覚も触覚も嗅覚も味覚も、すべてが研ぎ澄まされていく感じ、といったらいいだろうか。自分の息遣いと足音だけが聞こえる。他のランナーに抜かれる直前には、背後からもわっとした汗の匂いがする。口の中で泳ぐ唾液の味が舌に染みていく。
 熱さでぼうっとして、もう他のランナーは単なる背景になった。自分の息遣いとスントの数字だけが意識に刻まれている。スントの数字が170を越え、足の痛みが少し気になったので、少しペースを落とす。
 途中、水浴び所のようなところがあり、大きなバケツにひしゃくが用意されていた。わらをも掴む、というような気持ちで、バケツの水を直接手にとり、何度も自分にかける。そうしたら、しぶきが少々バケツに跳ね返ってしまったらしく、スタッフのおばさんに怒鳴られる。
「あんた、自分さえ良ければいいの?」
 気が回らなくてすみません、と口に出す気力もなく、そのまま走り去った。気の荒い女性に遭遇することが多い日だ……。
 最後のコーナーを曲がると、赤いゴールを見えた。沿道で井原さんが声をかけてくれる。
「さっきは本当にごめんねえ」
 あやまってから、ペースをあげた。それまで、かなりちんたら走っていたので、面白いように足が動く。小学校の時の50メートル走のような気分だった。2、3人のランナーを抜く。ゴール直前に、かなりの勢いで、小さな影を右後ろに感じたので、猛ダッシュ。抜かれずにゴールはしたものの、心拍計は184まであがっていた。心臓が痛い。
 とりあえず棄権することなくゴールができたけれど、中継所のミスは棄権に近い大失敗であった。チームメイトの皆さん、萩尾さん、本当にごめんなさい。