第二十二回
 いよいよレースまで、残り約一ケ月という三月のある日。テニスの伊達公子さんにロンドンマラソンの経験談をゆっくり聞こうと、食事会を行った。マネージャーの松波さん、くぼまみ、それに私。場所は恵比寿のジョエル・ロブション。
 松波さんが、伊達さんが走った2004年大会のパンフレットやスナップ写真など、資料になりそうなものを持ってきてくれた。中には栄養士から指示されたメニューもあった。伊達さんは3時間30分を切るという、高いハードルを掲げていたため、レース前は本格的なカーボローディングを行ったのだ。カーボとは炭水化物のこと。本番の数日前から一時的に炭水化物をカットして、前々日ぐらいから今度は炭水化物を大量にとる。こうして、いったん空にしたタンクに走るためのエネルギーを溜め込む。
白戸さんに、私レベルではカーボローディングは必要ないといわれているけれど、何事も形から入って気持ちを盛り上げたいので、メモを片手に話に聞き入った。伊達さんは、おもち、大福、カステラ、それにレトルトの白米を持っていたそうだ(現役時代の伊達さんは“ライスボール”がパワーの源だと、よく報道されていましたね)。レース当日の朝食の時に、松波さんがパンを焼くためのトースターでおもちを焼いていたら、外国人たちが珍しがって周囲に人だかりができてしまったそうだ。
正直いうと、私の場合は、カーボローディングどころかお腹をこわさないようにするのが最優先である。ちょっと緊張したりストレスがかかると、すぐ神経性胃炎だとか過敏性腸症候群になってしまうから。
ところで、白戸さんがこんなことをいっていた。
「スポーツ選手になるには、運動神経とか筋力以前に、まず胃腸が丈夫なことですね。緊張していちいちおなかを壊してたら、エネルギーをとれなくなっちゃいますから。後は、どこでもいつでも眠れるっていうのも大切だろうなあ」
 お腹をこわしやすくて不眠気味の私は、最もスポーツ選手に向いていないタイプの人間だ。その点、くぼまみはかなり有望である。ちなみに伊達さんにその点を聞いてみたら、やはり胃腸も睡眠もOKとのことだった。
 記録を意識していた伊達さんは、とにかく軽量化することを考え、アクセサリー類はすべてはずしていたという。結婚指輪もである。走る時はどんなピアスがかっこいいかなあなどと考えている私とは大違いだ。元世界ランカーの伊達さんが本気で行っていた練習内容など、もちろん具体的に真似できるものではないけれど、気持ちの持っていき方はとても参考になった。励まされたし、刺激にもなった。
 しょっちゅう痛みが出て練習をキャンセルしていて不安だという私に、伊達さんはいった。
「マイナスなことは一切考えちゃだめですよ。今まで走ってきたことを自信に変えなきゃ。レースだって、いつもと同じことをすればいいんだから」
 いつもと同じことをするだけ。伊達さんは現役時代の大勝負の時、きっとこの言葉を自分にいい聞かせていたのだろうと思った。
 スナップ写真には、ゴール直前のカットが数点あった。それを見ながら、伊達さんはちょっと不満そうになった。
「これ、見てくださいよ。この青いウエアの人。ゴール前の写真では私の後ろにいるのに、ゴールした時の写真では、ほら、ここ! 前にいるの。いつの間にか抜かされちゃってるんですよえ。ああ、くやしい!」
 負けん気はさすが……。もう、二年近く前のことなのに。胃腸、睡眠、それに負けん気。私はまったくスポーツ選手には向いてない。
 ゴール直後にエクレアにかぶりついている写真もあって、くぼまみと私は、レース後のご褒美は何にするかで多いに盛り上がった。ケーキかお酒か、何がいいだろう。そういえば、チームメイトの森ちゃんが、シャンパーニュ・ファイトでもする? といっていたけれど、全員同時期にゴールしないと無理だろうなあ。WBCみたいでかっこういいのだけれど。
 この日は、ロブションさんが来日中だった。ロブションさんとは、何度か食事をご一緒している。チームメイトの松井さんはこのレストランを経営する会社の専務である。ちなみに、この店のインテリアを手掛けたのは森ちゃんだ。松井さんたちとわざわざキッチンから挨拶に来てくださった。何度も何度も、本当に私や松井さんや森ちゃんが42.195キロを走るつもりなのか、と驚いている。そして、こうもいった。
「ゴールにシャンパーニュとハモン・イベリコを置いておけば、リリコが一番早いかもしれない」
だといいのですが……。
 いろいろな人が応援してくれて、とても励みになるし、伊達さんの話でかなり前向きになれた。けれど、たったひとつ不安が取り除けないことがある。レースの後である。伊達さんいわく、当日の夜はとにかく興奮するそう。両手を広げてこういった。
「もう、やったー、わーっていう感じ」
それから、体力や筋肉も心配。伊達さんでさえ、一週間は今まで経験したことのない筋肉痛になったという。私の場合、レースの後なら、どうなってもいい、というわけにもいかないのだ。
 まず、23日にレースを走ったら、翌24日にはFRaU編集部に、その様子を書いて送らなければならない。5月20日発売のスポーツ特集号に間に合わせるために、超綱渡りの入稿である。東京では川良さんが万全の体制をしいて、待ち構えている。それが終わると、ホテルを移動して、通常の連載のホテルジョグのノートの取材がある。ロンドンのホテルにあるジョギング・マップのコースを走らなければならないのだ。それから、もちろん、この連載の原稿もある……。むしろ、走った後のほうが大変かもしれない。そんな私のスケジュールを聞いて、くぼまみがいった。
「なんだか別の種類のトライアスロンみたいですね。これだけ走っても、まだ競技が残っている! 次は原稿、それから取材! みたいな感じ」
 なるほどね。私はwritingという競技のアスリートなのだ。これなら、胃腸も睡眠も負けん気もあんまり関係ないし。
 なーんて、ことをふと白戸さんにいったら、明るい声でこう返された。
「そうだ! ロンドン終わったら、トライアスロンやろうよ。本当のほうの。甘糟さん、泳げる?」
 あり得ません。