超魔球スッポぬけ!
朱川湊人
かたみ歌
テレビに出ましたよ
 こんにちは、シュカワです。
 ここのところ、ずいぶん涼しくなりました。みなさん、体調なんか崩したりしていませんか。僕は、新刊本の原稿を完成させるためにホテルにカンヅメになったり、雑誌の企画でオムライスの食べ歩きをしたり(一日五件というのは、シャレになってないっす)、あれやこれやと忙しく過ごしています。まぁ、基本はパソコンにかじりついて原稿を書いている日々なのですが。
 さて、その間を縫って、テレビに出てきました。
 NHKの『生活ほっとモーニング』という番組です。十月二十四日の放送で、もうとっくに終わってしまったのですが、ごらんいただいた方はいらっしゃるでしょうか。
 公共の電波に五十分以上も、けしてイケメンとは言えないこのツラを晒してしまい、恥ずかしいというより、むしろ申し訳ない……という気持ちの方が勝っているのですが、放送されてしまったものは仕方ありません。今となっては「見ましたよ」と言ってこられる編集の方、友人、親戚、近所の人に対し、「ただ、いっさいは過ぎていきます」という太宰治『人間失格』的な境地で、悲しげな微笑を返す他はありません。いや、ホントにスミマセンでした。
 前にもチラリと書きましたが、僕はどうも目立つのが得意ではありません。
 お酒の席などでは、むしろ騒々しいくらいなのですが、自分にスポットライトが当たると急に静かになってしまうタイプです。まぁ、いわゆるヘタレなのですが、そういう人がテレビに出たりするのは、とっても危険です。しかも生放送だなんて、正気の沙汰じゃありません。
 追い詰められると逆上するタイプなので、噛みまくるのは当然として、答えの難しい質問などをされると、もう大変です。放送禁止用語のオンパレードをぶちかまし、『しばらくお待ちください』という、近頃では滅多に見なくなった画面に切り替えられてしまう――そういう惨事が十分に予想される状況です。
 ですから、この話をいただいた時も、相当悩んだのでした。「人生相談のようにすりガラス越しでどうでしょう」とか「ヤバイ業界の人風に、顔は写さず音声を変えるのはいかがですか」、果てには「『サンダーバード』や『三国志』のように人形を作ってもらい、僕が声をアテるのは」というアイディアを出したのですが、ことごとく却下されてしまいました。
 そんなにイヤなら断ればいいじゃないか……と思われる方もいらっしゃると思いますが、少しでも多くの人に著作を知っていただくためには、全国放送で紹介していただける機会を逃す手はありません(このへん、ちょっと生臭いですか)。『アルプスの少女ハイジ』のクララだって勇気を出して立ち上がったのですから、四十二歳のオヤジである僕も、がんばらなくてはならないでしょう。ただし僕の場合、同じ立つでも、窮地に立つことになってしまったのですが。 

 実を言うとテレビに呼んでいただくのは、これで三回目になります。少し前に、ニュース番組の特集コーナー(関西限定です)と、BS『週刊ブックレビュー』に出演させていただきました。
 ですが、両方とも画面に写るのは十五分から二十分ほどで、しかも録画です。とんでもないことを口走ってしまっても、編集でどうにかしてもらえる……と思うと、気持ちもずいぶん楽でした。実際、司会の方に上手にリードしていただいて、その二つは無事にクリアすることができました。
 ところが今度は五十分みっちり、初めから終わりまで出ずっぱり――しかもVTRで家族や親類まで出演させるというのです。それはキツイと思ったのですが、一度出演を了承してしまった以上、「やっぱり、やめます」というわけにはいきません。今だから言いますが、正直なところ、目の前が真っ暗になっちまいましたですよ。
 スタジオで話しているだけでは五十分も持たないので、その合間に、生まれ故郷の大阪を歩いているところや日常生活を撮影したVTRを流すということだったのですが、一番困ったのは「自宅で仕事をしているところや、家族とくつろいでいる光景を撮らせてください」という申し入れでした。
 正直に言ってウチは、とても他人様にお見せできるような状況ではありません。
 特に僕の仕事部屋は家族からも『魔窟』と恐れられていて、本やビデオやプラモの箱や奇妙なコレクションで溢れかえって、四方の壁はすでに見えない状態です。ちょっと移動するにもコツがいるような有様で、僕以外、足を踏み入れることさえできません(今もその部屋で、いろんなものに挟まれながら、この原稿を書いているのですが)。
 そこよりはマシとは言え、他の部屋もテレビに映るとなると、年末以上に念入りな片付けが必要でしょう。今のままでしたら、もしヨネスケさんが巨大なしゃもじを携えて夕食時に突撃してきたら、取材クルーごと拉致監禁しなければならない状態です。
 かといって、いきなり大掃除を始める時間の余裕が、僕にはまったくありませんでした。せめて一ヶ月は時間をもらわないと、とてもカメラを入れられるようにはならないでしょう。けれど、そんなことをしていては、いろんな人に迷惑をかけることは確実です。
 ひたすらお願いして、どうにか家の中での撮影はカンベンしてもらいました。そのせいでVTR素材がずいぶん少なくなってしまったので、大阪で撮影する部分をぐーんと増やしていただきました。万博跡地の『太陽の塔』を見学したり、鶴橋駅前の長い商店街を散策したり、『凍蝶』という作品の舞台になった大きな墓地を訪れたり……という具合です。これなら視聴者の方も飽きずに済むでしょうし、何より大阪のいろいろな場所を紹介できるのが嬉しいところです。故郷に錦を飾っていると言ってもいいかもしれません。
(じゃあ、撮影に行く日までに、仕事をキッチリ終わらせておかないとな)
 殊勝にも僕はそう考えて、マジメに仕事に取りかかったのですが――いやぁ、考えている通りにコトが進むほど、世の中は甘くありませんでした。前日、徹夜して頑張ったのですが、出発する時間になっても、三分の二以上も仕事が残っていたのです。具体的な枚数は伏せますが、ハッキリ言って、普通なら一週間はかかるくらいの量です。
 その結果、僕はそれまでの不眠記録を大きく更新することになりました。
 ロケ車の中でもパソコンのバッテリーが続く限り原稿を書き、撮影がすべて終わってクルーの方たちが東京に帰ってしまっても僕だけは大阪に泊まり(移動の時間が惜しかったので)、どうにかすべて終わらせたのですが、その四日間の睡眠時間は、トータルで六時間でした。よく死ななかったなぁ……と思います。

 それからまもなく、出演する日が来ました。
 前日の夜にNHK近くのホテルに泊まり、スタジオに入ったのは朝の七時半ごろです。すでに緊張は始まっていて、それこそ地面に足が着いていないホバー走行状態だったのですが、馴染みの編集の方が応援に来てくださったので、気持ち的にずいぶん助けられました。
 ようやく落ち着いた気分になったところで、メイク室に連れて行かれ、顔にいわゆるドーランを塗られました。ムダに表面積の広い顔なので、メイクの方はとても大変そうでしたが、そこは仕事と割り切っていただくことにします。
 前にも感じたことですが、あれはスゴイものです。スポンジで顔を撫でるたびに、何というか、サクサク若返っていくんです。ヒゲ剃り跡は消えるわ、オヤジっぽい口元まわりの影も消えるわ、髪は増えるわ、体重はドカドカ落ちるわ、もう大変(後半二つはウソ)。世の女性がお化粧する気持ちも、大いにわかりました。番組が終わったあと、そのまま帰りたい衝動に駆られたくらいでしたから――もっとも、放送後にいただいた知り合いからのメールに「ドーランが強くて、シャネルズのようでしたね」という一文があったので、けっこう不自然だったのかもしれません(それにしても、シャネルズは古いっす。ラッツ&スターでもキツイのに)。
 いよいよ放送開始の時間になって緊張は最大レベルに達し、頭の中が何だか熱くなってきたのですが、いざ始まってみると、キャスターの内多勝康さんと黒崎めぐみさんにすべてお任せで、僕自身は、とっても楽なものでした。お二人ともフレンドリーな方でしたので、話すことに集中していれば、変なことを口走る心配も、悪い癖の『妄想笑い』をしてしまう恐れもないのでした。
 ところが番組半ばに来て、突然プレッシャーがかかる出来事が起こりました。
 親交のある先輩作家として、石田衣良さんのコメントVTRが流れたのです。まったく知らされていなかったので、とても驚いたのですが、何とその中で石田さんがおっしゃるのは――「きっと今は緊張してマジメなことしか言っていないと思いますが、それは本当のシュカワさんではありません。このあと、すごく面白いことを言ってくれるだろうと期待しています」
 これは石田さんが言った通りではなく、あくまでも大意ですが、まるで僕が緊張してゴチゴチになっていることまで見抜いているかのようなお言葉です。直木賞の授賞式の時もそうでしたが(バックナンバーの第三回を見てくださいね)、石田さん的には『ギャグを飛ばさないシュカワはシュカワにあらず』と思っていらっしゃる部分があるようです。さらに一緒に新宿の某ショーパブに行った時、僕があるニューハーフのダンサーをとても気に入っていたという話まで披露してくださり(それは確かに真実ではあるのですが)、僕は思わず心の中で唸ってしまったのでした。
 期待されると、やりたくなってしまうのが僕のサガです。
 ここは一つ、石田さんのためにも……と気負ったのですが、なかなかタイミングがつかめず、結局は穏便な形で番組の終わりを迎えました。いくつか心に浮かんだものもあったのですが、それを発した瞬間に背負わなければならなくなる責任を思うと、とても口に出すことはできませんでした。というか、やっぱりムリですって。
 そんなこんなで、どうにかテレビ出演をクリアーすることができました。やっぱり僕のような小心者には、なかなか大変な仕事です。
 放送後、いろんな人から「どうでしたか」と出演の感想を聞かれましたが、「日常的にテレビに出ている人は、すごいですねぇ」という、子供のような感想しか出てこないのでした。これは本当に、ウソ偽りない心情です。
 最後に、みなさんにアドバイスを一つ。
 もし、みなさんがテレビに出ることになった時は、自分に合った『緊張をほぐす方法』をいくつか探しておいた方がいいですよ。掌に人という文字を書いて飲むヤツ――あれは全然、利かないです。
朱川湊人(しゅかわ・みなと)プロフィール
1963年1月7日大阪府大阪市生まれ。81年東京都立淵江高等学校卒業。86年慶応義塾大学文学部国文学科卒業。出版社勤務を経て文筆業に。平成14年「フクロウ男」(『都市伝説セピア』文藝春秋刊=第130回直木賞候補所収)で第41回オール讀物新人賞を受賞し、デビュー。平成15年には「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞を受賞、平成17年に「花まんま」で第133回直木賞を受賞した。他の著書に『さよならの空』(角川書店)、『かたみ歌』(新潮社)がある。