超魔球スッポぬけ!
朱川湊人
かたみ歌
年末に、あれこれ思う
 こんにちは、シュカワです。
 十二月も半ばを過ぎて、全国の先生初め、みなさん全力疾走の日々を送られていることと思いますが、お元気ですか。風邪が流行っているそうなので、ホント気をつけてくださいね。うがい薬を使うといいそうですよ。
 さて、このWEBマガジンも今回が今年最後の更新とのこと。
 そうなりますと、やはり『今年一年を振り返って』的なお話をしなくてはなりますまい。テレビや雑誌も、そういう時期ですし。

 ワタシは男四十二歳、今年は厄年でした。
 厄年というのは、何だかいろんな解釈があるようですが、要は『ちょっと危ないお年頃』と考えておけば、OKなようです。精神的にも肉体的にも変調が起きやすい時期……というわけですね。(もっと深く考える向きもありますが、あんまりやり過ぎると、このページが遥かな世界に行ってしまう可能性がありますので、このくらいの解釈でとどめておきましょう)。
 ですが今年のワタシは、正直なところ絶好調でありました。
 楽しいことや嬉しいことがドンドコあって、とっても楽しい一年だったのです。まさに厄年バンザイ!状態だったわけですが、地元の西新井大師での厄払いが功を奏した……という説もあります。
 やっぱり一番大きな出来事は、直木賞という、とても大きな賞をいただいたことに尽きます。
 そもそも、ワタシが小説家になりたいと思ったのは中学の時(ちなみに、その前はマンガ家でしたが、どうしても女の子が描けず断念しました)でしたが、まぁ、世の中の厳しさを今ひとつ実感していない頃ですから、いつかは自分も……なんて、調子のいいことを考えたりもしていたのです。
 ですが年齢を重ね、現実というものを知るにつれ、そういうアマーイ認識は見事になくなっていきました。特に社会人になってからは小説を書く時間が激減して、夢そのものが危うくなった時期もありましたので、なおさらです。
 ですから直木賞に関しては『世の中にはそういう賞があるけれど、まぁ、自分とは無関係なものである』というのが、基本姿勢だったわけです。
 シミッタレてはいますけれど、三十代後半まで何の芽も出なかった駆け出しの小説家としては、自分の器をよく認識した、現実的な見識といえるのではないかと思います。
 それが実際にいただけたのですから、やっぱり「マジっすか」という気持ちになってしまうのは当然でしょう。
 選考会の日は、あるホテルのビアレストランで各社の担当編集の方々と一緒に、いわゆる『待ち会』というのをやっていたのですが、受賞決定の電話を受けている写真を見ると、もう完全にイッちゃった顔をしてます。目は半分くらい瞳孔が開いて焦点が合っておらず、口は力なく半開き、なぜか手は膝の上にコチンと置いてあって、まさにアストラル体離脱中……という感じです。
 受賞のショックがどれだけ大きかったか、というのを雄弁に語っている一枚ですが、その写真に全然別のセリフをつけると、ものすごく遊べたりもします。絶対、外に出しませんけどね。
 受賞は七月のことでしたが、その後は、まさしく嵐のような日々でした。
 ちょこっとテレビに出させてもらったり、たくさんインタビューしてもらったり、サイン会までやらせてもらって、まさしくこの世の春モードです。確実に睡眠不足にはなりましたが、楽しかったので全然辛くなかったですね。
 そういえばサイン会というのも、やってみると、なかなか緊張するものですよ。
 自慢じゃありませんが、ワタシの字というのは中学校以来進歩しておらず、以前、子供の学校の書類を書いた時に「ちゃんと、お父さんかお母さんに書いてもらいなさい」と、子供があらぬ疑いをかけられてしまったほどです。
 そういう人が、みんなの見ている前で名前を書かなければならないのですから、そのプレッシャーたるや、いかばかりのものか――日ペンの美子ちゃんの講座を真剣に受けようと思ったことがあるアナタになら、きっとわかってもらえるでしょう。
 しかもワタシは実は左利きでして、当然、左手で字を書きます。サインをするのはだいたい表紙の近くですから、左手首の支えがなくて、はなはだ書きにくくなります(よくわからない人は、やってみましょう)。そのためにヘタな字がますますヘタになり、いっそリンゴの絵でも描いた方が、まだ喜んでいただけるのではないか……という気になってしまうのでした。
 ですから、この先、ヘタな字のサインよりもリンゴの絵を希望する方は、言ってくださればお応えしますので、お気軽にどうぞ。
 
 睡眠不足の記録を更新したのは、十月の半ば頃、テレビの撮影で大阪に行った時でしたね。
 それまではどんなに忙しい時でも、二十四時間丸々起きていると脳内カラータイマーが点滅し、強制的に睡眠モードになっていたのですが(つまり、うっかり寝ちまうってことですな)、この時はカラータイマー点滅しっぱなしでした。
 大阪へは夜の新幹線で行ったのですが、その時点ですでに二十四時間貫徹状態でした。
 それでも連載小説が一本と、締め切りがとうに過ぎている五十枚の短編小説が終わっておらず、新幹線の中でもパソコンのバッテリーが続く限り書いていました。そのままホテルにチェックインして朝まで書きましたが、やはりどちらも終わらず――朝になってロケ車に乗って撮影に出たわけですが、その移動中もキーボードをパチパチやっている状態です。どうにかできた連載小説の方を、従兄弟の私物パソコンから送信させてもらう……という迷惑までかけてしまいました。
 撮影は夕方に終わり、本来ならスタッフの皆さんといっしょに帰ってくるはずだったのですが、移動の時間がもったいなくて、私だけ大阪に残って仕事を続けました。その時点で五十時間以上寝ていなかったわけですが、不思議と辛くありませんでした。きっと脳内麻薬がビシビシと分泌されていたのでしょう。ただ、アルコールを体に入れるとヤバそうな気がして、好きなビールも一切飲まないように心がけていましたけれど。
 どうにか書きあがったのが翌日の午前中でしたが、小説というのは、書いて終わるというものではなく、その後にゲラというものを見なければなりません。要は雑誌に載る形にしたものをチェックして不備な点を直したり、少しでもいいものになるように努力したりするわけです。それに三時近くまでかかって、結局大阪を出たのは四時ごろでした。
 ところが――その段階でもワタシには、まだ仕事が残っていたのでした。そう、この『超魔球スッポ抜け!』の更新です。
「こうなったら、トコトンやらねば」と、ワタシは新幹線の中で原稿を書き始めました。すでに不眠記録は七十時間を過ぎていましたが、人間、ヤル時はやらねばなりません。
 ところが、さすがに体の方が、ヤバイと判断したのかもしれませんが――名古屋を過ぎた時点で、ワタシは気を失ってしまったのです。
 ほんの数秒、目を閉じただけのような感覚しかないのに、気がついたらすでに東京で、新幹線の車両の中を係の人が清掃していました。その方が、体を揺すって起こしてくれたのです。商売道具のパソコン(愛称・スパイディー2号)は膝の上でずっこけ、バッテリーがあがっていました。
「いやぁ……死んでいるんじゃないかと思いました」
 起こしてくれた人が、あながち冗談ではなさそうな口調で言っておられたのも、今ではいい思い出です。
 その後、そのまま家に帰って寝られれば良かったのですが、実は、まだテレビの撮影が一部残っていました。しかも、新宿から八王子を往復するナイトクルージング付き。もう、何でもやりますよ、こうなったら。
 けれど、少し眠ったのが良かったようで(ドラクエシリーズでたとえれば、薬草を三個くらい使った感じでしょうか)、それもどうにかこなして、ようやく家に帰りました。しかし! この『超魔球スッポ抜け!』の更新が終わっていません。楽しみにしていただいているみなさんのためにも、弱音を吐いて寝てしまうわけにはいかないのです。
「ここがオトコの見せ所じゃあ!」と気合を入れて、さらにその後、明け方近くまでかかって、原稿を書き上げました。
 ちなみにそれは第四回の、発情した見知らぬ老婆に鼻を舐められたという、何だか世にも情けない話の回です(今すぐ、バックナンバーにGO!)。あれが一応、ワタシのオトコ仕事だったんですけど……何だか文字通り、スッポ抜けているような、いないような……。

 そんなこんなで、今年は本当に楽しい年でした。
 もちろんヘコむような出来事も、当然のようにあったのですけど、人生、楽しいことだけ覚えておきたい……というのがワタシのポリシーですので、ここではスルーしましょう(つまり、そういう風に生きていれば、どんな一年でも、必ずいい一年で終われるってワケですね)。
 で、最後にチョイとコマーシャル―― 集英社発行の『YOU』というコミック誌上で、十二月十五日発売号より、私の短編集『花まんま』が四号連続でコミック化されています。「活字はどうもなぁ」という人(そういう人が、このページを読んでいるかどうかは不明ですが)は、どうぞよろしく。 また十二月二十二日には、角川書店より新刊「わくらば日記」が発売されます。昭和三十年代を舞台に、不思議な能力をもつ少女が活躍する話ですが、けっこういいものになってますので、お正月のコタツのお供にどうぞ。さらに、お正月四日にはTBSラジオにて、ワタシの「かたみ歌」がラジオドラマとして放送される予定ですので、こちらもヨロシク(放送時間等は、TBSラジオにお問い合わせいただくか、当日の番組表を参照してください)。
 次回の更新は一月半ばということで、間にクリスマスやお正月を挟んで、きっとワタシにもみなさんにも、楽しいことがイッパイありますね。さらにワタシは誕生日もあるので、次にお会いする時は、今より少しは落ち着いた、渋いオヤジになっている予定です。
 では次回まで――くれぐれも体には気をつけて、元気に楽しくお過ごしくださいね。
 みなさんの年末年始が、幸福なものでありますように。
朱川湊人(しゅかわ・みなと)プロフィール
1963年1月7日大阪府大阪市生まれ。81年東京都立淵江高等学校卒業。86年慶応義塾大学文学部国文学科卒業。出版社勤務を経て文筆業に。平成14年「フクロウ男」(『都市伝説セピア』文藝春秋刊=第130回直木賞候補所収)で第41回オール讀物新人賞を受賞し、デビュー。平成15年には「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞を受賞、平成17年に「花まんま」で第133回直木賞を受賞した。他の著書に『さよならの空』(角川書店)、『かたみ歌』(新潮社)がある。