超魔球スッポぬけ!
朱川湊人
わくらば日記
魂のごはん
 こんにちは、シュカワです。
 世の中は、まさにゴールデン・ウイーク! みなさん、楽しくやっていますか? 海外に飛び出したり、行楽地で盛り上がっておられる方も多いかと思います。えっ? ヒキコモリだから、全然外に出ない? たまには日に当たりなさいよ。えっ? ニートだから先立つものがない? 働けよ。
 それはさておき――今の季節というのは、本当にどこかにフラフラと出かけたくなる時節ですな。ワタシなんかは生まれついての放浪者ですので、ちょっと時間があれば、すぐにあちこち出かけたくなってしまうのですが、実は近頃は、秋葉原にメイドさんを見に行くことさえままなりません(あんまり見たくないですが)。
 どうしてかと言うと、それはやっぱり仕事ばっかりやっているからです。忙しいのは基本的にはいいことなのですが、やはり程度問題ですね。この原稿を書いている今も、「毎日毎日シュカワはパソコンの、前で仕事して、いやンなっちゃうよ……」と、ある世代より上の人ならすぐにわかる替え歌を歌いつつ、がんばっているわけです。おじさんとケンカして海に逃げ込むことはありませんが。

 先日も、またカンヅメになってきました。
 本当なら年明け早々に出るはずだった本の加筆修整が、今の時期になっても終わらず、とうとう柔和な担当の方も腹を立て、「何が何でも終わらせてください!」と飯田橋の某ホテルにワタシを閉じ込めたのでした。
 ワタシは、本当にマジメにやりました。
 一度だけ神楽坂でお酒を飲みましたが、それ以外は、本当にマジメにやったんです。信じてください(いったいワタシは、誰に向って言っているのでしょう)。
 けれど、耐久力には自信があるワタシでも、ずっと閉じこもって仕事していれば、パワーゲージはどんどん下がってしまうのは致し方ありません。どこかでエネルギーをチャージしなければ気力体力減退、顔が汚れたアンパンマンより使えない人になってしまいます。
 そういう時は、とりあえず何か食べるのがいいのですが、まかり間違っても気取ったものを食べてはなりません。味や栄養バランスも大切ですが、ハートにガツンと来るものを食べなければ、磨り減った気力は戻っては来ないのです。
 ホテルにも美味しそうなレストランはたくさん入っていましたが、どうも、ワタシの心にはピンと来ませんでした。誰かと会食するにはピッタリでしょうが、一人で行くと寂しさが募ってしまいそうな感じです。そう、こういう疲れた時ほど『魂のごはん』を食べなければなりません。
『魂のごはん』――それは誰もが持っているはずの、「これさえ食えば、大丈夫だ」という切り札的食べ物のことです。たいてい、子供の頃に食べつけていたものが多いのですが、食べる状況にもコダワリがあるのが特徴です。
 たとえばワタシの友だちの中に、元気がなくなった時は「ウインナーごはん」に限る……という女性がいます。
 ウインナーごはんは、油で炒めたウインナー(それも、まわりが赤いヤツがいいそうで)を温かいごはんにのせ、お醤油をかけただけのシロモノです。
 彼女はいつもファッショナブルでスタイルもいい女性ですが、仕事に追われてストレスがたまった時は、丼にごはんを盛ってウインナーを七本挿し、それを「うー、うー」と唸りながら食べると元気が回復するそうです。七本という数字はお好みでしょうが、獣のように唸りながら食べる……という点が、とても重要らしいです。そうすることで、野性の血を呼び起こしているとしか思えません。
 また、あるイラストレーターの友人(男性)は、仕事に煮詰まると、必ずインスタントラーメンを食べて気力を補充するそうです。お湯を注ぐだけで出来るカップ麺ではなく、昔ながらの袋入りのもの、しかも『明星チャルメラ』か、『日清の出前一丁』でなければならないというのが、深いコダワリを感じさせます。
 それを大きめの鍋で二ついっぺんに作り、ギャバンの黒コショウをたっぷりかけて食べると元気が出るらしいのですが、たぶん、そうすることで、それを食べて頑張っていた若き日をフラッシュババックさせているのでしょう。周囲にスープが飛び散るほど豪快に、かつ下品めに音を立てて啜るのが重要だそうです。
 ワタシの『魂のごはん』はいくつかありますが、その筆頭にあげられるのは、間違いなく「冷や飯カレー」でしょう。
 家で作ったカレーの二日目のものを熱々に温めて、やはり前日の残り物の冷たいごはんにかけて食べるのですが、子供の頃は、これ以上に美味しいものは、この世には存在しないと信じていました。実は今でも、その考えは変わっていません。ちなみにカレーは「ハウスジャワカレー辛口」がベストだと思います。
 けれど悲しいことに、カンヅメ中のホテルでは「冷や飯カレー」は入手できません。ファミレスでさえ、そんなマニアックなメニューはないでしょう。
 では、次の『魂のごはん』は何かというと、やっぱり餃子!ということになるでしょう。
 ワタシが小学校低学年の頃を過ごした下町の商店街には、小さな餃子専門店がありました。もちろん本格中華云々とはまったく無縁の、焼き餃子だけを売っているお店です。せいぜい五坪くらいの広さで、お昼と夕方のほんの一時だけの営業でした。確か餃子一つ七円とか、そんな値段だったと思います。
 ワタシはこのお店の餃子が本当に好きでした。下町らしくニラやニンニクが強めで、恐ろしいほどごはんに合うのです。もちろん今はこのお店はありませんが、以来、餃子と白いお米の組み合わせは、間違いなくワタシの『魂のごはん』なのでした。
(近所に餃子屋さんはないものか)
 ホテルの窓から都会のビル郡を見下ろし、ゴルゴ13風に煙草をくゆらせつつ、ワタシは考えました。そして、ふと水道橋に『餃子のO将』(これって名前を伏せていることになるのかなぁ)があったことを思い出したのです。
(O将か……うむ、申し分ない)
 ワタシは早く餃子が食べたくなって、いそいそと出かけていきました。水道橋の駅前は、ホテルから十分もかからない距離です。
 お店に入ったのは、夜の七時過ぎ――まさしく夕食時で、とても混んでいました。テーブル席はもちろん、カウンター席も、ほとんどいっぱいです。
 贅沢なことを言わせていただくと、ふだんのワタシは、あまり混んでいるお店は得意ではありません。窮屈な思いをしながら食べるくらいなら、ちょっと我慢して、空いたお店でゆっくり食べたいと考えます。
 けれど、気力をチャージしたいと思う時は、むしろ混んでいるお店の方がいい……という鉄則があるのでした。なぜかと言うと、お店に活気があるからです。これがワタシの『魂のごはん』に必要な状況なのです。
「いらっしゃえぃ!」
「ギョー定リャン、生ビールイー!」
 お店に入ったとたん、素晴らしきO将ワールドが展開されていて、すばやく引き込まれます。
 もう何と言いますか、働いている人たちは怒鳴る一歩手前だわ、中華鍋をガンガンぶっ叩くようにホイコーロー炒めているわ、ときどき炎が吹き上がるわ、けれど、それが全然不快じゃないのです。むしろ従業員の皆さんの若さが、バンバン弾けてるという感じなのですね。
 ワタシは何軒かの『餃子のO将』に行ったことがありますが、なぜだか、あのお店で働いている若い人たちは、いい感じの人が多いようです。もしかすると体育会系なのかもしれませんが、誰もがキビキビ働いていて、それがこっちにも伝わってくる感じがするんですね。ワタシもオヤジですから、一生懸命に働いている若者には弱いです。
(これだよ、これ)
 カウンターの狭い席に坐り、身を縮めて餃子を食べながら、ワタシは気力がどんどん戻ってくるのを感じました。お腹が空いたから食べるというより、戦うために食べる……という気分になってきます。まさにそういう雰囲気が、活気ある大衆食堂にはあるのでした。
 こういう場所では、上品にやっていてはいけません。中華鍋をガンガン叩く音に励まされるように、ガツガツ食べるのがよろしい。ウインナーごはんの彼女のように唸りたいところですが、それはちょっと危険ですか。
 味が今イチ自分の好みに合い切っていないのと、箸でつまみあげた瞬間に餃子がほどけてしまうことなどは、小さいことです。汗だくになって働いている若者たちの姿を見ながら、彼らの作ったものをお腹に押し込む――これこそ、ワタシの『魂のごはん』に他なりません。
 すっかりお腹がいっぱいになり、店を出た時には、ワタシの気力はバッチリ戻っていました。その後、ホテルに戻ってガンガンと仕事を進めたのは言うまでもありません。
 終りませんでしたけどね。

(ここで担当編集者のS氏登場)
「シュカワさん、初めの方に出てくる歌って、何の替え歌ですか?」
「えっ、『およげ!たいやきくん』って知りませんか?」
「何となく聞いた覚えもありますけど」
「昭和は遠くなりにけりですね。『むぁいにち、むぁいにち、ほくらはてぃっぱんのぅ』って歌なんですが」
「えっ、歌っていたのは外人さん?」
「子門真人さんですよ。独特の歌い方が人気で、アニメや特撮の歌をよく歌ってらしたんです。『仮面ライダー』の主題歌なんて有名ですね。『セマるぅぅぅぅ、ショッカァァァァ』って」
「シュカワさん、酔っ払ってます?」
「いえ、シラフです」
「キリンは英語で?」
「ジラフ」
「……」
「……」
朱川湊人(しゅかわ・みなと)プロフィール
1963年1月7日大阪府大阪市生まれ。81年東京都立淵江高等学校卒業。86年慶応義塾大学文学部国文学科卒業。出版社勤務を経て文筆業に。平成14年「フクロウ男」(『都市伝説セピア』文藝春秋刊=第130回直木賞候補所収)で第41回オール讀物新人賞を受賞し、デビュー。平成15年には「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞を受賞、平成17年に「花まんま」で第133回直木賞を受賞した。他の著書に『さよならの空』(角川書店)、『かたみ歌』(新潮社)がある。