超魔球スッポぬけ!
朱川湊人
わくらば日記
死ぬかと思った・シュカワの場合
 こんにちは、シュカワです!
 いよいよ今日から七月――七月といえば、誰が何と言おうと夏ですな。日差しはジリジリ強くなり、入道雲モクモク、汗ダラダラ……という季節です。冷やし中華ツルツルという楽しみもありますが、四十三歳のオヤジという身の上では、やはり夏は結構ツラいです。
 もちろん昔は、それなりに夏が好きだったのですが、トシ食っちゃったということなんでしょうか、ここ数年、紫外線の直撃や強すぎる湿気は、ちょいとカンベンしてもらいたい気持ちになっています。できれば一日中涼しい部屋でゴロゴロ過ごしたいところですが、親に寄生しているニートをのぞけば、そうも行かないのが人間社会。自分で自分のお尻を叩いてでも、がんばらなくっちゃね。人に叩いてもらうのが趣味の方は、気が済むまで叩いてもらいなさいな。
 さて、みなさんの夏のご予定はいかがでしょう。海外に出るとかキャンプに行くとか、楽しい計画がテンコ盛りですか?
 実はワタシには、七月一日現在の時点でも、レジャーの予定は何にも入っておりません(キッパリ)。ひたすら仕事です。そうでもしなければ終わらないほどの仕事が、どどーんと山積みになっているのですねぇ。
 そもそも夏には、恐怖のお盆進行というものがあります。
 お盆の時期に印刷屋さんが休んでしまうので、それより早く原稿をあげねばならず、だいたい一週間くらい締め切りが前倒しになってしまうのです。あるいはお盆明けが締め切りの場合は、世間が休んでいる間に仕事をするわけで、ノンビリ遊んでいる時間はない……というわけです(そんな殊勝なことを言っても、絶対に遊んじゃうに決まってるんですけどね)。
 まぁ、その時になってジタバタしないように、今から少しずつでも仕事を進めておくのが大人なんでしょうけど、お尻に火がつかないと飛び立たないロケット花火のような性格のワタシには、それがなかなか難しいのでした。やっぱり小・中・高と夏休みの宿題を、いつも八月三十一日だけで片付け、それなりに切り抜けてきたという過去が、ワタシをそういう人間にしてしまったのでしょう。子供の頃の生活態度って、ホント大切ですね。
 それでも隙を見て、ちょっとでも遊びに行きたいと思っているのですけど、どうなりますことやら。

 さて今回のお話ですが――夏の行楽について考えていると、ふと若い頃の怖い体験を思い出したので、そのことについてお話ししようかと思います。
 ソフトな臨死体験を集めた『死ぬかと思った』(林雄司編・アスペクト)という爆笑必至の本がありますが、それ風に言うと、ホントにあの時は、もうダメかと思いましたよ。何と言いますか……海で溺れちゃったんです。
 それはワタシが高校生の頃のことでした。
 場所は、ファミリー向け海水浴場として知られる三浦海岸です。もしかしたら少し外れた油壺の方だったかもしれませんが、その辺の記憶はアイマイです。
 その日、ワタシは高校の友だちと連れ立って、その海水浴場に行きました。まだ十六、七歳の頃でしたので、京浜急行に乗ってドコドコ出かけて行ったのです。
 行くからには、できるだけたくさん遊ぼうと考えて、かなり早いスタートでした。そのせいで、ちょっと睡眠不足気味だったのは否めません。根っから夜型人間のワタシですから、もしかすると、ほとんど寝ていなかった可能性も考えられます。たぶん、そうだったんじゃないですかね。
 朝早くに地元の足立区を出て、海水浴場に着いたのは十時頃だったと思います。その日は夏休み前の日曜日で、かなりの人手でした。若い人にはピンと来ないかもしれませんが、その頃、土曜日は休みじゃなかったので、日曜日の行楽地は、どこも恐ろしい混み方をしていたものです。
 ワタシのグループは海岸の端の方に陣取って、わいわい楽しくやっていました。どちらかというと、情緒レベルが小学生に近い仲間たちでしたので(その筆頭はワタシ)、おとなしく日光浴をするとか、女の子をナンパするとかいう頭はまったくなく、ひたすら海に入って遊んでいたのです。まぁ、健全といえば健全ですね。
 海水浴場はどこでもそうですが、沖にブイなどを浮かべて、遊泳区間がきっちりと区切られています。その海岸も同じで、その日は海岸から百五十メートルほど先のあたりにブイが浮かんでいました。ワタシは到着してすぐに、友だちと何度かそこまで泳いで往復したりしていました。
 当時のワタシは、水泳には自信がありました。
 自慢じゃありませんが小学校一年の頃、クラスで最初にバタ足で二十五メートル泳げたのはワタシでしたし、平泳ぎで百メートル完泳の金字塔を打ち立てたのもワタシです。特に習ったりしたわけではありませんが、水泳が得意だったオヤジの遺伝だったのでしょう、なぜか泳げていたのです。
 けれど完全に我流なのでフォームは独特で、学校の先生からは「確かに泳げているが、不自然きわまりない」とか「私はこれを水泳と認めたくない」などと言われていたものでした。友だちにも「不気味な海洋生物のようだ」と評され、「犬かきならぬクマかき」「いや、むしろサイかき」とさんざんな言われようです。
 泳げているんだから、何もそこまで言わなくっても……という感じですが、その気持ちはわからないでもないです。その日も、沖合いを友だちと泳いでいると、救命ボートがすごいスピードで近づいてきましたから。
「大丈夫かっ」と、麦藁帽子にTシャツを着た旧型ライフセーバーの方に手を差し伸べられ、まったく問題なく、当り前に泳いでいるつもりである……と説明するのが、けっこう恥ずかしかったものです。

 悲劇は午後に起こりました。
 異様にしょっぱいのに、なぜか美味しい海の家のラーメンを食べた後、腹ごなしに沖まで泳ぎに行った時です。その時、ワタシは一人でした。
 この時のことを思い出すと、同時に新沼謙治さんの『嫁に来ないか』という歌が聞こえてきます。 なぜなら海岸の近くに作られた特設ステージで歌謡ショーが行われていて、その声がもれ聞こえていたからです。伸びやかで艶のある新沼さんのナマ歌がタダで聞けるなんて、まさしくラッキー以外の何物でもありません。
「よーめにぃ、こないかぁ〜」
 新沼さんの歌を聞きながら、ワタシは沖に向かって泳いでいました。遠くに旧型ライフセーバーの救命ボートが見えましたが、すでにワタシのクセのあるスイミングフォームを認識したらしく、とりあえず慌てて救助に来るということはありませんでした。ワタシもノンビリした気分で、ゆったりと泳いでいたのでした。もちろん、すでに足は届かなくなっています。
 恐怖は、思いがけない時間に訪れました。
 大きな波が、正面から襲い掛かってきたのです。ちょうど息を吸おうとしたのを狙っていたかのようなタイミングで、波がワタシの顔面にブチ当りました。
「うわっと……ゴボガボゲバブブレ」
 後半の擬音はフィーリングですが、鼻と口から容赦なく水が流れ込んできたのは本当です。
(やばい、息が)
 呼吸を乱したワタシの体は、波に翻弄される形で、一瞬、海に沈みました。
(ちょ……ちょっと、これはマジでヤバい)
 必至にもがいて、頭を出しました。けれど、流れ込んできた海水が気管に入ったために、苦しいばかりで息ができません。
「さぁくらぁいろぉしぃぃたぁ、きみがぁすきぃだあよぉ」
 その間にも、何も知らない新沼さんの美声が響いています。
(ぎゃーっ、ホントに死ぬ)
「ゆうぐれぇのこおえんでギターを弾いてぇ」
(弾いてる場合じゃないってゴボガバ)
「なぜかしぃら、わすれもぉの」
(ゲボガバゴボガバブブレゲバ……)
「しているうきにぃ、なったぁあ」
(もうダメだぁ)
 もうホントに、新沼謙治さんの歌を聞きながら、海の中に沈んで行くのが自分の人生のエンディングかと思いました。あぁ、幸薄き人生。
 けれど、それで終わってしまっては、あまりに寂しすぎます。人間はどんな時でも、最後の最後まで生きるための努力をしなくてはなりません。絶望など、絶対にしてはならないのです。
(ふんがぁあああああっ)
 喉に海水が流れ込んでいたために声は出せませんでしたが、ワタシの魂は間違いなく、そう叫んでいました。とにかく、足が立つところまで泳げ!
 ワタシはゴボガバゲボしながら、海岸に向って、しゃにむに手足を動かしました。心や感情も入る余地がありません。純粋に本能だけに突き動かされた、生存競争です。
 やがて、つま先に砂が触りました。ようやく足が届くところにたどり着き、ワタシはそこに立って、かなり長い時間むせていました。ちょいと海に○○吐いちゃったけど、えへへ、ゴメンね。
(助かった……)
 海岸に戻ったワタシは、精も根も使い果たし、波打ち際にどうっと倒れこみました。打ち上げられた謎の海洋生物のようにも見えたかもしれませんが、この際、それはどうでもいいです。
「かなしみぃのへっどぉらいとおー」
 いつのまにか新沼さんの歌は、『嫁に来ないか』から名曲『ヘッドライト』に変わっていました。まさか新沼さんも、自分が歌っている間に、名もない高校生が、生きるか死ぬかの瀬戸際で戦っていたとは思いも寄らないでしょう。
 ワタシは、その悲しげなメロディーをぼんやりと聴きながら、生還できた喜びに打ち震えていたのでした。やっぱり、歌は生きて聴いてこそ、です。
「おい、どうかしたのか」
 ただならぬ気配にようやく気づいた友だちが、砂浜に倒れこんでいるワタシに近付いてきました。
「ホントに、死ぬかと思ったよ」
 ワタシが苦しい息で答えると、友だちは事も無げに言いました。
「どうでもいいけど、おまえ、半ケツだぞ」
 そう言いながら友だちは、海水パンツからはみ出たワタシのお尻を、ぺちんと叩いたのでした。カッコわるっ。

[ここで担当編集者S氏登場]
「シュカワさん、危ないところでしたね。海は甘く見ると、ホントに怖いですよ」
「そうですね。遊びに行ってケガしたり、まして死んだりしてはシャレになりません。みなさんも、くれぐれも気をつけてくださいますよう」
「おや、その手に持っている、カッコイイ本はなんです?」
「Sさん、いいところに気付いてくれましたね。これは七月上旬に東京創元社から発売されるワタシの新刊『赤々煉恋』の見本刷りです」
「これ見よがしに表紙を向けて、しかも両手に持っていれば、誰だって気がつきますよ。タイトル、なんて読むんですか」
「これは『せきせきれんれん』と読みます。面白いでしょう」
「また変なタイトルつけたなぁ(ホントですね)」
「怖い話が多いんですけど、こういうのも嫌いじゃないんで」
「この人、グロい話も好きだからな(これからの季節には、ピッタリですね)」
「みなさんにも、気に入っていただければいいんですけど」
「他社の本を堂々と宣伝されてもなぁ(面白そうな本ですよね)」
「……」
「……」
「どうでもいいですけど、Sさん、さっきから本音の方が口に出てますよ」
「マジやべぇ(えっ、そうですか)」
「……」
「……」
朱川湊人(しゅかわ・みなと)プロフィール
1963年1月7日大阪府大阪市生まれ。81年東京都立淵江高等学校卒業。86年慶応義塾大学文学部国文学科卒業。出版社勤務を経て文筆業に。平成14年「フクロウ男」(『都市伝説セピア』文藝春秋刊=第130回直木賞候補所収)で第41回オール讀物新人賞を受賞し、デビュー。平成15年には「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞を受賞、平成17年に「花まんま」で第133回直木賞を受賞した。他の著書に『さよならの空』(角川書店)、『かたみ歌』(新潮社)がある。