超魔球スッポぬけ!
朱川湊人
わくらば日記
裸女と文化祭 中編
 こんにちは、シュカワです!
 早いもので、もう十月――大人になったら時間の流れ方が早いといいますが、ナンボなんでも早過ぎる……と思っている今日この頃でございます。思えば小説書きという職業は、現世で机に向いながらも、頭の中は別世界に行っている時間が長いのですから、やむをえないことかもしれませんね。そういう生き方って、どうなんでしょ。
 さて今回は、前回の続きです(今すぐバックナンバーへGO!)。時はワタシが高校生の頃、文化祭で『最怖オバケ屋敷』を作ることになったところからオハナシは始まります。

 コトを為そうとするなら、何より大切なのは事前の計画です。
 ワタシたちは行動力のあるハッパを実行委員長に強制任命し、ブンチン、ケンケンに美術部長といったおなじみのメンバーに、水陸両用モビルスーツに体型が酷似していたNくん(仮名・ゴッグ)、人形劇『サンダーバード』のキャラクターにソックリだったKくん(仮名・パーカー)などをくわえたメンバーで、放課後の教室で頭を突き合わし、あぁでもない、こうでもないと話し合いました。いわゆるブレイン・ストーミングというヤツです。
「井戸みたいなのを作って、そこから着物姿の血みどろ女が、にゅーっと出てくるのがクールだぜ」
「ブンチンにカッパの格好させて、キュウリをかじらせようぜ」
「それってイジメだろ」
「釣竿にコンニャクぶら下げて、お客さんの顔にくっつけるのは基本だな」
「ブンチンの体にトイレットペーパー巻きつけて、ミイラ男にしようぜ」
「だから、それはイジメだってば」
 傍から見れば遊んでいるようにしか見えなかったと思いますが、ワタシたちは真剣でした。A先生に無理をさせてしまった……ということもありましたが、やはり、みんなで一つのものを作り上げるのが楽しくてならなかったからです。
 狭い教室を有効に使うため、天井に太い針金を渡してカーテンをかけ、教室を四等分するアイディアが出ました。二つある入り口の後ろから入り、四つの通路をクネクネ歩いて前の入り口から出るという仕組みです。もちろん校庭に面した窓のガラスは、黒い紙などでばっちり塞いでおきます。
「リアルな墓石を作って、その中にカセットレコーダーを仕込んでお経を流そう」
「床一面に草を敷き詰めて、全体を田舎っぽくしよう」
「ブンチンにエクソシストみたいなメイクしよう」
「さっきから、なんで俺ばっかり」
 実現可能か否かは二の次として、ワタシたちは、けっこういい感じの企画書を作り上げました。それを持ってA先生のところに、許可を貰いに行ったのですが――。
「オバケ屋敷をやるっていうのは、どうにかクリアしたけど……やっぱり制約があってなぁ」
 そこでワタシたちは、職員会議で決まったというルールを教えられて、愕然としました。教室の電気を消してはいけないということと、生身の人間が扮装して驚かすのは絶対にいけないというのです。
 そもそもオバケ屋敷は、初めから禁止されています。それをやろうというのですから、ワタシたちはそれなりの裏技も使ったのでした。つまり自分たちのクラスの出し物はオバケ屋敷ではなく、あくまでも『心霊の研究』ということにしたのです。そこを逆手に取られて、オバケ屋敷でないなら教室の電気を消すのも、扮装して驚かすのも必要ないだろう……という論法です。
 盛り上がっていたワタシたちは、一気に意気消沈してしまいました。
 暗くないオバケ屋敷は有り得ませんし、扮装がNGとなれば造形物だけで怖がらせなくてはなりません。そんなものが作れる人間が、クラスにいるとは思えませんでした。むろん、ブンチンの強制コスプレもNGです。
 やっぱりムリだなぁ――ワタシたちの中に、そんな沈痛なムードが流れました。ちょっとした敗戦気分です。
 そのムードを一気に吹き飛ばしたのが、ハッパでした。
「ここまで来たら、後には引けないだろう。やれるだけのことはやってみようぜ」
 今にして思えば、あの『最怖オバケ屋敷計画』の最大の功労者は、間違いなく彼でした。いろいろなアイディアを出したのはもちろんですが、精神的にもみんなを支えて、道を打開する方法を示してくれたのです。
「俺は中学の時にサイクリングに行って、マネキン工場の近くを通ったことがあるぞ。そこには、もう使わなくなったマネキンがいっぱいあった。理由を話したら、二、三体くらい分けてくれるんじゃないか」
 いかにリアルな展示品を作るかという相談をしていた時、ハッパが言いました。
 マネキン人形――それ以上にリアルな作り物が作れる素材はないでしょう。一時は藁を束ねてカカシのようなものを作る以外にないか……と思っていただけに、みんなは一も二もなく、彼の提案に飛びつきました。
「でも、その工場は、ちょっと遠いんだよ」
「マネキン人形が手に入るなら、仕方あるまい」
 ワタシたちは土曜(当時は土曜も学校があったのでした)の授業の後、ろくに昼ごはんも食べずに、自転車でその工場を目指しました。
 ハッパの言葉通り、マネキン工場は自転車で片道一時間近い距離にありました。初めはワタシもブンチンと一緒にノンビリペースで走っていたのですが、先頭を走るハッパの脚力はすさまじく(ちなみに彼は陸上部)、ついていくだけでイッパイイッパイになりました。置いていかれまいと必死にペダルをこいだのですが、今にして思えば、はぐれていた方が幸せだったかもしれません。帰り道に、かなりキツイ目にあったからです。
 工場に着くと「何となくマジメそうに見える」という理由で、ワタシが交渉人の役に就きました。初めのうちは、無責任に捨てられても困る……と、工場の偉い人は渋っていたのですが、ワタシは舌先三寸で丸め込み、二体の女性マネキンと一体の赤ちゃんマネキンをゲットするのに成功しました。みんなが喜んだのは、言うまでもありません。
 けれど、問題は帰り道です。その時、同行したのは六人――そのうちパーカーはケンケンの自転車に二人乗りしてきたので、自転車は五台だけです。しかも、マネキンというのは金具も使われているので、けっこう重量があります。
「どうやって持って帰る?」
「分解して、それぞれが運ぶしかあるまい」
 分解の難しい赤ちゃんマネキンはパーカーに抱かせ、他のメンバーは、すっぽんぽんの女性マネキンを腰から分割して運ぶことになりました。
 目を細めて思い出すまでもなく――それは異様な光景でした。
 ブンチンなどはマネキンの下半身を逆さに前カゴに入れ、いわゆる『スケキヨ状態』にしています。スポーツタイプの自転車を愛用していたハッパは裸の上半身を小脇に抱えていたのですが、ライディングポジションの都合上、どうしても樹脂製オッパイをワシ掴みしなくてはなりませんでした。ワタシの自転車は後輪の片側に折りたたみ式のカゴがついていたのですが、マネキンのつま先をそこに入れると、手を掛けられるのは、すっぽんぽんの下半身のお尻……正確に言うと、もうチョイ微妙な位置しかありませんでした。
「おい、さすがに、その持ち方はヤバイだろう」
「通報されるぞ」
 マネキンのまずいところに手をかけて運んでいるワタシに、みんなは口々に言いました。ワタシ自身、持ち方をいろいろ考えてみたのですが、それ以上に安定する方法は見つかりません。
「毒を喰らわば、皿までもじゃ」
 とうとうワタシは開き直って、マネキンのそこにガッチリ手をかけ、片手放しで自転車を漕ぎました。もう矢でも鉄砲でも……の心境です。
 男子高校生が五台の自転車で一列に連なり、それぞれに裸の女性マネキンを運んでいる姿が、人目を引かないわけがありません。少し賑やかなところを通ると、露骨に指さされたり眉を顰められたり、さらには手を叩いて笑われたり、さんざんでした。しかも全員が制服姿なので、学校の看板を背負っているようなものです。二十五年前の出来事とはいえ、学校関係者各位には、この場を借りてお詫び申し上げます――すまぬ。
 学校につく頃には、すっかり日は落ち、ワタシたちはグッタリと疲れていました。けれど教室でマネキンを組み上げてみると、何となく、どうにかなりそうな気がしても来たのでした。
「できるかもな、オバケ屋敷」
 マネキンのヅラを取って頭を撫でながら、ハッパが言いました。ワタシたちは全員、その言葉に深々とうなずきました。
 まぁ、いろいろ口を挟みたい部分もあるとは思いますが、あれはあれでワタシの青春の、ちょっと感動的なひとコマであったりしたのです。

〔ここで担当編集者S氏登場〕
「シュカワさん、もしかして裸女ってマネキンのことですか」
「そうですよ(キッパリ)」
「それってインチキじゃ……」
「何言ってるんです、高校の文化祭に、本物の裸女なんか出るわけないでしょ」
「何だか、すっぽかされちゃったような気分ですね」
「まさしく『超魔球スッポ抜け!』でしょ。はっはっはっ」
「(うざっ……)でも、この話は、次回も続くんですよね? 」
「一応、文化祭の顛末まで書かないと、それこそスッポ抜けちゃいますから」
「もう裸女は出ないのに『裸女と文化祭 後編』なんですか」
「うーん、じゃあ次回は、『裸女と文化祭 後編(でも裸女はナシよ)』というタイトルで……あっ、ついでに10月2日、フジテレビ『世にも奇妙な物語 秋の特別編』もよろしく!こっちもたぶん、裸女はナシよ」
「うわぁっ、絶対に見なくっちゃね!」
朱川湊人(しゅかわ・みなと)プロフィール
1963年1月7日大阪府大阪市生まれ。81年東京都立淵江高等学校卒業。86年慶応義塾大学文学部国文学科卒業。出版社勤務を経て文筆業に。平成14年「フクロウ男」(『都市伝説セピア』文藝春秋刊=第130回直木賞候補所収)で第41回オール讀物新人賞を受賞し、デビュー。平成15年には「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞を受賞、平成17年に「花まんま」で第133回直木賞を受賞した。他の著書に『さよならの空』(角川書店)、『かたみ歌』(新潮社)がある。