超魔球スッポぬけ!
朱川湊人
わくらば日記
人間、死んではダメなのよ
 こんにちは、シュカワです!
 さてさて、十一月も半分過ぎてしまいました。気がつけば、今年も残り一月半。街吹く風も冷たくなって、そろそろ冬モードに突入です。大きなデパートなどでは早くもクリスマスツリーを飾っていますし、本屋さんに行けば、パソコンで年賀状を作るための雑誌がずらりと並んでいたりします。
 そういうのを見ると、ワタシは問答無用でセカセカした気分になってしまう……というのは、前にもお話した通り。ということは、今年も例の年末進行というヤツが来るんですな。一年過ぎるの、ちょっと早過ぎ。
 けれど考えようによっては、今こそセカセカ前の静けさ――みなさんも日々の忙しさの合間に、いろいろなコトにチャレンジしてみてくださいね。ちょっと肌寒いくらいの今の時期って、活動的に過ごすには、けっこういいかもしれません。

 さて、今回のお話ですが。
 毎度毎度、何だかバカチンなことしか書いていない当ページですが、たまには、少しだけマジメな話をしましょう。すでにタイトルで察しがついている方もおられるでしょうが、人間、死んではいかん、というお話です。
 もちろん人間というのは、おぎゃあっ!(わっしょーい!でも可)と生まれた時から、誰でもすでに死への一本道を歩いているのですから、「ダメと言われてもYO!」と軽くキレたくなる気持ちもわかります。老衰や病死、不幸な事故、おフロに入ろうとして浴槽に股間をぶつける……等のやむを得ない事情で死んでしまうのは、やはり、どうしようもありません。せめて体の管理に気を配り、危ない場所に近寄らないようにし、慎重な歩行&運転を心がけ、浴槽の縁をまたぐ際に股間に十分な注意を払って、不幸な事態が起こる確率を少しでも減らすしかないでしょう。老衰だけは、ちょっと限界ありますけど。
 他にも死んでしまう可能性はイロイロありますが、深く突っ込んでいるとキリがなくなってしまうのでやめておきますが、ここで話しておきたいのは自分で死を選んでしまうこと、つまり『自殺しちゃうこと』です。
 ここのところ、イジメに端を発する中高生の自殺が連日報道されています。その報道が連鎖を作ってしまっているような気がしますが、それはさておき。
 四十三歳のオヤジとしては、やっぱり若い人が自分で死を選んでしまったという話を聞くと、どうしても凹んでしまいます。もちろん、同年代や年上の人が自殺しても同じなんですけど、若い人の自殺は輪をかけてキツイです。しかも、その原因がイジメだなんて……ね。
 イジメの話は、始めてしまうと本が何冊も書けてしまうくらい言いたいことがありますけど、限られたスペースしかないここでは、泣く泣くスルーしておきます。一言だけ言っておくと、何でもかんでも『イジメ』という言葉でひっくるめているのが、とてもヘンですよね。中には集団暴行としか言えないようなのもあるし、金品を要求するなんて、立派な恐喝。すでに学校の中だけで解決する問題じゃなくなってるんじゃないでしょうか。
 さらに言えば(一言だけって言ったのにねぇ)、「いじめられる方にも問題がある」というバカチン意見には絶対反対です。世の中は確かに厳しいし、誰もが個々に強さを身につけていかなければならないのは本当なんですけど、そこで「弱肉強食だぁ」みたいなことを言い出すなら、文化だの文明だのって言うのもやめちまえっ、でございますよ。宮沢賢治の『ねこの事務所』を読めっ、でございますよ。

 話を戻しまして。
 とにかく、自分で自分の命を捨てるってことだけは、やめときましょうよ。世の中、死ぬほどのことは何もないです。辛さの真っ只中にいる時は、他のことが考えられなくなって「飛びてぇっ」って思うこともあるけれど、それはちょっと早計です。四十三年ほど生きてきたオヤジとしては、物事はすべて変わる……ということを骨身に染みて知っていますぞ。
 今は悲しかったり辛かったりするかも知れないけれど、それは必ず終わります――季節が変わるみたいに。だから、今、死ぬのはやめとこう。
 ここで、ワタシの友だちの話を紹介しておきましょう。
 実名を出すわけにもいかないので、仮にウラジミール・クドリャフスカ・ペティロムビッチとしておきます……と、思いましたけど、やたら長いので普通に『Mくん』にしておきます。
 Mくんは、とっても冗談好きで楽しい男です。やたらおしゃべりでウルサイのが玉に瑕ですが、ワタシとは波長が合うらしく、顔を合わせれば二時間や三時間は、あっという間に過ぎてしまいます。一緒にカラオケに行くとマイクを独りじめにして90年代フォークを歌いまくり、十八番がさだまさしの『防人の歌』というのはどうかと思いますが、けっこうウマイので許してあげましょう。知り合った頃は某大手食品メーカーの社員でしたが、今は自分で小さな会社を興してガンバッています。
 その今の彼からは想像できないのですが、何でも高校生時代は、真っ暗な青春を送っていたのだそうです。『人生は生きるに値しない』と考えて、毎日をさまようように生きていた……というのが彼の弁です。
 そう考えるようになった理由はいろいろあるのですが、ちょっとした行き違いに端を発して学校で孤立してしまったのと、さらに家庭でいろいろ問題が起こったのが、彼の迷路の入り口だったようです。
 彼は毎日を孤独に生きて、誰かと話すこともなく、ただ本を読むだけの日々を送っていました。学校に行っても不愉快な目に合うばかりで、ときどきは親に内緒でサボってしまうことありました。いつの頃からか死にたいと考えるようになり、そのうち、それを心の拠り所にして毎日を過ごすようになったといいます。つまり、「どうせ自分は死んでしまうんだから、どうでもいい」と――そう考えないと、生きていけない日々だったんですね。
 幸いなことに彼が実行に起こすまで、少し時間の余裕がありました。誰だって命を捨てたくはないのですから、躊躇するのは当り前です。
 けれど、学校でどうしても耐え難いことがあった日、とうとう彼は『近くのマンションから飛んで、人生を終わらせてしまおう』と決心してしまいました。高校二年の冬の夕方だったそうです。
 死ぬと決めても、彼は遺書のようなものを書く気は起こらなかったといいます。ただ、そこはやっぱり思春期の高校生男子と言いますか、死んだ時に笑われることのないように、最後にお風呂に入ろうと考えました(この話をワタシにしてくれた時、『飛び降りで死んだら、それどころじゃねぇのになぁ』と彼は笑っていました)。
 彼が悲しい決心をした時、家には誰もいませんでした。彼は自分でお風呂を沸かし、一人静かに、人生最後の入浴をしました。ちなみに彼の家は古い二階建て住宅で、お風呂場は玄関から居間に行く途中にありました。
 今までの人生を振り返りつつ湯船に入ってから、彼は洗い場で髪を洗い始めました。シャンプーをつけ、わっさわっさと泡立て、ざばぁっと流し始めた時です。
 不意に、お風呂場の電気が消えました。洗髪のために目をつぶっていても、明るさの変化ぐらいはわかります。彼は「おっ?!」と思いました。
 その瞬間、背中にひやりとしたものが走りました。古い家なので、隙間風が入ってきたのです。 寒い……と思った瞬間、ちょっとした空想が、彼の脳裏をよぎりました。 
(もしかしたら自分は今から、こういう場所に行こうとしているのかもしれない)
(一人で、裸で、暗くて、寒くて――)
(自分から進んで、そういうところに行こうとしてるんだ)
 人間の死後については、いろんな意見がありますから、ここで彼の空想が正しいかどうかという議論はしません。けれど、この空想が生じたのは、彼にとっては幸いでした。
(怖いよ……めちゃめちゃ怖い)
 この瞬間、彼は“死”というものを、ものすごくリアルに感じたそうです。そして、その世界に行く怖さを体で理解したのです。 
 彼は大慌てでシャンプーを流し、お風呂場を出ました。家にはお母さんが帰ってきていて、彼がお風呂にはいっていたと知って驚きました。
 お風呂場の電気を消したのは、お母さんです。勤め先から帰ってきたお母さんは、そんな時間に息子がお風呂に入っているとは思わず、誰かが付けっぱなしにしたのだと早とちりして、スイッチを切ったのでした。そのウッカリがわが子を救ったとは、お母さんは夢にも思わなかったでしょう。
「要はビビッたってことなんだけどさ。あん時は、ホントに怖かったよ」
 この時の話になると、彼はいつも笑って話します。友だちとしては、彼がビビッてくれて、本当によかったと思います。
 この出来事の後、彼は自殺を考えなくなりました。だからと言って、彼を悩ませていた問題が消えたわけではないのですが、少なくとも彼の人生の選択肢の中から『自殺』というカードはなくなったのです。
 今では見る限り、彼も幸せにやっているようです。
 目下の悩みは日々薄くなっていく髪と、いつ痛風になってもおかしくない尿酸値だそうで、オヤジになったなぁ……と思いますが、最近のイジメ自殺のニュースを耳にするたびに、どうしても泣いてしまうんだとか。辛い思いを経てきた人は、やっぱり優しい人になるのですね。
 だから今、辛い思いをしている人たちも、死ぬのだけはやめましょう。その環境を変えるために何ができるか考えて、とにかく動きましょう。
 文部科学大臣に手紙を書くのもアリだと思いますよ。その件について「弱い」だの「ファイティング・スピリッツがない」だのと、バカチンな人がごちゃごちゃ言っているのをテレビで見ましたけど、そういうのは気にしなくていいです。そこさえ通り抜ければ、勇気もファイティング・スピリッツも湧いてきますから。
 とにかく、死ぬのだけはやめときましょう。陳腐な言葉ですけど、死んで花実がなるものか、ですよ。
 えっ?ワタシですか?
  ワタシは自分から命を捨てる気なんか、さらっさら、ありません。だって死んだら、カレー食えないじゃん。

〔ここで担当編集のS氏登場〕
「珍しく、いいお話でしたね。見直しましたよ、シュカワさん」
「何かひっかかりますね、その言葉……あ、携帯鳴ってる。ちょっと待ってください」
(二分後、電話が終わる)
「Sさん、どうも、スミマセン」
「今、ちらりと見えましたけど……シュカワさんの携帯ストラップって、全日本女子バレーの菅山かおる選手じゃないですか」
「そうですよ、かおる姫です。他にも木村沙織選手のもありますが」
「バレー、好きなんでしたっけ」
「あと高橋みゆき選手と杉山祥子選手のも」
「……」
「個人的には、宝来眞紀子選手と石川友紀選手のも欲しいんですけど……売ってないんですよ」
「……」
「あと、これは竹下佳江選手と落合真理選手のナマ写真でしょ。これは小山修加選手、荒木絵里香選手……」
「すっげぇミーハー」
「Sさん、人生、楽しんだもの勝ちですよ」
「何ソレ、いいこと言ったつもり?」
「そうそう、カレンダーも買いました。見る?」
「……」
朱川湊人(しゅかわ・みなと)プロフィール
1963年1月7日大阪府大阪市生まれ。81年東京都立淵江高等学校卒業。86年慶応義塾大学文学部国文学科卒業。出版社勤務を経て文筆業に。平成14年「フクロウ男」(『都市伝説セピア』文藝春秋刊=第130回直木賞候補所収)で第41回オール讀物新人賞を受賞し、デビュー。平成15年には「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞を受賞、平成17年に「花まんま」で第133回直木賞を受賞した。他の著書に『さよならの空』(角川書店)、『かたみ歌』(新潮社)がある。