超魔球スッポぬけ!
朱川湊人
わくらば日記
フライングの人々
 こんにちは、シュカワです!
 早いもので、いよいよ十二月――一年の最後の月になりました。ホントに一年は、あっという間ですね。こりゃあ、年も取りますワイ。
 と言っても今頃の時期は、まだそんなシミジミとした気分には遠く、むしろやらなくてはならないことが増えて、異様に忙しかったりします。ワタシもおかげさまで、次に出る本の直しを一日も早く終わらせなければならないのに、他の仕事とカチあって、毎日「むきーっ」とテンパっている日々であります。こうして予定がズルズルとズレていくのでありました。ナムサン。

 さてテレビや映画ですでにおなじみでありますが、山田宗樹氏の「嫌われ松子の一生」。
 文庫化された折にワタシも読ませていただきましたが、ヒロインの流転を通して人生の明暗を鋭く描いた大名作であります。特に松子が最後に住んでいたのは足立区の千住(ワタシの家から、さほど離れていません)ということもあり、非常にリアリティーを感じながら一気に読んでしまったものです。まだ読んでないという人は、この機会にぜひぜひ、と、強力にプッシュしておきましょう。
 さて「嫌われ松子の一生」を読んで思うのは、ホントに人生というヤツは、紙一重の差で変わっていくもんだなぁ……というコトです。
 当たり前に続いていた日常、当然来るだろうと予測していた未来は、ほんの小さな選択ミス(必然である場合も、しばしばあるんですけど)で、大きく変わっていってしまう――それが人生の醍醐味だなんて悟った風に言うつもりはありませんが、やっぱり、けっこう厳しいもんです。生きていくってのは、ホントに難儀なコトですわ。
 で、イキナリおバカな話になってしまうんですけど。
 世の中には、まさしく紙一重の人生を送っていらっしゃる人がいます。いえ、別に犯罪スレスレの稼業に手を染めているとか、他人に知れたら破滅してしまうような趣味を持っているとか、そう言う意味ではありません。ただ、何かの拍子にタイミングがズレたら、トンデモナイことになってしまうのは確実なのです。
 そう言う人々たちとどこで会えるか……というと、主にデパートや駅などのトイレです。
 ワタシの経験で言えば地下鉄日比谷線の秋葉原、千代田線の御茶ノ水両駅の男子トイレで目撃する機会が多いように思えますが、まぁ、ワタシがその駅を使うことが多いだけで、おそらくはちょっと大きい駅のトイレでは、当たり前に目撃できるのではないかと思います。
 その人々とは――名づけて『フライング・ヒューマノイド』。
 男子トイレといえば、今や数少なくなった“男の世界”です。
 だからといって中にチャールズ・ブロンソンやリンゴォ・ロードアゲインが常時待機しているわけではありませんが、基本的には女性禁制の場所であります。
 ですから女性読者の方には具体的に想像できないかも知れませんが、早い話、個室が少なくて小用のスペースがずらりと並んでいるという、機能的というか殺伐としているというか、とにかくそういう作りなんですね。
 個室はいいとしても、小用スペースは原則的にオープン状態です。けっこう無防備な状態になるというのに、プライバシーが守られているとはいえません。もし使っている最中に背後から通り魔に襲われ、肩を思い切り揺さぶられたりしたら大変なことになるでしょう。
 また、小用一つとっても十人十色、いろいろなスタイルがあるものだ……ということが、知りたくもないのに、よくわかります。
 普通にチャックを下げるだけで済ましている人、ズボンの前を全部開けないとダメな人、している最中に「がぁーっ」と唸る人(痛いのか?)、なぜか小刻みに腰を左右に揺すっている人(ばらまいてるのか?)、携帯をかけながらしている人(片手でオールOKなのか?)、首を曲げて隣の人のを覗く人(『ウホッ』の人なのか?)……など、ホントにいろいろです。だからと言って「みんな違ってみんないい」とは思いませんが。
 それぞれのスタイルを貫くことに、ワタシには何の文句もありません。覗かれるのはイヤですが、それ以外は個人の自由です。日本国憲法で保障された基本的人権に含まれているでしょう。けれど『フライング・ヒューマノイド』だけは、どんなものかと思うのですよ。
 トイレの入り口というのは、たいてい通路に面しています。あんまり見通しがいいのもテレてしまうので、通路を曲げて世界丸見え状態にならないよう工夫してあるところが多いのですが、ときどき、この通路の入り口段階で、すでに放出準備形態になっている人がいるのです。
 通常は小用スペースについてからチャックを開け、やおら例のブツを取り出すわけですが、この人たちはトイレの入り口をくぐった時点で、すでに取り出している……というわけです。
 そういう人たちを見るたびに、ワタシはつくづく感服してしまいます。「見せんじゃねぇよ、そんなもん」という尖った気持ちになるのも避けられませんが、それ以上に、そのフライングの豪胆ぶりに驚かされるのでした。経験的に、きちんとスーツを着た高齢の方に多いように思えます。
 普通、不特定多数の人が通る公共の場所では、ブツを取り出してはなりません。状況にもよりますが、ワイセツ物チン列罪(お約束ギャグですよね)に問われても文句は言えないでしょう。
 しかし、この人たちがブツを取り出しているのは、通路からほんの四、五十センチ場所――すぐ背後を、当たり前に女性が通って行くのが見えたりするのです。
 もし何かの都合で一呼吸早く、ブツを展開してしまったら。
 突然知り合いに名前を呼ばれて、体ごと振り向いてしまったら。
 いや、ありえないことなんですけど、ワタシにはどうしても、そういう想像が働いてしまうのでした。
 そうなったらこの人々は、意思に関係なく変質者ということになってしまうでしょう。捕まっても文句は言えません。さらには社会的信用も失い、今までの苦労がすべて水の泡に……。
 そう考えると「人生は、わずか一歩の差で大きく変わる」と言っても、過言ではないかもしれません。何ときわどく、スリリングなのでしょう。
 ついでながら――。
 フライングした状態で中に入って小用スペースがすべてふさがっていたら、彼はいったいどうするつもりなのでしょう。格納するのか、あるいはオープンしたままなのか。
 何にせよトイレに入る時ぐらい、時間の節約など考えず、何より人に迷惑をかけず、しっかりとダンドリを踏んで行きたいものです。
 もちろん、人生のすべてにおいても……ですね。

〔ここで担当編集のS氏登場〕
「シュカワさん、何だか最後の一文で、強引にイイ話っぽくしましたね」
「強引とは失礼な……ホントにそう思っているんですよ」
「そうですか(ニヤニヤ)。まぁ、いいですよ、次回で終わるんですから」
「えっ、最後の方、よく聞こえませんでしたけど」
「だから、次回で終わりですよ」
「えっ、ホントに?」
「ホントです。この連載はオ・シ・マ・イ。最終回。おさらば。また会う日まで」
「……」
「グッドバイ。アディオス。再見。さよなら三角」
「また来て四角」
「現役合格、ムリだった」
「六価クローム、体に悪い」
「『NANA』描く人は、矢沢あいさん」
「犯行発覚、即刻逮捕」
「犬の嗅覚、たいしたものだ」
「じゅっかく……じゅっかく……」
「うーん」
(この後、二人でムダに頭をひねり続ける)
朱川湊人(しゅかわ・みなと)プロフィール
1963年1月7日大阪府大阪市生まれ。81年東京都立淵江高等学校卒業。86年慶応義塾大学文学部国文学科卒業。出版社勤務を経て文筆業に。平成14年「フクロウ男」(『都市伝説セピア』文藝春秋刊=第130回直木賞候補所収)で第41回オール讀物新人賞を受賞し、デビュー。平成15年には「白い部屋で月の歌を」で日本ホラー小説大賞短編賞を受賞、平成17年に「花まんま」で第133回直木賞を受賞した。他の著書に『さよならの空』(角川書店)、『かたみ歌』(新潮社)がある。