藤田香織(書評家) 2010年「ポンツーン」5月号掲載
真梨幸子の新刊を前にすると、どうも身体がウズウズする。
それは単に、二00五年に第三十二回メフィスト賞を受賞したデビュー作『孤虫症』のインパクトが未だ続いているから、というだけではない。そもそも『孤虫症』はムズムズだった。ムズムズでカリカリ、イライラ。素晴らしい嫌悪感と尋常ではない不快感が印象的で、その妥協なき生理的描写と、先の読めない展開に、凄い新人作家が現れた! とジンジン痺れた。
以来、気になって読み継いできたのだけれど、一作ごとに落ち着かない指数は、どんどん上昇し続けてきた観がある。『えんじ色心中』、『女ともだち』、『深く深く、砂に埋めて』、『クロク、ヌレ!』、『殺人鬼フジコの衝動』、そして昨年刊行された初の短編集『ふたり狂い』。『深く〜』以降は、もうタイトルからして、不穏な予感極まりなく、実際、容赦なくその愛憎渦巻くドロドロの世界に連れ込まれてしまった。ヌラヌラした文章に、ズブズブはまり、ゼエゼエ喘ぎながらも、ギラギラした欲望に惹きつけられた。「心温まった」ことも「涙が止まらなかった」ことも一度もないけど、真梨幸子の小説は、ザワザワと胸を騒せる。ココニ、ナニカ、アルという確たる気配に、身体が疼くのだ。
それは本書『更年期少女』を手にしたときも、変わることはなかった。まず、やはり「更年期」×「少女」というタイトルが、イヤ汁出まくりである。しかもカバーの装画は大御所少女漫画家・松苗
あけみ。ピンクのリボンに囲まれた金髪縦ロールの美少女がニッコリ微笑んでいる。なのに、背景は黒地に文字は赤で、血が滴っている。ただごとじゃない。笑ってる場合じゃない。期待値はMAXに近かった。
結論から書くと、その期待値が裏切られることはなかった。素晴らしい。素晴らしく嫌らしい。そしてこの嫌らしさは、つくづく恐ろしい。けれど同時に快感でもあるから悩ましいのだ。
物語の軸となるのは、かつて一世を風靡した人気少女漫画「青い瞳のジャンヌ」のファンサイト“青い伝説”の運営幹部たち。「青い瞳のジャンヌ」は、現在更年期を迎えた彼女たちが、少女時代に夢中になった、しかしながら、何かと謎も多く“伝説”となるに相応しい作品だった。
<十八世紀のフランスを舞台に、伯爵令嬢ジャンヌの波乱に満ちた半生を描いた歴史大河ロマン>であり<海賊、修道女、旅芸人、オペラ座の女優と転流しながらも、友情と愛と希望を信じ逞しく生きるジャンヌ>の姿に、昭和の少女たちが熱狂したという設定は、想像に難くない。時を経て、その熱が再燃し、ファンサイトに集うというのもまた然り。漫画に限らず、かつて好きだったアイドルやミュージシャンでもよくある話である。
が、そうしたよくある話も、著者の手にかかると、実に容赦がない。物語の冒頭で、六人の幹部たちは池袋のフランス料理店で優雅にランチをとっている。コース料理が五千円。ワインと消費税込みでひとり六千四百三十二円。きっちり割り勘だ。細かい。実に細かい。こうした些細な描写からも、ジワジワと嫌らしさが滲み出してくる。彼女たちが互いに呼び合うハンドルネームは、エミリー、シルビア、マグリット、ミレーユ、ジゼル、ガブリエルと、およそ中年日本人女性とはかけ離れていて、テーブルの上の鈴を鳴らし「パンのくず、はらってくださるかしら?」などと気取ってはいるが、<ほとんどは、デブスなおばちゃん連合>なのである。
夢見る少女時代に憧れた少女漫画の世界を愛し続ける同士と集うひととき。それは六人にとって、日常を忘れさせてくれる、まさに夢の時間。けれど、当然、彼女たちには目を背けてはいられない現実もある。夫のDV、息子のヒキコモリ、借金、介護、高齢妊娠。
自分と誰かの幸福の量を(勝手に)はかり、仲良く振る舞いつつも水面下で足を引っ張り、罠を仕掛け、騙し、騙され、それぞれの表の顔と裏の顔が、次第に露になってゆく。
ついに彼女たちは、メンバーの失踪、及び殺人事件にまで巻き込まれていくのだが、そこに「青い瞳のジャンヌ」の謎そのものも複雑に絡み合い、物語は最後の最後まで加速を続ける——。
誤解を恐れずに言えば、本書は非常に面白い。登場人物たちの見得も嫉妬も逃避癖も浅はかさも「物語」として楽しむには、絶妙なリアリティがあり、思春期ならぬ更年期小説としての読み応えもある。ストーリー的にも「驚愕の展開!」と呼ぶに相応しい。
けれど、これを「面白い」と「快感」だと、自分は無邪気に言っていられるのだろうか、という一抹の不安が残るのもまた事実。
笑ってる場合じゃないんですよ、きっと、ほんと!
