底辺女子高生 豊島ミホ
第13回男子こわい
 声を大にして言わせてもらいたいのだが、世の中、高校生の恋愛をアオりすぎである。高校生と言えば恋だの男女交際だの肉体関係だの、もうたいがいにしてもらいたい。私が高校生だった時には、進研ゼミの教材にまで「高校生といえば合コン!」などという特集が組まれていた。自分ばかりアピールするやつは嫌われる? さりげなく気を遣える子は高得点? 席替えタイムでは積極的に動こう? ......そんな知識、いつどこで役に立つんだよ! 来年二十四になるけど、今までいっぺんも活用の機会ナシですよ!
 十六歳時点の私も、すでに「自分は合コンと無縁」ということを悟っていた。当たり前である。学校数からして少ない田舎で、「合コン」なんてものができるのはごく少数の選ばれし人間のみなのだ。「普通の女子」「普通の男子」だって、そんなことはしない。ましてや私が......(以下、いつものひくつ病なので略)。
 合コンをできるのは超特権階級の人間だけだが、まあ片思いくらいなら高校生活にあって悪いわけではなかろう。が、しかし、二年生を過ぎると、私は「恋バナ」自体と無縁になっていた。
「ゲルマン民族の移動とかさー、わけわかんなくない?」
「あー無理ー」
「やっぱり日本史にすればよかったー」
「でも日本史は漢字おぼえんの大変そうだよね」
 連日、このような会話ばかり。あとは「さむいねー」「あついねー」「台風来るねー」てなもんで、色気もへったくれもない。本当に、二年生以降は一度たりとて「ダレソレくん、かっこいいね!」の類の会話をしたことがないのだ。私だけでなく、周りの友だちもおおかた色気がなかったのである。
 恋愛にまったく縁がない。
 そんな高校生、いねーよ! と言われてしまいそうだが、実際そうだったんだから仕方がない。
 私は特に、防衛キセイのはたらきによって、男子を好きにならなくなっていた。自分が嫌われているのだから(前回参照)、好きになってもロクなことにならないのが見えている。好きな人に「キモい」「ウザい」などと思われた日には首をくくるしかないわけで、なるべく首をくくりたくない私は誰も好きにならないように気をつける。
 だいたい、十六・十七の私は、男子に話し掛けるのが怖くてしょうがなかった。
 教室にはたくさんの男子がいるわけで、大人しい人や善良そうな人もそれなりにいる。しかし、そういう人だって私が話し掛けたらどんな反応をするか知れない。ちかしく声を掛けた日には、口に出さなくとも「うわ、うぜえ」と思われること間違いなしだし、事務的に謙虚に話し掛けようとも、愛想良く応えてくれることはないだろう。
 とにかく私は男子が怖かった。女子には「どうしてもコミュニケーションしなければならない場合」があり(体育とか行事の班決めとか)、「友だちの友だち」として口をきく場合がぼちぼちあったので大丈夫だった。が、それに比べて男子に話し掛けることはひどく勇気が要った。「勇気が要った」というよりは、むしろ「禁忌だった」とでも言った方が適切な気がする。関わらなくても生きていける相手にわざわざこちらから接触をしかける、というのは、私にとっては有り得ない行為だったのだ。
 というわけで、二年生進級時から卒業まで、私はクラス内の男子と三度しか口をきいていない。
 確かに三度。三度、すべてに関して状況を説明できるのだ。

 一度目は二年生のわりと始めの頃で、野球部の男子と。
 私が保健室に居たら、体調を崩した男子がやってきて、先生と定期戦の話を始めたのである。なんでも私の地元の学校と試合をしたばかりらしかったので、つい「どうだった?」と話に割り込んでしまったのだ。地元トピックとはいえ、会話に軽く割り込めるなんて、私のひくつ病もこの頃は大して悪化していなかったのだろう。彼も普通に答えてくれて、二言三言、地元の野球メンバーについて話した。


 が、二度目に関する記憶は、既にブルブルものである。三年生の後半のことで、季節はおぼえていないが、もうひくつ病がマックスに達したあとだった。
 担任が化学の先生だったが、席替えで、ちょいとお遊び的に、元素記号を使ったのである。クジには四十種類の元素記号が、黒板には「1」から「40」までの数字が書いてある。つまり自分の引いたクジに「H」と書いてあれば、元素番号は「1」だから、黒板の席順票から「1」の席を見つけて移動する、ということだ。
 私はクジを引く前からびびっていた。
 ーー頼むから二十番以内の元素に当たってくれ。
 私は三年生で文系転向が決まっていて、化学の先生のクラスにいながら、化学の授業を受けていなかった。教科書も参考書も手元にないし、「すいへいりーべぼくのふね」で暗記できる二十番より外の番号はもはや記憶の中にない。仲良しのMちゃんも、「化学を捨てた組」で、資料を持っていないはずだ。他の友だちにしろ、化学の授業がない今日、教科書を持っているとは限らない。もしも知らない元素記号が書いてあったら、だれか持っている人を探して訊かなくてはならないではないか。
 クラスは全部で四十人、つまり書かれている元素も四十番以内。二十番までの元素と、他にいくつかの有名な元素(二十二番の「Ca」とか)は大丈夫なのだ。二分の一以上の確率でイケる!
 自分に必死で言い聞かせながらクジを引くと、そこにあったのは「Rb」だか「Ga」だか、とにかく「本当に四十番以内に入ってるんだろうな!」としか思えないマイナーな元素だった。
 私はどこかで「やっぱりな......」と感じながら、とりあえずMちゃんの傍に寄っていった。
「化学の教科書とか、ないよねー」
「ないねえ」
 Mちゃんも、マイナーな元素を引き当てて困っているようである。と、その時、すぐ横の男子たちが、化学の資料集を広げているのが目に入った。
 見れば、非常に無害そうな男子たちである。女子と口をきいているのを見たことがない、ごく大人しい人々だ。遠慮なく言ってしまえば、「ウチらの男子版」的グループである。
 ーーこの人たちなら、話し掛けてもイヤがられないかも......。
 普通の人にとってはごく自然であろう考えが頭に浮かんだ。しかし私にとっては「甘い考え」である。
 ーーいやいや、いくら善良でも雰囲気に流される人はいるからな。
 私が嫌われものであることを知ってなお、口をきいてくれるかどうかは微妙だ。しかも、もしこの善良そうな人々にまでシカトされたら二度と立ち直れない気がする。
 できれば話し掛けたくない。しかし、Mちゃんは自ら動く気配がない(男子に近い私の方が動くものと思っているらしい)。
 ーー勇気を出せ! たかが一秒そこらで済むことだ! なにごともやってしまえばそれで済むのだ!
 大人しい男子のカタマリに話し掛けるというそれだけのことに、私は必死で己を奮い立たせた。
 ーーなるべくフランクに! 不自然にならないように! そしてシカトされても気にすんな! 長い人生、こんなことよりはるかにつらい試練が待ってるぜ!
「ねえ」
 私が声を出すと、とりあえず彼らは振り向いた。
「それ、ちょっと見せてくんない?」
 クラスメイトに話し掛ける程度のフランクさをつくってみたのだが、資料集を持っていた男子は「はあ......」と距離感まんまんの返事をよこした。
 でも、シカトよりマシだ。元素記号表を手に入れられたんだから十分である。
 私はMちゃんと「えー、XX番かあ」「知らないよねえ、こんな記号」と何事もなかったように笑いあってから、「ありがとー」と資料集を持ち主に返した。彼はまた「はあ......」と言っただけだった。
 とにかく、事は済んだのだ。
 私はほっとして新しい席に移動した。ーー長い話になってしまったが、これが「クラスの男子と話した二度目」である。

 さて三度目はというと、卒業間近のことだった。
 新学期、また席替えがあって、新しく隣になった男子に突然話し掛けられたのである。
「ねえ、次の時間って何」
 その一言に、私は呆然とした。
 ーーこの人は、私に話し掛けている!!
 二年生で理系クラスに入ってから二年間、私に話し掛けてきた男子はそれまでひとりたりともいなかったのである。掃除当番でふたりきりになっても、保健室で居合わせても、同じクラスの男子から話し掛けられるなどということは、本当に一度もなかったのだ。
 ーー神だ。
 隣の彼を見ながら、私は確信した。多分、「自分を見ることができる人に会った霊」と同じ気持ちであった。
 が、質問に答えることはできなかった。なぜなら三年生の三学期は受験対策の特別時間割で、私は私立文系クラスに混じって授業を受けることになっていたのである。(自分の本来属する)理系クラスの時間割など、知ったこっちゃない。おまけに、黒板の横に貼ってあるはずの時間割も、この近視では見えやしない。
「わ、わかんない」
 普通に言ったつもりだったが、蚊の鳴くような声しか出ていなかった。彼は、親切でだろう、「え。だから、時間割だよ?」と訊いてくれたが、私はなお「わ、わかんない」とこたえるしかなかった。私から時間割を聞き出すのをあきらめて、彼は前の席の男子をつついた。
「なー、シマザキぃ。次の時間って何?」
 泣きそうだ。
 でもこの人はハナっから私をはねのけたりしなかった。安心したと言ったらおかしいかもしれないけれど、なんというか、救いが見えた気がした。

 しかしこの三回がほんとうに「クラスの男子と口をきいた」すべてです。
 大学を選ぶ時、「もしかして、女子校にしぼって選ぶべきなのでは」と真剣に悩みました。結局共学に入ったわけですが、結果だけ言うと、ズバリ失敗でした。
 私は二十三歳現在、いまだに自分から男子に話しかけることができません。......病気ですか?
1982年2月秋田県生まれ。都内某大学在学中の2002年、新潮社「女による女のための『R-18』文学賞」で読者賞を受賞しデビュー。著書に『青空チェリー』『日傘のお兄さん』(以上新潮社)、『ブルースノウ・ワルツ』(講談社)がある。今春、無事大学を卒業。『告知板としまhttp://fengdao.exblog.jp/
書き下ろし小説『檸檬のころ豊島ミホ
1470円(本体定価1400円)
23歳! 今、最注目の女性作家による
痛くてまぶしい、青春7ツ。
□□□□□「いっそ痛いと思った、
その痛みだけは思い出せた」□□□□□
初恋、友情、失恋、部活、学祭、進路、受験、上京……。
山と田んぼに囲まれた、コンビニの一軒もない田舎の県立高校の四季を舞台に、誰もが通ってきた「あの頃」の、かっこ悪くて、情けなくて、でもかけがえのない瞬間を、ヴィヴィッドに描き出した傑作青春小説。