底辺女子高生 豊島ミホ
第15回雪と花束、チョコレイト
 冬が近付くと、小千谷先輩(仮)のことを思い出す。
 先輩との出来事を思い出す、というよりは、先輩のイメージを思い出す、と言ったほうが近い。降る雪のなかにぽつんと、学生服にマフラーひとつ巻いた姿で立っている小千谷先輩。実際、私はそんな光景を見ていない。なにしろ校舎の外で先輩に会ったことなんか一度もないのだ。それでも先輩は雪の中のイメージで私の頭に残っている。

 二年生の二学期以降、保健室にこもるようになった私は、完全にそこの住人と化していた。また、私以外にも各学年に保健室の常連が三、四人おり、出たり入ったりしている。だからそこには自然と「保健室コミュニティ」ができるのだ。教室では他人と口をきけない私も、何故かそのコミュニティにおいてはよく知らない人と話すことができた。結局、安心できる場所だったということだろう。
 雪が降る頃には、私はほとんどの「常連」と顔見知りになった。こっちが教室ならよかったのに――いや、こっちが教室であるべきだ、と思った。居合わせた人と、授業中も休み時間もなくキャッキャとお喋りをし、保健の先生に「うるさーい!」と叱られるのが日常茶飯事。ついには先生に「筆談で喋んなさい」と言われる始末(私と、声のよく通るZちゃんの筆談は一部現存していたりする……)。
 やっぱり同学年の子たちが一番仲良しだったけれど、一つ上の先輩たちにもずいぶん可愛がってもらった。体育の度に「だるーい」とぼやきながら(でも体育着持参で)やってくる川田先輩(仮)は、人はいいのに、他人を気持ちよくののしることにかけては天才で、私もよく「バカッ」と怒鳴られた。休み時間に何故かやってくる生徒会長は、いまどき珍しいくらいのビン底めがね、しかも東海林さだおの大ファンで、中身も外見も80年代生まれには見えない。いつも呑々として、「おっちゃん」と呼ばれていた。
 小千谷先輩もそういう「一コ上の常連」のひとりだ。授業中に居るほうじゃなく、教室移動のついでに「センセ〜」と顔を出していくほうの軽い常連だったけれど、私があんまりいつも保健室に居るもんだから、だんだん口をきくようになったのだ。
 先輩は跳び蹴ったらひっくりかえりそうなくらい細くて、色がしろい。真っ黒な髪はぼさぼさで硬そう、焼いたハリガネみたいだ。甘いものが好きで、いつもニカニカ笑って並びのよくない歯を見せてたけど、某有名国立大の法学部A判定という秀才だった。
 プラスチックの楊枝にさした冬季限定のチョコレートを、「豊島さん(仮)、食べる?」と屈託なく笑って差し出す先輩に、私が惚れないわけはなかった。本来ならば。
 でも、教室に戻れば、私は相変わらず他人に接触する自信のない弱虫なのだ。片思いであろうと恋愛なんて望めない。保健室では魔法が解けたようになっているけれども、本当はこっちが「魔法」なのだ、と思う後ろめたさがあった。
 しかもそれだけじゃない。もうひとつ、私の気持ちを踏みとどまらせたものに、「彼女」の存在があった。
 小千谷先輩には彼女が居た。あすみ先輩(仮)といって、やっぱり保健室の常連だった。私から見た彼女は「花のような人」で――しかも百合だの薔薇だのといった自己主張満々の花じゃなく、小さいけれどどうにも可愛らしい、スミレのような感じで――他の先輩たちと同様、私の面倒を見てくれていた。
 あすみ先輩は、姿もふるまいも声も、ぜんぶ可愛かった。やっぱりいつもにこにこしていた。「聞いて、ひどいの〜!」と保健室に飛び込んでくるときも「小千谷むかつくー!」と言いながら走ってくる日も、ほっぺたのどこかが笑っているように見えた(本人は精一杯悲しかったり腹立たしかったりするのだろうが、ふくっとしたほっぺたが可愛いすぎてそうは見えないのだ)。
 いつだったか彼女は、放課後に十分くらいかけて、私と一コ下の女の子に、小千谷先輩とのなれそめを語ってくれたことがある。その話自体はほとんど忘れてしまったのだけれど、あすみ先輩がもうこれ以上ないというばかりに、ほっぺたを桃色にしながら、嬉しいのを抑えきれない様子で「……でねー、そしたら小千谷がねー」とか話していた顔は今も思い出せる。

 うーん、王道恋愛小説みたいな展開! 切ない? 小説のネタとして温存しておくべきだった?
 しかし、この話にはこれと言った盛り上がりもオチもないのである。
 私は保健室に通い続け、ふたりの先輩とそれぞれ顔を合わせた(ふたりが一緒に来ることはまれだった。クラスが違うから、保健室がむしろ逢瀬の場だったのかもしれない)。先輩たちは出会った頃と変わらずに付き合い続けているようだった。
 きれいごとを差し引いたって、別れればいいのに、なんて思わない。私は、周りの人の感情が波立つところを見るのが好きじゃないのだ。なるべく穏便に過ごしたい。変化なんて起こらないほうがいい。
 私の願い通り、ふたりの間には(はたから見てわかるようなレベルのことは)何も起こらず、受験の時期になった。「受験のおみやげ」として、あすみ先輩は色鉛筆のセットを、小千谷先輩はミッキーの香水びんをくれた。
 先輩たちは卒業していった。花束を抱えて撮った写真だけ、保健室に残る。
 三年生になってからも、小千谷先輩とふたりで話をした時のことはたまに思い出した。
 今はもう記憶の順番がぐちゃぐちゃになってしまって、いつのことなのかわからない。とにかく冬だ。保健室の、色あせて薄茶色になったカーテンを背に、先輩がつぶやく。
「俺ってすごい早く死ぬと思うんだよね、にじゅう……、うん、二十三とか。そのへんで」
 私はその言葉を否定しない。「早いスね」とだけ答える。
「うん。だって長生きとかしたくないし」
 先輩はどこかあさっての方向を向いて言った。私はその先輩の目の届かないところで、ひっそりと嬉しさを噛み殺す。
 ――みんなの前で笑って、折れそうな身体にたぶん全部ためこんでる。 それで、ときどきすごく冷たくて無防備なんだ、 だって彼女がいるのに「二十三で死ぬ」なんて、普通なら言えるわけないじゃん。しかもただの後輩である私に。
 先輩のささやかなつぶやきを、もっと聞きたい。あすみ先輩に言わないようなこと、私に言ってほしい。
 卑怯な望みだったろうし、もちろん私の思い込みで成り立っている望みだった。先輩の言葉はただの気まぐれかもしれないし、あすみ先輩にはもっともっと素直なつぶやきをこぼしていたかもしれないし、あるいは他人にこぼす言葉なんてものは彼に必要なかったかもしれない。
 でも、しんと垂れ下がった保健室のカーテンと、小千谷先輩の頼りなげなシルエットは、私の目に焼き付いた。そうして、イメージとしての「降る雪のなかの先輩」を作ってしまったのだった。

 先輩が二十三歳になった去年の夏、実家に帰った私は、高校時代の恩師(というか、迷惑をかけた先生)のところに遊びに行った。すると先生は、思いがけず「そうそう、こないだ小千谷が来たのよ」と言って、一枚の写真を取り出した。
 そこに映っていたのは、もう雪の似合う人でなくなった先輩だった。歯を見せた笑い顔は同じ。でも、肩も腕も、くらべものにならないほどがっちりして、ハーフパンツから出た筋肉のついた脚が、しっかり床を踏んでいた。
「元気そうでよかったですねえ」
 と私は言った。まあ嘘だった。
 消えそうな先輩のままでいてほしかった。訪れるみんなが本音や涙をこぼしていく保健室で、ただ笑って、お菓子を食べていた先輩。でも先輩はきっと、普通の大人の男の人と同じように、誰かをずっと支えたり、誰かに支えられたりしていこうと思うようになったんだろう。私が知っている、雪のなかの先輩はもう居ない。
1982年2月秋田県生まれ。都内某大学在学中の2002年、新潮社「女による女のための『R-18』文学賞」で読者賞を受賞しデビュー。著書に『青空チェリー』『日傘のお兄さん』(以上新潮社)、『ブルースノウ・ワルツ』(講談社)がある。今春、無事大学を卒業。『告知板としまhttp://fengdao.exblog.jp/
書き下ろし小説『檸檬のころ豊島ミホ
1470円(本体定価1400円)
23歳! 今、最注目の女性作家による
痛くてまぶしい、青春7ツ。
□□□□□「いっそ痛いと思った、
その痛みだけは思い出せた」□□□□□
初恋、友情、失恋、部活、学祭、進路、受験、上京……。
山と田んぼに囲まれた、コンビニの一軒もない田舎の県立高校の四季を舞台に、誰もが通ってきた「あの頃」の、かっこ悪くて、情けなくて、でもかけがえのない瞬間を、ヴィヴィッドに描き出した傑作青春小説。