底辺女子高生 豊島ミホ
第16回直木賞をとる方法
 突然だが、女子高生なら九割の人は何かしらの「ユニット」に属しているはずである。基本はクラスの人間関係を保つための、いわゆるグループというやつだ。でも、部活に入ればそこでもある程度仲のいい子が固まるし、あるいは「帰りの電車では他のクラスの子たちと一緒」というような登下校のための固まりもあるかもしれない。みんな、その場に応じて別々の固まりを作る。
 私はこれを(心の中で)「ユニット」と呼んでいた。モーニング娘。がデビューした年に高校入学した私にとって、これは結構なじみのある名詞だったのだ。解散はめったにないけれど、メンバーの入れ替わりはあり、そして複数の場所に属していても良い。ほら、「ユニット」でしょ?
「ユニット」であるからには「コンセプト」がなくてはならない。
 いや、これは私個人の勝手なこだわりだが、せっかく組んだのなら何か前面に押し出せるものが欲しいのである。つんくプロデュースの人々だって、やっぱりコンセプトの明確なユニットが売れるではないか。
 私が属している基本ユニット、つまりクラスにおけるグループは「卓球娘。」(勝手に命名)である。前にも書いた通り、クラスマッチで自然と「卓球」のポジションに収まる地味なグループだからだ。しかし、「卓球娘。」は今いちコンセプトに欠ける。みんなで卓球をしている、というのは結果であり、動機ではない。メンバー全員の共通点というのが見当たらないのである。「地味」だけではとうてい足りない。いっそ「ガンダムオタク」とか「UKロック狂」とかがあればいいのに、私たちの趣味や性格にはあまり共通したところがなかった。毎日お弁当を一緒に食べているのに、四人で音楽の話をしたおぼえが一度もないくらいである。
 この他に、私は三つの「ユニット」を意識していた。クラスの他に、下宿・部活・保健室と、それぞれ人間関係があるのだ。「卓球娘。」と足して、全部で四つあるなかで、私が最も「ユニット」として気に入っていたのが保健室でのユニット、「不健康三人娘」(これは「。」ナシ。流儀にそぐわないから)である。

 このユニットには明確な「コンセプト」があった。だいたい、三人が三人、保健室の常連なわけである。一日四時間も入り浸ったりしているのは私ひとりだが、他のふたりも一日に一度は顔を見せる。このふたりを仮に、Pちゃん、Zちゃんとさせていただく。PちゃんもZちゃんも、朝に弱く、「だるい……」と言ってかなり不機嫌な顔でベッドに行くこともしばしばで、病院で薬をもらっていた。健康優良児、の逆を学年で選出するなら彼女らは必ず枠に入る。もちろん、私も然り。
 私たちは昼休みに保健室に居合わせると、机の上に医者からもらった常服薬をぶちまけて見せ合いっこをした。
「今何のんでる〜?」
「この錠剤、超いいよ! なんかしんないけど頭が冴えて嶋田の英語(注:「怖い授業」の代名詞)さえ面白く思える」
「えー、あたしそれ合わなかった。身体がムリヤリ精神を引っぱるっていうか」
和気あいあいとコメントし合う。三人とも、「病んでる自分」がちょっと好きだったんだろう。今思うと、あるいはハタから見ると、かなりイタい感じだというのはわかる。しかし十七歳、そんなことは見えちゃいない。
 そこに来て、PちゃんとZちゃんは読書家だった。Pちゃんは地元の図書館に行くたび貸し出し冊数ぎりぎりまで本を借りていたし、Zちゃんは三島だの谷崎だの太宰だの、有名どころはだいたい読んでいた。私はマンガ専門だったけれど、せっせと『オリーブ』で紹介されるような類のマンガを保健室に運び、彼女らが紹介してくれた小説を読んで、自分も本好きのように錯覚していた。
「不健康」と「読書」がどれだけ危険な相性だか、みなさんおわかりかと思う。強烈に惹かれ合いつつ、結ばれると落ちていくしかない、そんなアブない二者なのだ。この二つは「モラトリアム」を生むのである。
 授業時間中でありながら、ひとり保健室の窓辺に立ち、外を眺めている自分がかっこよく思われてくる。それで片手に文庫本なんか持っていれば最高だ。「学校の勉強なんかなんの役にも立たないわ。ふっ」ってなもんで、モラトリアム、大満喫。しかも、心強いふたりの仲間つきだ。
 モラトリアム特有のぴりっぴりの自意識を隠そうともせず、私たちは保健室で駄々喋りを続けた。
「それって、文学的だよね」
 というのが、何か(作品でも出来事でも人でも)を評する時の一番の褒め言葉だった。他のふたりはともかく、私は文学のブの字もわかっていないくせに、その一言を発する時は内心得意だった。私はわかってるぜ、ふふん、という優越感に心が満たされていた。
 そうして、間違った文学少女になっていた私は、保健室のベッドで変な毛布をかぶって横になってぐだぐだ考え事をしているうちに、あることを思いついたのだった。ベッドから起き上がると上履きに足をつっこんで、ついたての向こうにいる保健の先生の前に飛んでいった。
「先生、あたしっ、直木賞とる方法思いついた!」
 それまで小説家になると言ったこともないのにいきなり「直木賞」である。しかし先生は私の妄言に慣れっこなので、多少面食らった感じを出しながらも「なあに」と訊いてくれた。
「まず、私とPちゃんとZちゃん、三人で同じ人を好きになるの!」
 さらに突拍子もない発言にも、先生は「ほう」と相づちを打った。
「で、それぞれエッセイを書き溜めんの、毎日! で、決着がついた時点でそれを見せっこして、一本の小説にまとめるわけ! そりゃあ素晴らしい物語に……」
 バカだ。色々無理だ。その無理を百歩譲ったとしても、デビュー作が直木賞の候補になることはそうそうない(この間は三崎亜記さんが挙がったけれども)。
 しかし、その瞬間の私は本気だった。保健室を舞台に描かれる、じめじめと薄暗いながらも激情に駆られる青春! かっこいい、と思った。私たちがやれば、いかにも「ジョシコーセー」な安くさいラブストーリーにならないという自信もあった。
「私たち三人なら絶対できます!」
 絶対直木賞、現役女子高生、三人とも二月生まれだから十七歳で最年少受賞だってぎりぎりねらえるかもしれない。既に、「賞金はおそらく三で割れない額なので、どうするか」という心配さえ始まっていた。私は普通に立ってなど居られないほど興奮して、多分両手をばたばたさせつつ断言した。
 その時、保健室にはPちゃんもZちゃんもおらず、部屋の真ん中のスチール机のところに同学年のハジメくん(仮名)が座っているだけだった。基本、「同学年の男子」がダメな私だが、彼は保健室によく来る人なので顔見知りである。ハジメくんは私を見て「朝から元気でうらやましいね」と冷たく言い放った。続いて先生も言った。
「無理ね」
 これまた断言である。私は「なんでですか!」と食いついた。先生があくまで穏やかに答える。
「だって、PとZが同じ人を好きになるっていうのがまず、有り得ないもの。あのふたりじゃ好みが違いすぎるでしょ」
 先生は保健室の先生だけあって、私たち「不健康三人娘」それぞれの性格を把握しているのだった。実際、後で知った彼女たちの好きな人は、全然違うタイプだったし、しかも私から見ると両方「興味ない」としか言えない人たちだった。
 痛いところを突かれた。しかしそう簡単にあきらめるわけにはいかない。なにしろ私たちは「わかってる」三人なのだ、そんじょそこらの女子高生とは違うのだ。
 私は「えー、でもお」ともごもご言いながら、スチール机のそばに寄っていった。丸い椅子に腰を下ろす。まだ望みを捨てられないでいる私に、向かいに座っているハジメくんが言った。
「君ら三人にいっぺんに好かれる男なんて、よっぽどの変人だな」
 それを聞いて、「それこそアンタとかどうか、保健室にいて手近だし」と思ったけれど、言わないでおいた。
 ――とにかく当事者に提案しないと始まらない。後でPちゃんとZちゃんに言おう。きっと乗ってくれるはずだ。
 幸いその日のうちに、PちゃんとZちゃん、それぞれに会う機会があったので、私はさっそく直木賞計画を打ち明けた。ふたりの返事は同じだった。
「う〜ん、無理」
 盛り上がってくれるかと思ったのに、渋すぎる返事である。具体的に何を言われたのかは憶えていないが、とにかく「無理なもんは無理」という雰囲気だったはずだ。私と違い、ふたりはちゃんと本を読む人なので、「直木賞」がいかに難関かを理解していたのだろう。だいたいその小説ができたとして、どこに持っていくのか、新人賞だって通れないだろう、というようなことも言われた気がする。
 結局、「不健康三人娘」はなんの結実も残さないまま解散した。「ユニット」じゃなく、具体的なバンドやサークルだって、「ウチらはなんかできるよね!」と言って、最後まで何もしないのが大半のパターンで、モラトリアムがあとあと意味を持つ人なんてほんのひとにぎりなのだ。
 今はもちろん、「直木賞」なんて言ったことを恥ずかしく思う。「文学的」だって、もう口にできない言葉だ。文学って何さ、と突っ込まれてスラスラと持論を言えるだけの器もポジションもないんだから、少なくとも人前では絶対に口にしてはならない。でも、無性に懐かしくなることがある。「文学的だよね」と無責任に言って笑い合った快感が。
 私は最近、Zちゃんに電話した時に打ち明けた。
「ねーねー、『直木賞』は無理だったとしても、女子高生のうちなら本一冊くらいは行けたと思わない? 話題性で!」
 Zちゃんの返事は「え、短絡だよね」というものだった。
「『同じ人好きになる』って……なんでそこまで短絡的なの?」
 ……ひょっとして、完全に「わかってる」気になっていたのは私ひとりだったのかもしれない。
1982年2月秋田県生まれ。都内某大学在学中の2002年、新潮社「女による女のための『R-18』文学賞」で読者賞を受賞しデビュー。著書に『青空チェリー』『日傘のお兄さん』(以上新潮社)、『ブルースノウ・ワルツ』(講談社)がある。今春、無事大学を卒業。『告知板としまhttp://fengdao.exblog.jp/
書き下ろし小説『檸檬のころ豊島ミホ
1470円(本体定価1400円)
23歳! 今、最注目の女性作家による
痛くてまぶしい、青春7ツ。
□□□□□「いっそ痛いと思った、
その痛みだけは思い出せた」□□□□□
初恋、友情、失恋、部活、学祭、進路、受験、上京……。
山と田んぼに囲まれた、コンビニの一軒もない田舎の県立高校の四季を舞台に、誰もが通ってきた「あの頃」の、かっこ悪くて、情けなくて、でもかけがえのない瞬間を、ヴィヴィッドに描き出した傑作青春小説。