底辺女子高生 豊島ミホ
第17回赤点クィーンの思考回路
 みなさん、高校時代に赤点を何回取りましたか?
 予備校に入ったら周りの子たちが「私高校ン時四回も赤点取っちゃって〜」「え、私二回」などと話していてぶっ飛びそうになりました。
 ――え、赤点ってカウントするもんなん?
 ちなみに私の赤点回数は、概算した結果「最低四十五回くらい」ということになった。何回取ったかなんて知ったこっちゃない、数えているわけがない回数である。
 まず、数学二科目と理科二科目が確実に赤点。プラス、英語三科目のうち二科目と、社会一科目は落とす。調子が悪いとこれに古文と体育が入ってくる。
 第二回では一生懸命勉強していた一年生の頃の話をしていますが……そう、あのモチベーションは家出(第三回から参照)を境目に失われています。一ヶ月学校に行っていなかったため、ほとんどの科目が「もはや、追いつくのがめんどい」という状況になっていたのでした。

 でなくとも私は、暗記能力と計算処理能力に欠陥がある。二つ以上の買い物があるときは、メモを持たないといけないし、この間スーパーのお菓子売り場で「二枚で三十一円のラスクと、十六枚で二百二十八円のラスク、どちらが安いか」という計算をするために一分ぐらいじっとしていたのだけれど、どうしてもわからなかった。結局「十六枚も食べると太る」と判断して二枚のほうを三袋買って帰った(正確に計算しなくても、概算すればわかるよね? 今見たら)。
 こんな人間が理系に進んだこと自体が間違いだ、とつくづく思う。やっぱり数学が圧倒的にボロボロで、二年生の時点で二十点台になってしまった。
 しかも私には、一度点数が下がると勉強しなくなる、という習性があった。
 二百十番からあがいて百二十番になったとして、それってなんか意味あんの? 精一杯やって百二十番とかって中途半端でダサくね? だったらがんばらないで三百番、とかのほうがよくね? ――などと、保健室のソファにもたれながらヌケヌケと考えていたのである。
 普通=ダサい、というマスコミ電波にやられているとしか思えない思考回路だ。平均値が一番かっこわるくて、平均から離れるほどかっこいい気がしていた。だから私にとっては、二位と三百十七位が等価だったのだ(学年全部で三百十八人、かな? 確か)。
 もちろん、二位と三百十七位では三百十七位を取るほうがはるかに容易いわけで、私の成績はあっというまにケツから数えるほうが断然速いに順位に落ちた。授業はまったくわからない。出るか出ないかは気分によるが、たとえ出たとしても九割聞いていない(残りの一割は先生の雑談)。そしてその「聞いていない」状態を自分では一ミリも気にしていなかった。
 ――べっつにー。こんなのわかんなくても人生に関係ないしー。
 書いてて怖くなってきた。前回の直木賞発言並みに「大丈夫じゃない」感じがする。世間のモノサシに測られない、と言えば聞こえはいいが、本当に世間のモノサシを気にしない人というのは何だか怖い。「気にしない」じゃなくて「見えない」だと単に狂人である。三年生になる頃、私には「平均値からどれだけ離れているか」というモノサシ以外見えなくなっていた。
 しかし、負けっぱなしというのもそれはそれで悔しい。いっそ何か一科目ぐらいトップをとったらどうだろうか、と考える。
 ――そうだよ、ちょっとでも他の科目に割いている能力を、特定の一科目に注げば私だって学年一位になれるはずだ。みんなががんばらない教科なら行ける。……「保健」とか!
 そう思いついた時、保健体育の授業は「妊娠と母体の健康」という単元にさしかかっていた。異性との接触がないためにねじくれた性的興味の行き場としてもナイスな感じである。
 私は保健の授業に出て、真剣にノートを取るようになった。
 この保健の授業というのが、ちょっと特殊だったのである。ウチの高校では、何故か保健だけ、担当教師別にテストが作られていた。数学だと先生が三人居ても、問題を作るのは当番の先生ひとりである。しかし保健は、三人居るのでテストが三種類あるのだ。
 私のクラスの保健を担当していたのは、T部先生という人だった。「T部保健」といえばもう、学内における恐怖の対象である。
 板書がろくにない。看護科なみに内容に突っ込む。「骨粗鬆症」という解答を漢字で書けという問題を出した(ひらがなで書いた人には一点もあげない)。
 他の先生が、テスト前にプリントを渡してそれをまるまるテストに出すのに比べたら、天と地との差があった。もちろん不公平になってしまうので、採点が終わったあとで点数調整が行われる(T部先生のクラスだけ全員プラス十五点、とか)。
 当たり前だけれども、そんな「T部保健」に労力を注ぐ人はいない。みんな、保健なんかやる時間があったら、受験科目の勉強をしたいに決まっている。なぜ他の先生のようにプリントを渡してくれないのか、と理不尽さをうったえる人ももちろん居た。
 しかし、私は思った。「微分積分よりは妊娠のほうが人生に関係がある」と。
 我ながら名言! みんなメモれ、コピれ〜! と教室じゅうにメガホンで叫びたい気分になったが、もちろん言わない。保健の授業中に居眠りしている男子を横目に見て、「お前みたいな奴とは絶対付き合わないね、ははん」とほくそ笑むくらいにとどめておいた。

 その回のテストで、私は本気で他の科目に労力を払わず、保健だけを必死に勉強した。生理の波によるホルモンの変化をおさえ、母体保護法の中身までチェックした。結果、テストでは全ての解答欄を埋めた。埋めたこと自体、ずいぶん久しぶりのような気がした。
 採点が終わった頃、職員室の前でT部先生に会った。授業では冗談ひとつ言わず、生徒にまったく微笑みかけない先生が、いきなり満面の笑みをたたえて「豊島〜(仮)」と手招きした。
 くっついて職員室に入ると、先生はテストの束から私の答案を引き出して見せてくれた。確か九十三点くらいだったと思う。
「点数調整したら、百点越えるな〜。さすがに九十九点しかやれんけどなあ」
 と先生は嬉しそうにウンウンうなずいている(百点を出さない主義らしい)。根本的に頭が悪い私が好成績を取った、ということだけで喜んでいたわけではないだろう。みんなハナから勉強しないので、解答欄が埋まっている答案が珍しいのだ。「えへへ、まあがんばったんでえ」ともじもじしつつ、私は心の中で高笑いをした。
 ――T部保健で一位ということは、すなわち学年一位よおお! みんな見てええ!

 保健で一位を取ったからといって、生物や数学のビリケツがチャラになったりはしない。確かに、学年でもっとも「妊娠と母体の健康」に詳しくはなっただろうが、それにしても「実技」方面がまったくともなっていない。避妊の方法を四種類言えたところで、一種類たりとも試す機会はないわけである。私の労力が生んだのは、「ムッツリスケベな男子中学生とほぼイコールの存在である自分」だけだった。
 しかし私はそれで満足した。結局、自己顕示欲を満たせればそれでよかったのである。教室のみなさんに「君たちに負けてませんから!」と主張できる材料がいっこでもできれば万事OKだったのだ(あくまで心のなかでの主張だが、数値的根拠が欲しかった)。
 というわけでその後は、思い余すことなく部活や趣味にいそしみ、赤点を取り続けた次第である。
「この調子で行くと今年の受験は無理だから」
 と、十一月のある日、担任の先生に呼び出されて言われた。それは主に出席時数の問題で、テストのことを言ったのではなかったけれど、でもまあ、どっちみちダメなのだった。補習をしないと単位はやれない、その補習は多分受験日までに終わらない、ということだ。
「なんかあたし今年受験だめらしいよ」
 早々に友だちに報告すると、みんな重大ニュースを聞いたように絶句した。こっちはヘラヘラ笑っているというのに、必死で励ましてくれたり、「ええ〜?!」と自分のことのようにパニックになってしまったりした。
 ――あれ? これってダメなの?
 そこまでになっても、私には事の重大さがわからなかった。留年するにせよ、 補習を受けて卒業だけはするにせよ、モラトリアム期間が一年増えるだけで、かえってもうけもんじゃないのかと思った。幸い家庭の経済事情に問題はない。親も、十二月の時点で「仙台の予備校に入れば?」と言ってくれた。
 この十二月の日記を見ても、悩んだ形跡はない。「手塚治虫はすげぇね!!」「フリーペーパーつくりてえ」「というわけでスピッツベストアルバム全曲解説!」「メリクリ★前夜祭inマイルーム」などなど、好き放題の記述が並ぶ。

 最近、受験シーズンが近いせいか、ラジオで「勉強しながら聞いてます! つらいので応援してください!」というようなメッセージをよく聞く。たいがいの中高生のお悩みにはノスタルジアをくすぐられる私だが、「受験生の冬」の切なさだけにはまったくピンと来なくて、ちょっと淋しい。
1982年2月秋田県生まれ。都内某大学在学中の2002年、新潮社「女による女のための『R-18』文学賞」で読者賞を受賞しデビュー。著書に『青空チェリー』『日傘のお兄さん』(以上新潮社)、『ブルースノウ・ワルツ』(講談社)がある。今春、無事大学を卒業。『告知板としまhttp://fengdao.exblog.jp/
書き下ろし小説『檸檬のころ豊島ミホ
1470円(本体定価1400円)
23歳! 今、最注目の女性作家による
痛くてまぶしい、青春7ツ。
□□□□□「いっそ痛いと思った、
その痛みだけは思い出せた」□□□□□
初恋、友情、失恋、部活、学祭、進路、受験、上京……。
山と田んぼに囲まれた、コンビニの一軒もない田舎の県立高校の四季を舞台に、誰もが通ってきた「あの頃」の、かっこ悪くて、情けなくて、でもかけがえのない瞬間を、ヴィヴィッドに描き出した傑作青春小説。